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ある日森の中で出会いました。

 ある日ー♪森の中ー♪クマさんにー出会ったー♪


 という楽しげな童謡が今、私の頭の中でエンドレスで流れている。レイ様とトニックさんが住み始めて半月程経ったある日の事である。


「…………」


 "クマさん"などと形容するには些かと言わず思いっきり違和感がある体長2メートルはあろうかという巨大クマが私の目の前に立ち塞がっていた。

 否、"巨大クマ"と言うのもちょっとどうなんだろうと思ってしまうほどに鋭く尖った牙と爪を持ち、血走った目と巨大なその口から垂れ流される大量の涎と大気をも震える咆哮。


 ある日森の中、私は魔物に出会った。


「……」


 凶暴性が少ない魔物が多いこの森において、数少ない凶暴な魔物。数が少ない故か、この森の今私の目の前に居る様な凶暴性が高い魔物は何故か総じて強い傾向にある。今の私では太刀打ち出来ない程に。


 ただちょっと水を汲みに行こうとしただけなのにどうして私は今、命の危険に晒されているのだろうか?

 この森に住み始めて何度かこんな風に凶暴な魔物と遭遇した事はあるが、その全てに私より実力のある方が同行していたため、私は何もしなくて良かった。

 だが、今回は庇ってくれる人は居ない。


 精霊達が必死に逃げる様にとのジェスチャーをしている。分かってるさ。分かってはいるけど、足が動かないのだ。


「……た、すけて…………」


 掠れた声は離れた小屋までは届かない。届いたところで今ソコには誰も居ないのだけれど……

 こういう日に限ってアーフはまだ訪れていない。レイ様とトニックさんは一度王城へ戻って仕事の様子を見てくると、朝方出たきりまだ帰っていない。

 腰に提げている剣も、背に担いでいる弓と矢も決して御飾りではないけれど、目の前の魔物相手にこれを抜いてしまえば、その瞬間、私の命は終わるだろう。


「……おち、つけ…………考えろ。考えるんだ、リオ…………生き抜く術を、何か……」


 ジリジリと、固まった様に地面から離れない足を引きずりながら少しずつクマの魔物と距離をとる。クマの魔物は低く唸ってはいるものの、襲いかかってはこない。"未だ"、なだけで時間の問題だと思うけれど……

 取り合えず少しでも落ち着く為に5回程深呼吸を繰返し思考を巡らせてみた。


 レイ様に教わった事。

 トニックさんに教わった事。

 アーフに教わった事。


 大丈夫。全部思い出せる。私の糧になっている。

 それなら出来る筈だ。倒す必要はない。ただ、生き残ればいいだけ。逃げ切ればいいだけ。


「大丈夫。やれる。やれる……」


 3度深呼吸して、4度目で息を止める。


「"フラッシュ"!!」


 クマの魔物の方へ向けて右手を突きだし、息を吐き出すと同時に唱えた。

 瞬間、右手に造り出していた光の球が急激に大きくなり、辺りが眩い光に包まれる。


 闇魔法で光から目を守った私は、低い、悲鳴の様な雄叫びを上げたクマの魔物が目を瞑ったのを確認した瞬間背を向けて駆け出した。

 未だ動きたくないと駄々をこねた足達を風魔法を纏わせて半強制敵に動かして兎に角走る。

 目指すは小屋だ。あそこには、私が許したモノ(人・魔物・魔族問わず)しか立ち入れないレイ様仕様の特別な結界が張られている。

 "魔法陣"の使い方をアレンジしてレイ様が造り出した新しい魔法で、実用実験も兼ねてウチで使ってくれているのだ。

 兎に角ソコまで逃げ切ればクマの魔物は小屋にまで入って来られない。侵入防止及び、建物強化の魔法も施された結界なので、ちょっとやそっとの攻撃では破られる心配はない。


 走れ走れ走れ走れ!!!!


 木漏れ日が射し込む獣道を兎に角駆ける。枝にあちこち引っ掻けてケガをしても、足場の悪い道で足を捻ろうとも、後ろから迫ってくる"死"の気配から少しでも遠ざかる為に走り続けた。


「見えたっ!!」


 視界に捉えた小屋に一瞬気が緩んだその瞬間、森の奥から雄叫びが響いた。


「ッ!!」


 "大気を震わす"なんて生易しいモノじゃない。地面も草木も空気すらもが震え、軋み、恐怖する声。

 竦み上がった足が再び動きを止めた。それと同時に"反射"と言うにはあまりに緩慢な動作で、けれど私の意に反して首が後ろを振り返る。


「…………っ、」


 ヒュッ、と喉が鳴った。上手く吸い込めなかった空気を求めて口が2、3回開閉を繰り返して結局閉じられた。

 木々を薙ぎ倒しながら此方へ向かって来るクマの魔物。彼が1歩踏み出す毎に揺れる地面の振動が伝わって来る。


「ぅ、うご、け……動け! 動けっ!!」


 恐怖で震える体を叱咤してやっとの思いで1歩進んだその時、一際大きな振動と共に背後で獣の低い唸り声が聞こえた。


「……っ、」


 後ろを見なくても分かる。追い付かれてしまったのだ。

 それを理解した途端、視界が歪み涙が溢れた。泣いてる場合ではないのに、体が動かないから止める事すら出来ない。


 終わる。終わってしまう。こんな所で。何も果たせないままに。彼等に何も返せないままに。終わってしまうのだ。


「"伏せろ"!!」


「っ!?」


 突如響いた声に思考するより早く体が動いた。

 屈んだすぐ上をクマの魔物の鋭い爪が引き裂く。


「"抜刀"!! 体をそのまま反転させて"斬りつけろ"!!」


 またも響いた声に体が反応する。

 トニックさんの"能力"である"言霊"だと理解するのと、足を斬りつけられたクマの魔物が野太い声を上げて数歩下がるのは同時だった。


 "言霊"。対峙した対象一人に能力者が口にした言葉通りの行動をさせる"能力"だ。ただし、言葉は十文字以内のモノに限り、更に一人に対して3回までしか効果を発揮しない。

 つまり、"伏せろ"・"抜刀"・"斬りつけろ"の3つの動作で"言霊"を使われた私は以後、今の様なトニックさんからの"能力"による援助は期待できない訳である。


「トニック、さん……」


「無事だな。全く、色んな意味で悪運の強い奴だな」


 未だ茫然自失の私の腕を引っ張り立たせてくれたのは、やはりトニックさんだった。ザッと上から下まで眺められて安心したように頷かれる。

 カタカタと格好悪く震えて音を鳴らす剣には気付かないふりをしてくれ、彼も横に並んで剣を構えた。

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