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クルトゥース 〜碧槍の帝〜  作者: 高田玄武
5/5

〜深きものども〜 中編

‐5‐


結局その日は、陽が沈むまでビーチで遊んでいた。

背中が陽に焼けて熱い。夜になると、気温は高いが湿度が低い分、割りと涼しく感じた。


「ねーねー、明日はいよいよ秘境探険だよね?秘境ってどんなんかな?やっぱり動く石像とか謎のピラミッド遺跡とかあんのかなっ??」


例の食堂で夕食を摂りつつ、イァクが期待に満ちた眼で聞いてくる。―――お前が一番未知の生物だろ!

...とツッコミたい気持ちをぐっと堪えて、曖昧に返事をする。


「...さぁな。―――それより、それって確か、ボートで近くの島まで行くんだろ?ツアーってのに添乗員も居ないし、俺たち以外のツアー客も居ない。ってことはボートは貸し切りなんだよな?」


イァクはパンフレットをまじまじと見つめ、


「―――そうみたい。近くの港からボートに乗れるって。―――あ、でも。」


とまで言うと次は藤堂さんが―――


「―――現地集合って、どういうことなんでしょう?」


現地集合?...現地って―――もしかしてっ!?


「―――ちょいパンフ貸せイァクっ!!」


イァクからパンフレットを引ったくると、よくよく目を通す。


「―――『※島への交通手段は各自用意してください』ぃぃっ!!??」


なんだそれ!?ツアープログラムじゃなかったのかよ!?


「...島までは自分たちでご自由に。」


唐木さん...あんたもしかして始めっから気付いてた?


「―――あ、そっか。だったら別に行かなくてもいいってことだよな。」


『え〜〜〜〜っ!!』


俺の指摘に、イァクと...何故か藤堂さんまで不満の声をあげる。


「なんでなんでなんで〜〜っ!?行こうよぉ〜〜!!あたしこれ楽しみにしてたのよ〜〜っ!?」


「そっ、そうですよ!!秘境ですよ秘境!?謎に満ちた島...大自然の神秘...これだけは絶っ対に行くべきだと思いますっ!!」


いや、まぁイァクは諦めるが...藤堂さん、あんたまで?しかも、そこまで言い切る?


「いや、だってこれ、ボートに港から乗れるとは書いてあるけど詳しい記載が一切ないんだぜ?―――この調子だと、ボートを出してくれる人まで探せってことかもしれんぞ?大体、そんな秘境がほんとにあるなら観光客なんかが簡単に近寄れるわけがないだろ。」


そう、これがそんな大層な島なんだったら、多分船の便などまず出ていないような無人島なのだろう。でなけりゃ、別料金と書かずに『交通手段は各自用意』なんて記載するわけがない。...まぁ仮に別料金だとしても、ツアータイトルに練り込んでるのに別料金な時点でアレな匂いがプンプンするんだが。


「―――やめときなっ!」


その時、声を荒げて割り込んできたのは、食堂のおばちゃんだった。


「あの島は、悪いこと言わないからやめときな。多分あんたたちが言ってるのは『赤煙島』だ。あそこは、昔っから化け物が住み着いてるって言われててね...まぁ、そんなもんは居やしないとは思うけど、あの近くは潮が渦を巻いてたり、流れが早かったりで土地の漁師だって滅多に近づかないんだ。毎年、命知らずの馬鹿があの辺りまで船を出して、渦に飲まれたんだかなんだか知らないが必ず行方不明になるんだよ。死体どころか船の残骸すら見つかりゃしない。」


...化け物の住み着く島?

この時俺は、おばちゃんの言葉が妙に気に掛かった。少し前までの俺なら、こんな話は気にも止めなかっただろう。化け物など居るわけがない。...そう信じて疑わなかった頃の俺だったら。


「...。」


「...。」


イァクと藤堂さんは、さすがにおばちゃんの本気の忠告に黙ってしまった。...イァクは、何かを考えているような顔をしている。


「...と、いきなりごめんよ。代わりと言っちゃなんだが、あたしの知り合いに腕のいい漁師が居てね。明日はみんなで釣りなんてどうだい?なんだったら―――」


厳しい表情を和らげて、おばちゃんが出した提案に藤堂さんは食い付いたようだ。

...しかし、何かが気に掛かる。無人島。誰も近づかない島。化け物の噂。行方不明者。

死体が見つからないってのも気になる。船ごと沈めばそりゃ死体も上がらないだろうが、残骸すら見つからないってのは行き過ぎだ。

いくら渦に呑まれたにしても人間の体が有機体である以上、死ねば大概はガスを発生させるため一度はどこかに浮かび上がるだろうし、浮かび上がる場所がどこだか分からないにしても捜索すれば船の残骸くらいは見つかるはずなのだが...。つまりは、船ごと丸々消えちまったってことになる。...そんなのは不自然だ。

俺は後でおばちゃんに詳しく聞いてみることにした。


「―――ってことでいいかい?」


「―――はいっ!あ...でも、いいんですか?その漁師さん、ほんとに全部無料なんて―――」


「あっはっは!いい若いモンが、そんなこと気にするんじゃないよ!...なんて言いたいとこだけどね、最近はここいらもめっきり観光客が減っちまってさ。どうせ漁ったって自分らの食べる分を細々と取ってくるぐらいだ。ついでにあんたら四人くらいがついてったって気にもならんだろうさ。それどころか、多分若い子たちを目の前にしていつも以上にはりきるんじゃないかね、あのじいさんは。」


「漁師さんって、おじいさんなんですか?」


「あぁ、源吾郎じいさんっつってね。まぁここいらじゃ結構名の通ったベテラン漁師だよ。変わりモンで口は少々悪いが、腕は確かだし気はいい。酒を呑むと少々愚痴っぽくなるがね。あっはっは!」


「―――聞こえとるぞい!」


藤堂さんとおばちゃんの会話に乱入してきたのは、白髪頭に口髭をたくわえた、色黒の逞しい老人だった。


「―――あら、聞こえてたのかい?よかったじゃないか、まだ耳はもうろくしてないようだ。」


「―――フンっ!お前さんのデカイ声なら二十海里先でも聞こえるだろうよっ!」


「あっはっは!!そうだろうね!―――このじいさんが源吾郎じいさんだよ。―――な?変わりモンだろ?」


おばちゃんは、隠す様子もなくあっけらかんとそう言い放つ。...おばちゃんも十分変わり者じゃないかと思ったが、なるほど、どちらも悪いヒトには見えない。


「―――釣りの件ならワシはかまわんぞい。まぁ、そこの口煩いオバハンに無理矢理押し付けられたのは見てたが。それでもいいのなら明朝六時に、港に来りゃいい。今はちょうど沖にイワシの群れが回ってきておっての。追ってきたカツオやらシイラやらが腐るほど釣れるぞ。巧くすりゃカジキなんかも掛かるかものー。」


―――マジで?カジキって言えば、テレビなんかで見る体長が1mにもなる口のとんがった魚だ。―――うん、確かに楽しそうだ。


藤堂さんはすでに乗り気だし、唐木さんは...まぁ多分行くだろう。イァクが静かだったのが気に掛かったが、とにかく俺たちはその話をありがたく受け取ることにした。


「―――さぁ、そうと決まったらあんたらは早く宿に戻って寝な。明日は六時だろ?夜更かしすると船酔いするよ!」


「―――あ、じゃあお勘定を―――」


と、財布を出そうとした俺におばちゃんは―――


「―――馬鹿言うんじゃないよ、金なんか取れるもんかい!どうしてもってんなら明日はたっくさん釣ってきておくれ。その魚と引き替えってことにしようじゃないか。もちろん明日の晩飯もその魚次第だからね。気合い入れて釣ってくるんだよ?」


...おばちゃんは勘定を受け取る気はないらしい。一瞬は躊躇ったが、ここまで言ってくれてるんだ、逆にお金を払うのが失礼に思えて、俺は一言だけ、


「―――じゃあ、お言葉に甘えて。ごちそうさまでした、すっごく美味かったです!」


とだけ言うと、おばちゃんは上機嫌で笑って、明日も来いと言って見送ってくれた。



‐7‐



「―――いい人たちですねぇ。」


帰り道、藤堂さんが嬉しそうに言った。


「...あぁ、うん。ちっとばかし強引な人だけどね。」


なんというか、確かに結構強引なおばちゃんだが、凄く暖かい人だ。漁師のじいさんも、とても気さくな人に見えた。

この町に住む人たちはみんなあんな感じなのだろうか。だとしたら...まだまだ日本も捨てたもんじゃないな、なんて考えつつ、都会じゃ絶対にお目に掛かれない満天の夜空を見上げながら、俺たちは宿への帰路を辿った。


バンガローに着くと、時刻はまだ八時過ぎだった。

唐木さんと藤堂さんは近くに露天風呂を見つけたとかで、着替えを用意して出ていった。俺も誘われたが、唐木さんが一言、混浴だよと口にして、藤堂さんがなにやらまたテンパり出したのでとりあえず謹んで辞退した。イァクは少し外で涼んでくると部屋を出たので、俺は一人で取り残されたわけだ。

...そういえば、食堂であの話を聞いてから、イァクがあまり元気じゃないな。露天風呂なんて話、いつものイァクだったら一番に飛び付くはずなのに。

俺は、とりあえずイァクの後を追って外に出ることにした。


‐8‐


「おっ、いたいた。」


バンガローのある集落から道を挟んで脇に出ると、公園のような場所があり、ベンチにイァクが座っていた。


「...どしたの?明。」


さっきはそこまで気付かなかったが、どうやらイァクにいつもの覇気がない。


「どうしたはこっちの台詞だ。...元気がないぞ?なんかあったのか?」


いつもなら憎まれ口の一つでも吐いてくるイァクだが、今は妙におとなしい。...もしかして、あの『赤煙島』の話からか?化け物が出るって―――まさか?


「...ねぇ、明は、楽しい?」


...断片の欠片のことを確かめようと思ったら、何やら神妙な面持ちでイァクが訊ねてきた。肩透かしを食らって、一瞬躊躇ったが、俺は答えた。


「...楽しいぞ?どうした?お前は楽しくないのか?」


と、返した俺を見て、やはりイァクは真面目な顔で、答える。


「す〜―――っごく楽しいよ。多分、あたしがこの世界に創られてから今までで―――この二ヵ月くらいの時間が、一番楽しいくらい。ううん、そう。恐いくらい楽しいの。」


ならよかったじゃないか、と言おうとして、気付いた。イァクの顔が、楽しいなんて口にしながら、とても淋しそうに笑顔を作っていることに。


「...あたしはね。ずーっと、うん、それはもう気の遠くなるくらいの間、人間たちを見てきた。それはそう、例えるなら物凄く長い映画を、特等席で独り、ずっと観てるような感じかな。でもどんなに面白い映画でも、一日中観てたら飽きるよね?」


...まぁそりゃそうだ。エンディングまでの話が長すぎて、どこで感動していいやら分からなくなるだろう。


「...でも、席を外すことは許されないの。特等席に座ることを許された選ばれた者なんだからーって。...そのうちにね、気付くの。あぁ、あたしは映画を特等席で観る権利は与えられてても、あの画面の中で女優の一人になることは絶対に出来ないんだ、って。だって、映画は観客が居て初めて映画になるんだもの。観る人が居ない映画なんて、意味がないじゃない?それで解ったの。映画を作った人は、あたしに観せるために作ったんだなって。だからあたしをこの終わらない映画館に招待したんだなって。」


―――そこまで聞いて、イァクが何を言いたいか理解できた。いや、正しくは理解できたわけじゃない。だって俺はイァクの言う『映画の出演者』だ。アクターは観客を選んで演じてるんじゃない。台本の意図通りに演じてるだけなんだから。


「―――一つストーリーが終われば、また違うストーリーが用意されてるの。―――でも上映が終わった作品の出演者は、あたしが観てたってことすら知らない。だって演じきったらそれで彼らの役目は終わりだもの。彼らが観客こっち側に来ることは、絶対にないの。」


「イァク...。」


名を口にして、はっとした。...俺はイァクに何と言ってやれる?どう言えばいい?


「...あは、でもあたしはね、やっぱりその映画が好きなの。そんでもって、映画の出演者も、全部好きなんだ。...だから、途中で投げ出さないで今まで観れてこれた。...だけど...。」


イァクは突然、表情を変えた。今にも泣きださんばかりの、悲しそうな顔。


「―――でも、あたしは今の、念願叶ってやっと出演者の一人に抜擢されたあたしの毎日を―――捨てたくないって思ってる!この楽しい毎日を、失いたくない!!...だけど、ダメなの。このストーリーが終われば、何も無くなるか、また観客に逆戻りか。...ねぇ、あたしはどうしたらいい?どうしたらいいの...?」


...俺は、思わず口籠もる。世界を救えば、平和な毎日が戻ってくる。少なくとも俺たちにとっては。

だが、イァクはまた元の...いや、仮に俺たちがその後も一緒に過ごせたとしても、『裁定者』であるイァクは、俺たちが寿命で死んだ後でもこのまま生き続けるんだ。

それは死ねない故の、永遠の螺旋。多分、これまでずっとイァクはそんな永久に近い時間を過ごしてきたんだろう。

だけど...。


「...イァク。よく聞け?...神様...『クゥルトゥル』は何の為に俺たちを、この世界を創ったと思う?」


イァクは涙を溜めた眼を一瞬ぱちくりさせると、口を開いた。


「...何の為?...そんなの、気紛れに決まって―――」


「―――多分違う。あぁ、これは俺の推測でしかないんだが―――。」


きっぱりと否定した俺を、また大きな瞳をぱちくりとさせたが、イァクは不思議そうに俺を見つめていた。


「―――『クゥルトゥル』は、時が経つごとに無気力・無感情になってゆく自分を嘆いていた。―――まぁそりゃそうだ。『旧き盟約』とやらで他人との接触を拒んでいたんだからな。『個は個にして成らず』。要するに、寂しかったんだよ。多分な。独りは寂しいんだ。誰だって。―――それに気付いたんだな、『クゥルトゥル』は。―――だからこの世界を創った。―――誰かに慰めてほしくて。...だからこそ、『記憶』を集めようとしたんだろ。独りじゃない『記憶』。それこそが力。なんだって出来る『力』こそが『記憶』って、そういうことだろ?」


イァクは瞳を大きく開いたまま、俺をぽかんと見つめていた。


「―――だからな?多分、この世界で、『記憶』―――つまり、『願う』って力は多分何よりも強いと思うぞ?『クゥルトゥル』は、それが知りたかったんだ。だから、『願う力』を集める為に、自分とはまったく逆の、有限である『生物』なんてもんを創ったんだろうな。―――それを知りたいが為に。」


イァクは相変わらず俺の目を見据えたまま動かない。ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「無限の中での願いはなんだ?無いものを求めるなら有限だろ?―――じゃあ、俺たち人間は有限である以上―――無限を求める。だけど、有限である故にそれは叶うことがない。―――だから、『願う』ことしか出来ないんだ。強く強く―――果たされないことであることほど、強く『願う』。―――だから、お前が無限だというなら―――」


一呼吸置いて、俺は、告げた。


「―――強く願えば、必ず叶うさ。お前の望むようにな。」


―――最後に告げた後、なんだか、俺は急に気恥ずかしくなって顔を背けた。イァクは何も言わない。...まだ、泣いてるのか?


「―――ぷっ―――」


...ん?なんだ?今のは?


「―――っぷははははっははははは!!!」


...おい。なんか、いつぞやの記憶が蘇るぞ。デジャヴかこれは?


「...おい。」


「あははははははははっ!!―――い、いやごめ、ごめ!マジで、あはっ、だ、だってあんた―――っぷはははははは!!」


くそう。またあんときの再現か?...しかし、よく笑うヤツだなまったく...。


「―――っひいっ―――おなっ、おなかよじっ―――ぷははははははははは!!」


―――あーもういいや、いくらでも笑いやがれこんちくしょー!


「―――クゥルトゥルが、寂しがり屋?あはっ、あは、そんなこと言ったの、あ、あんたが初めてよ、ぷふっ、はは、あ―――。」


「...なんとでもいいやがれっ。」


俺は背中を向ける。...多分恥ずかしさで、俺の顔は真っ赤なんだろうな。―――と、その時、背中に、イァクがもたれてきた。


「―――ありがと。」


...一言だけ、消えそうに小さな声でそう呟いた。が、次の瞬間―――


「―――ってぇっ!?」


思いっきり背中を叩きやがった!?


「―――あははっ!先に部屋に戻ってるわよ〜!そろそろトーコたちが帰ってくるだろーしー!!」


「お―――おいっ!」


そのまま、俺を置いてイァクはバンガローのほうに駈けていった。

俺は、ため息を一つついて、肩を下ろす。―――ま、どうにか元気が出たみたいだ。別に―――何がどうってわけじゃないが、あいつが落ち込んでいるとこっちまで気が滅入る。

―――俺は、公園から見える海のほうを見た。今日は満月。夜の水面に月が映って、揺れる。

...こんなに平和そうに見えて、最後の時間は確実に迫っている。


俺にしか出来ないというなら―――やってやる。世界を救うなんて大それたことは分からないが、この平和を守る為には、やるしかないんだ。


海に向かって祈る。

願わくば―――この平和な世界が、永遠に続きますようにと。



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