強さと愚かさと
「危ないところだったね。 少し様子を見すぎてしまったよ。怖い思いをさせてすまなかった」
緋色の軍服を身にまとった青年はすまなさそうに、そして慰めるように私たちに語りかけてきた。
この人は一体何者なのだろうか。
さっき会った時は、兵士たちに追いかけられていたようだったけれど。
それに、伝令兵の声を真似て酒場にいた兵たちを大通りに誘導していったのは、たぶんこの人。私たちはこの人に助けられたんだ。
いい人なの、悪い人なの……?
私の頭の中は、たくさんの出来事が一気に起こり過ぎたせいでフル稼働し、もはやパンク寸前だ。
そんな私をよそに彼は穏やかに話し出していく。
「しかしまぁ、何事もなく無事で本当によかっ……「レンっ! あんた、見てたんならもっと早く助けておくれよ。あたしがどんなに怖い思いをしたのかも知らないで!」
青年の話に割り込み、突然ルースの怒鳴り声が酒場に響き渡っていった。
とてつもない大声で耳がキンと痛くなってしまう。
ルースのあまりの声量にレンと呼ばれた青年も耳を押さえながら、苦笑いをしていて。
「あぁ、わかってる、わかってるから。ルース落ち着いて」
なだめるように彼はルースに近づいていくけれど、彼女の荒れた様子は収まる気配が全くない。
怒りをぶつけるように顔を真っ赤にしたルースは、更なる大声を上げていった。
「あんたにゃわかりゃしないよ! あたしはナミネちゃんが……ナミネちゃんが、あんな男に汚されちまうと思った。あの子を壊されちまう、もうダメだと思った……わあぁぁぁ!」
最後の方は声も震え、いつも気丈なルースは別人のように泣き叫びだしていった。
ルースの言葉が棘のように私の胸に付き刺さる。
あんな恐ろしい人たちの中でも、ルースは常に自分よりも先に私の身を案じてくれていて、何度も私を助けようとしてくれたのだ。
だけど、私はあの時あの場所で一体何をしようとした?
《コノママ逃ゲテシマオウカ》
あの時の自分の心の声が頭の中でこだまする。自分の声なのにそれは悪魔の囁きにも思えるほど醜い声だった。
孤独だった私にたくさんの愛情をくれたルースを見殺しにしようとするなんて、私は一体何を考えていたのだろう。
感謝してもしつくせない、出来ることならなんでもしたい。
ずっと、そう思っていたはずだったのに。
結局は自分が可愛くて仕方ないの?
私を救ってくれた大切な人を見殺しにしようとしてしまうほどに。
あぁ、なんて私は弱くて醜く……どこまでも愚かなんだろう。
そう思った途端、気が遠くなり視界が途絶え、私は立つことすら困難になっていった。
バランスを失った体は重力に任せ、静かに崩れ落ちていく。
倒れる寸前に誰かが私を支え、必死に呼びかけてくれたような気がするけれど、何もわからないまま私は意識を闇の中へと落としていくことになったのだった。