いつか、鳥になる少女
横たわる彼女の、しっとりと温度の低い腕を注意深く取り上げて、ぞっとする。
彼女は既にほとんど、鳥になりかけている。
生まれたての赤子のような、薄鴇色の尖りがみっしりと、彼女の透明な、箔のように薄い肌を突き破って、無数に芽吹きはじめている。ついに異変は、彼女の四肢のすべてを覆いつくそうとしている。
「どうしたの、」
彼女の腕を取る僕の、微細な変化を察知してか、ベッドの上で彼女は身じろぐ。目視できずとも、気配というのは不思議と伝わるものらしい。かつては花弁のようにすべらかであった瞼の上に、今は不自然に分厚い目隠しが当てがわれている。彼女自身が己の変化に、心を壊してしまわないためである。彼女もまた決して、自らそれを外そうとはしない。ただおとなしく、この白い、殺風景な病棟に幽閉され、浅い呼吸を繰り返し、淡白な食事を摂る。
それだけだ。じきに視力も完全に失われるであろうと、無情にも医者は言った。
「……なんでもないよ」
僕は努めてどうということもないふうを取り繕って言い、強ばった微笑を顔面に貼りつける。僕の表情が彼女に見えるはずもないのだが、そうでもしなければ、僕の方がどうにかなってしまいそうだったのだ。
「そう? なら、いいんだけど」
彼女は不思議そうに首を傾げ、しかしそれ以上の追求はしない。口を噤み、開け放たれた窓の外に目をやる。近い将来、彼女が羽ばたくであろうその空を、目隠しをされた彼女が瞳に映すことなど叶うはずもないのだが、そんなふうに〝見える〟動作を彼女はする。その間中、僕は彼女の腕に視線を落とし続けている。芽吹いたばかり羽根の芯は、蕾のように固い。窓が開け放たれている、という事実に、僕は俄かにとてつもない恐怖を覚える。
僕が最初に彼女の異変に気がついたのは、彼女と体躯を重ねたあとの心地よい寝しなのことだった。肩甲骨の真下、彼女の背中の中腹に、僕は最初の尖りを見つけた。その瞬間に、僕はすべてを悟ったのだ。
彼女は、鳥になろうとしている。
次の日、会社を休んで彼女を病院に連れて行った。そのまま、彼女はわけもわからず白い塔にも似た病棟に隔離され、今なお何も知らされることなく、自らが鳥になるその瞬間を待っている。やがて羽ばたいて、彼女の堕ちた地上を、僕の元を、去ってしまうその時を。
彼女にとって、僕の存在は自由を奪う鳥籠に過ぎなかったのだろうか。箔のように薄い肌の下で、本当はいつも僕の元から羽ばたいて、逃げ出してしまいたいと、そう願っていたのだろうか。
彼女はいつも通りにふうわりと、薄蒼い微笑を浮かべるばかりで、その本心はいつだって僕にはわからない。
「今日は天気がいいみたい。風が気持ちいいわ」
色素の薄い彼女の髪が、さらり、風に靡く。僕は夢想する。彼女の腕が翼となり、大空を掻くその時を。彼女は酷く、幸福そうに見える。
その事実に、僕は酩酊にも似た絶望を覚える。