師匠が照れました。
「はいよ! 5500ギロータな!!」
「おう、またよろしく」
精肉店のおじさんから魔肉のお金を受け取ったトニックさんが合流する。
「よし、それじゃあリオの請負人登録に行くか」
クマの魔物を倒した次の日。
宣言通り五人でやって来たのは王都だ。
五人連れ立って歩くのはメイン通り。
多くの人が行き交い、多くの店が並ぶ。
「いつも思うんだけど、ここは凄く賑やかだよね」
「魔族の驚異がそこまで来てるのに、か?」
「うん」
迷子防止にと組まれた腕の先に居るレイ様が小さく笑い周りを見渡す。
「彼等にとって魔族との争いは未だに他人事だ。人間側の領土が3分の1になっていようが、その驚異はまだここまで達していない。ここから5日程行った町では避難民達が押し寄せているというのに、それでもまだ、ここに住む者達は『自分とは無関係』だと思っている。愚かしい事だがな、殆どの者がそうだ。この国の重鎮達でさえ、領土が3分の1になってやっと女神召喚を行った。私達魔法師はもっと前から進言していたと言うのに……」
「他人事……」
「まぁ、だからと言って彼等にわざわざ危険を切々と語る必要などない。驚異など感じないのならそれでいいのさ。平和に平凡に平穏に。彼等はそれでいい。その為の私達だ」
「……顔も名前も知らない人達の為に命を懸けるの?」
「違うさ。守りたい者達の為に命を懸ける。前も言っただろう?」
「うん。けど、レイ様の肩書きだとその人達だけを守る事は出来ない」
"上位魔法師"である彼は、その肩書き故に身も知らぬ人達の為に戦わなければならないのだ。
「辞めちゃったらいいのに……」
「……そうだな。次の戦いが終わったら辞めてしまうか」
「ままならないね」
「あぁ、まったくだ。けれどな、私は嬉しくも思っているんだ」
「え?」
「最初、私は私の為だけに魔法師を目指した。私が見ている世界を……精霊を認めて欲しかったから、魔法師の最高位を目指した。まぁ、実際になってみてもそれらは認められる事はなかったがな。それ以降も辞める理由がないからと続けてきたが、最後になるであろう戦いが近づいて来た今だからこそ分かる。私はこの国に、ほんの僅かかもしれないが大切な者達が出来たのだと。トニックや姉上が大切なのは当然だが、それ以外にも守りたい者が出来ていた。それはなんと嬉しい事だろうな。だから、この戦いが終わるまで私は今の肩書きを背負い続ける。守りたい者達を守る為に。まぁ、そのついでに名前も知らない者達が助かろうがどうでもいい事だ」
柔らかく紡がれる言葉と組んだ腕とは反対の手で撫でられる頭。
私と同様に被ったローブから覗く穏やかな色をした蒼の瞳と白銀の髪。
あぁ……
「月みたいだね」
「は?」
「レイ様は月みたいだ」
「……」
「柔らかく包んで、そっと見守ってくれる感じ。後、その髪の色とかも、お月様みたング?」
頭を撫でていた手で口を塞がれる。
何事かと見上げたレイ様の顔は真っ赤だった。
「ちょ、え? レイ様? どうしたの?」
「何でもない。こっちを見るな」
口を塞いでいた手を剥がし問えば顔を背けられる。
何か気に障る様な事でも言っただろうか?
いや、けどあの赤面は怒っているというよりは照れているみたいだったけれど……
暫く無言の時間が続き、やっとこっちを向いてくれたレイ様の顔は普段通りだった。
本当にいったい何だったのだろうかと首を傾げていれば組んだ腕が軽く引かれた。
「行くぞ」
「あ、うん」
いつの間にか足は止まっていた様で、少し離れた所でトニックさんとエミュさん、アーフの三人が待ってくれている。
まぁ、本人が何も言わないのなら大した事ではないのだろうと片付けて、私とレイ様は歩き出した。




