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クルトゥース 〜碧槍の帝〜  作者: 高田玄武
3/5

〜夏休みのある日〜

俺は向井明。とにかく平凡・平和・順風満帆をこよなく愛する17歳。取り立てて目立つところもなく、成績も中の中。クラスに一人は居る「極々普通」な、一介の男子高校生。...のはずだった。

それが何故こんなことになっているのか。ほんの数か月前まで、教室の目立たない窓際の席で、梅雨の雨をぼんやり数えたり、そりゃあもう平和に過ごしていたのである。


‐1‐


「あ〜〜き〜〜らぁぁぁ!!!」


...この真夏の糞暑い日差しを更に暑苦しくするようなガキんちょは、イァクグァ。このお子様にしか見えない外見で、なんと俺たちより遥かに長く生きていると言うのだから驚きだ。


「ちょっと〜〜っ!!あんた、あたしのアイス食べたでしょっ!?も〜信じらんないっ!!」


外見と同様、中身までお子さま丸出しときたもんだ。これでよくもまぁ神様だなんて名乗れたな。


「ちょっと明っ!?聞いてんのっ!?」


「うっせーなぁ...お前じゃあるまいし、んなもん食うかっての。」


「じゃああたしのアイスはどこ行ったってのよ!?後で食べようと思って冷凍庫にちゃんと入れといたのにぃぃ〜〜〜っ!!」


ぐえっ!首を絞めて振るなっ!!


「くぉのっ!出せっ!あたしのアイスっ!!」


「うがっ!?だっ!がっ!らっ!じらねぇっで!!」


「あんた以外にそんなこと誰がするってのよ〜〜〜っ!!」


んなこと知るかと言おうとした時、呟くような声。


「...ごめん。私、食べた。」


イァクの動きが止まった。ソファーの上で静かに読書をしていた唐木さん―――唐木塔子―――は、衝撃の事実をイァクに突き付けたのであった。


「―――トーコ〜〜〜...。」


イァクは恨めしそうな目をしたかと思ったが、ぐっと堪えた。お、少しは成長したか?


「...おいしかった?」


溢れださんばかりの涙で目を潤ませ、聞いた。


「...うん、絶妙。」


しかしその攻撃は自分にとってトドメの一撃として跳ね返ってくることを覚えたほうがいいぞ。イァクは、無言で身体を震わせ、溜めた涙を放出している。...無残だ。いや、学習しろよお前も...。


「......。」


うあ、ちょい待て、こっちか!?イァクは無言で涙垂れ流し状態のまま、今度は俺のほうに何かを訴えかけている。


「......。」


「俺を見るな俺をっ!」


「...うぅ...。」


「...くっ...。」


よっぽど口惜しいのだろう。この攻撃は止む気配が無い。...ったく...唐木さんがフォロー入れるとも思えないし...。


「......うぇっ...ぅ...。」


「〜〜〜っああもうっ!わかったよ買えばいいんだろ買えば!!」


「―――ほんとっ!?じゃあね、ついでにプリンと〜...。」


―――嘘泣きかよ。いや、まぁそりゃ判ってたが。


「―――なんで増えてんだ。」


とりあえずスリッパで殴っといた。



‐2‐


「明〜!早く早く〜!」


結局、イァクの策略にまんまと乗せられた俺は、唐木さんが略奪したアイスを買わされる羽目になった。イァクは玄関の前で相変わらず喚いている。


「―――唐木さんは?行かない?」


「...ん。留守番してる。」


「あ、そう...。」


こちらもまた相変わらずソファーに座って、何やら読書をしている。...何々?...『戦乱時における休暇の過ごし方』?...なんのこっちゃ。


「...あの、唐木さん?それ、面白い?」


「...凄く。」


「あ、そう...。」


その本はよほど面白いらしく、唐木さんはこちらに目もくれずひたすらに読み耽っている。...しかし、戦乱時に休暇って...取ってる場合か?大体何の戦乱なんだ。


「―――あきらぁっ!?ま〜だ〜っ!?」


いかん、お子様が駄々をコネ始めた。


「―――っと、とりあえず行ってくるっ!何かあったら携帯に!」


「...ん。」


唐木さんは、そのまま軽く手を挙げて、俺を見送った。...そんなに面白いんだその本...。



‐3‐


「―――あつっ―――」


外は、真夏の炎天下。太陽の日差しが容赦なく、じりじりと皮膚を焼き付ける。蝉の声が暑さを更に引き立てているようだ。


「明、早く〜!急がないとお店が逃げてくっ!」


―――逃げるか。

と、突っ込む気力すらこのむせ返る熱気に奪われる。マンションを出た瞬間に部屋に戻りたい衝動に駆られていた。

...このマンションは、もともと唐木さんが一人暮らしをしていたマンションだ。そこに何故、俺とイァクが転がり込むことになったかと言うと―――話せば長くなる。詳しい話は割愛するが、ある事件をきっかけに、俺は唐木さんの護衛をすることになったのである。まぁ、俺もどうせ一人暮らしのようなものだったし、家を空けていようが親が帰ってくることは滅多に無いし。

うちの親はそりゃもうとんでもないくらいの放任主義で、エジプトで新しい文明遺跡が発掘されただの、やれ南極で凍り付けのナウマン象が発見されただのと世界中を飛び回っている。...そんな極楽とんぼを両親に持ったが故に、物心ついた頃には、絶対にあんな人間にはなるものかと、童心ながらに誓ったものだが。俺が平凡をこよなく愛する理由の確実な一つがそれである。

...そういえば、誕生日会を開くと言っておきながらその当日、多数の友人を招待しておいて、南米でインカ帝国の遺跡が見つかったとか言ってそのまま飛んでったこともあったな...あの時の惨めさと、友人たちの乾いた慰めと無理矢理な作り笑顔が、今も強く心に染み付いている。

...ま、まぁそんな理由と、イァクの強引な発案で、唐木さんの家に転がり込むことになったのだ。

もちろん俺は反対した。いくら護衛の為とはいえ、女の子のマンションに転がり込むなど...言語道断だ。

それは唐木さんも普通そう思うだろうと思っていたのだが...あろうことか、これがまたやけにあっさりと承諾してしまった。そりゃまぁ、俺とイァクは断片を探していて、その断片の一部が唐木さんを狙っているとなれば、利害は一致している、しているんだけど...。それとも何か。俺が常識だと思い込んでいたそれは実は間違いで、寧ろイァクや唐木さんの感覚のほうが常識だというのか。―――いーや、断じてそれはない!自慢じゃないが、俺は筋金入りの小市民だ。イァクの魔の手が忍び寄るまでは、俺はこの世知辛い世の中で、常に極一般人であろうと心がけた。そうして身に付けた必要以上の一般常識が、あんな物理法則を完全に無視した非常識な生物や、あの何を考えているのかすら解らない黙殺娘に劣るなど、有り得ない、いや有ってはならないのだ!!

...話は大幅にズレたが、まぁそんなこんなで、この非常識な共同生活が始まり、今に至るというわけなのである。


「明〜っ!ほら、コンビニコンビニ!」


そうこうしているうちに、マンションから一番近い場所にあるコンビニ、「パーソン」に着いた。しかし、あれだな。たかだか歩いて10分程度とはいえ、この灼熱地獄の中だと想像以上に体力が削られる。


「早く早く!アイスアイス〜!!」


...こいつ、マジで単なる子供だったりするんじゃないだろうな?それにあの体力...やっぱり、神様というのは暑さを感じなかったりするんだろうか?...などと一瞬考えたが、そういえば子供はどんだけ暑くても元気に遊び回ってるのを思い出し、やはりイァクがお子様なんだという結論に至った。

店に入ると、そこは正に砂漠のオアシスだった。エアコンのよく効いた店内は、外の灼熱地獄に比べると天国。寧ろ寒いと感じるくらいだ。

イァクはと言えば、店内に入るなり、速攻でアイスが陳列してある業務用冷凍庫にしがみつくようにして物色し始めた。...この様子だと放っておいても当分は離れそうにないな。俺はイァクを放置して、雑誌のコーナーへと赴いた。

最近のコンビニには何でも揃っている。日用品から食料品、文房具から雑貨に至るまで、生活に必要な物資は大方手に入る。まぁ、量販店に比べれば若干値は高いが、飲み物や嗜好品、こういった書籍や雑誌程度ならほとんど問題ない。俺も書籍店なんかには滅多に足を運ばないし、普段読むような本も漫画雑誌くらいのもんだ。

適当に雑誌のよく読む漫画やコーナーだけを立ち読みして、時間をもて遊びかけた時、ふと目についた本があった。

「欧州心理学〜アス○ロ球団偏〜」。

...なんだこれ?欧州心理学ってのもよく解らないが、サブタイトルに伏せ字が入ってるのはどういうことだ?それに心理学とア○トロ球団に何の関係があるというのか。...この、妙にシュールな書籍のタイトルに、俺の心は奪われた、いやそれはもう釘付けだった。...内容を確かめるには至らなかったが。これはもしかしたら、唐木さんが喜ぶかもしれない。そう思い、俺は書籍をカゴの中に入れた。


「あきら〜!!これこれ!」


どうやら、イァクのほうも決まったらしい。何やら嬉しげにアイスの袋を幾つか下げてきた。


「...なんだこれ。」


そこには得体のしれない名前のついたアイスらしきものが。


「へへ〜、こっちが『秋刀魚アイス』、んでこっちが『サバ味噌煮かき氷』、そんでこれが...じゃじゃ〜ん!『ドクダミ茶シャーベット』!!...うわ〜、これって全部限定発売だからどこの店でも売り切れだったんだよね〜♪まさかこんなとこで見つかるなんて...コンビニ、侮りがたしっ!」


...マジか?いやそれ以前にお前の味覚っつーかセンスはどーなってんだってツッコミはさておいて、何よりそれどこが発売してんだ?限定発売ってのもチャレンジャーだが限定しないとマジで潰れるぞその会社、とか脳内を膨大なツッコミデータが回り回ったあげく、俺の一言は全く違った質問になっていた。


「...あー、ところで、唐木さんに食われたのはどれだったんだ?」


「え?この『サバ味噌煮かき氷』だけど?」


...唐木塔子、侮りがたしっ!


結局、その三つのアイスと俺が選んだ本、それとイァクの執拗な駄々コネ攻撃にあい、仕方なく牛乳プリンを三つ買い、家路についた。どうでもいいがプリンだけじゃないか、まともな買い物。


‐4‐


「たっだいま〜〜〜!!」


イァクの上機嫌な挨拶で、俺たちはマンションに帰ってきた。...しっかし、帰りは更に暑かった。冷房で冷えた身体には一瞬だけ外の炎天下は心地よかったが、それも一瞬だけ。数分しないうちに汗が吹き出し、体力がどんどん削られていった。


「ふぃ〜...あっちぃ...。」


俺は買い物袋をリビングの机の上に置くと、エアコンの冷気で冷たくなったフローリングの上にへたりこんだ。...うん、気持ちいい。


「...おかえり。」


ズレたタイミングで唐木さんの挨拶。...って、まだその本読んでたのか。あ、そういえば...。


「トーコ!!これ見て見て!!限定発売のアイスっ!!みっけたんだよ〜!」


...やっぱそれ、食うのか。


「あたし『秋刀魚アイス』ね!で、トーコはこれっ!『ドクダミ茶シャーベット』っ!それからこっちは...。」


「俺は要らん。食うなら二人で食え。」


「え〜〜!?でもこれ限定発売なんだよ?今じゃなきゃ食べられないんだよ?」


...できれば未来永劫口に入れたくない。


「トーコもおいしいって言ってたし!ね〜?」


「...うん、絶妙。」


その絶妙ってコメントが余計恐いんだよ!


「とにかく俺は食わん。俺のことは気にせず二人でやってくれ。」


「も〜、せっかく買ってきたのに〜...いいもん、二人で食べるから!あとでほしいって言ったってあげないんだからね〜だ!」


そういいながらアイスの袋を開ける二人。...どーでもいいが、買ってきたのに〜、ってそれは俺の金だってこと気にはしてないんだろうな...。まぁ別にいいんだけど。


「...。」


「ひゃ〜、冷た〜い♪...おいし〜〜い!!」


...マジでか?...やっぱりイァクの味覚はゴッドクラス(神級)だったか...(ある意味)。


「...むぐむぐ...。」


あ、唐木さんも口に入れた。


「......。」


うわっ...すげー幸せそーな顔してる...。初めて見るぞ唐木さんのこんな顔...。


「おいしーねー!トーコ!」


「......(コクコク)...超、絶妙。」


...やはり、この二人の味覚は同レベルか...。こりゃ気をつけないと、そのうちとんでもないもんを食わされそうだな...。

二人はそのあと、アイスを三本ともペロリと平らげた。イァクは満足したのかソファーに丸まってすやすやと寝息を立て始め、唐木さんは読書の続きを再開し、俺もぼけーっとまどろんでいた。...うん、平和だ。こんな時間がずっと続けばな〜なんて考えながらふと思い出した。


「あ、そうだ。」


俺はさっきのコンビニ袋から、ガサガサと例の本を取出し、唐木さんに差し出す。


「これ、唐木さんに。」


俺の手に持った本を目にしたとたん、唐木さんの目の色が変わった。


「......。」


読んでいた本をパタンと閉じ、差し出した本をじーっと見つめる唐木さん。...その表情には、先程以上に「喜」が滲み出ている。...知らなかった、唐木さんって、結構分かりやすいんだ。


「...これ、もらって...いいの...?」


なんていうんだろう。「おあずけ」をくらった飼い犬が、よだれを垂らしながら主人の「よし」を待っているような...いや、実際には涎は垂らしてないんだけど、そんなオーラがフツフツと感じられる。


「あ...い、いや、コンビニで立ち読みしてたら、面白そうなのを見つけたから...もしかしたら、唐木さんが喜ぶかな〜って。」


俺が本を手渡すと、何やら宝石でも扱うようにキラキラした目で表紙を見つめ出した。


「...あの、唐木さん?その...もしかして、その本、凄く欲しかった...とか?」


「...(コクコクコクコク)。」


俺が訊ねると、唐木さんは首が折れんばかりにうなづいて見せる。...もしかして、イァクと唐木さんって、物凄く似てるんじゃなかろうか。

唐木さんは一通り本の表紙を満喫したあと、俺のほうを向いて、目を輝かせたまま、一言。


「...死んでもいい。」


「あ...あはは...喜んで貰えて、良かったよ...。」


いささか、今の状況において「死んでもいい」はあんまり洒落にはならんかったが、まぁなんていうか、たかが985円(税込)でここまで喜んで貰えるなら、安いもんだほんとに...。


その後、唐木さんは何度も何度も本の表紙を嬉しそうに眺めた後、結局大事そうに胸に抱えたまま、先に読んでいた本の続きを読み出した。


結構可愛いとこあるな〜...なんて思いながら、フローリングに座り込んで俺も自分の漫画本を読んでいると、段々眠気が襲ってきた。

こんなとこで寝ると風邪ひくな〜...とか考えながら、眠気を払おうとしたが、そこはそれ、俺の微力な精神力では、睡魔という強大な魔王には、やっぱり勝てるはずもなく。

...そのまま俺は、安眠の底に落ちていった。


‐5‐


......。


...う...。


...う〜ん、なんか、重い...。


何故か俺は息苦しさで目を覚ました。

...そうか、リビングで漫画読んでてそのまま...。今、何時だ?

起き上がろうとして、異常に気付いた。


「...すー...。」


「...くぅ...くぅ...。」


...はい?

俺の胸の辺りに、何か乗ってる?それも二つ。


「...すー...すー...。」


「...くぅ...ん...むにゃ...。」


......。

...俺は、寝呆けた頭を出来る限りフル動員し、考える。

...乗っているものは、二つ。それも、寝息をたてるような生き物。俺の近くで寝息をたてて寝るような生き物といえば...?


......。

...やっぱ、二人しかいねーよなー...。

イァクはともかくとして、多分俺が寝てる間に唐木さんもうたた寝を始めたんだろう。でもエアコンがつけっぱなし。それで、寝呆けたまま暖かい場所を探して...。

...ってこの二人は動物か?でも考えてみたらイァクは猫で唐木さんは犬っぽいよな〜...ってそうじゃない!この状況は色々とヤバい!いや、もう、色々と!なんとか抜け出さないと!!

俺は二人を起こさないよう抜け出そうとして、ゆっくりと動いてみたが、左右から二人に枕代わりにされているため身動きが取れない。そうこうしてるうちに、暖かさも加わってまた眠気が襲ってきた。

...このまま寝たらえらいことになるぞぉ〜...。と一応抵抗してみたが。

それもまた、俺の薄弱な精神力でどうにかできるわけもなく。


―――ま、いいかぁ。


などと、結局夜になって腹を空かせたイァクに叩き起こされるまで、平和で幸せな眠りを続けたのであった。



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