夢から覚める決意
こんな毎日はまるで、長い、長い悪夢みたいだ。
広い世界にひとりぼっちにされて寂しくて怖いのに、誰も私のことに気付いてくれない。
そんな最高にタチの悪い夢みたい。
そんなことを考えていると、突然自分の気持ちとは正反対の明るい声が聞こえてきた。
「はじめまして、こんにちは」
誰!? どうして私の部屋に?
突然の声に慌てて飛び起きると、見たことのない景色が飛び込んできて。
あまりの衝撃に思考が停止してしまった。
座り込んでいる私の目の前に広がっていたのは、見慣れた自分の部屋などではなく、どこまでも真っ白な現実とは思えぬほど無機質で不可思議な世界で……
何これ? ここはどこなの!
それにこの子一体誰?
真っ白な世界の中に一人だけ、全く見覚えのない男の子が立っていた。
にこりと柔らかな笑みを浮かべている少年は日本人の姿からは程遠く、欧米人の子どものように見えるけれどそれも恐らく違う。
だって薄緑色の髪に、深緑色の眼をした人なんて見たことも聞いたこともないし、よく見れば服も変だ。
ひらひらとした布を身体に巻き付け、金色のベルトを腰のあたりで留めている。
……あぁそっか、そういうことか。
「変な夢」
私は座ったままぽつりと呟いていった。
意味不明なこの世界を受け入れることなんて出来ず、私は混乱する頭をこう納得させていったのだ。
『あのままうっかり寝てしまったんだ』
『最近は変な夢を見ることも多いし、今回のもその一つなんだ』と。
「違うよ。夢じゃないよ!」
眉をひそめながら、少年は腕を組みそう話していく。
だけど、こんなにも不思議な見た目の少年が『夢じゃない』と言ったって、説得力がまるでない。
少年の言葉に、混乱しっぱなしの頭をフル回転させた私は、今の状況について様々な説を考えてみた。そして、行き着いた答えは――
「夢の登場人物に夢じゃないって言われるのはすごく新鮮だなぁ」
私の言葉に少年は、ぽかんと口を開けて一瞬立ち尽くしていたけれど、何かを思い出したかのようにすぐさま大きな声を発していった。
「ちがぁぁぁう! なんでそうなるのさ」
少年は私の手をとって無理矢理立ち上がらせ、くどくどと話し続けていく。
「まぁ、君が夢って思うのも無理ないよ。でもさだからってさ、人の説明をまるごと無視って、ちょっとひどいんじゃない。ねぇ、聞いてる?」
なんで私はこんな子どもに説教されているのだろう。
しかも、なんかこの子妙に大人びているし。
それに夢じゃないならこれは何?
この世界がどこなのかも、この子どもは誰なのかも、何一つ理解が出来なくて、言葉を失いただ呆然とするしか私に出来ることはなかった。
少年は無反応になった私を見て慌てたように近寄り、こちらを見つめてきて。
「わゎっ、ごめん! そうだよね、わけわかんないよね。うん、えっと、ちゃんと説明するね」
その言葉に、私はこくりと頷いていった。
この子の話を聞いたら、何かわかることがあるかもしれない。
えへんと咳払いをし、少年は姿勢を正して話し出す。
「まず、ぼくの名前はリツ。神様のお手伝いをしてる」
「神様のお手伝い?」
「そう。君たちの世界で言う天使とか妖精とか、そんなふうに思っていいよ」
彼が話したのは信じられないほど無茶苦茶な話だし、普通に考えて起こるはずのないようなことばかり。
確かにリツ君は可愛らしくて、人間離れした綺麗な顔をしているけれど天使だとか妖精だなんて、あまりにも非現実的過ぎる。
混乱している私をそのままに、リツ君は子どもとは思えないくらいに堂々と説明を続けていった。
「それで、この場所は無数にある世界たちの狭間なんだ。君を元々いるはずだった世界に送るための中継地点として、僕たちはいまここにいるんだよ」
あれ? 元の世界に送る、ってこの子今言ったよね?
「元の世界ってどういうこと……?」
恐る恐るそう尋ねると、リツ君はにこりと笑う。
「君が今までいた日本は元々、君のいるはずだった世界じゃないんだ」
「え……?」
意味不明な返答に私の頭の中までもがこの世界のごとく、白一色に埋め尽くされていく。
「君は元々違う世界の人間として生まれ育つはずだったんだけど、いろいろと歯車が狂っちゃって……君はその世界を離れることになり、日本っていう国に生まれた」
困惑する私をよそに、彼は話し続ける。
「ぼくはずっと君のこと必死に探したよ。だって世界は残酷な上に、人の生というものはとても儚い。もしも世界が君という異質の存在を見つけたら、その瞬間に君はその世界から抹消させられてしまうんだ。まるで最初から存在していなかったかのように、ね」
そう言ってリツ君はうつむいていった。
どうして私だけがそんな目にあうのかと怒りたい気持ちもあったし、泣きわめきたい気持ちにもなったけれど、情けないことに私はただ狼狽えるしかできなくて。
「いきなり、違う世界に生まれたとか、抹消されるとか言われたってわけわかんないよ」
「そうかもしれないけど、これは夢でも妄想でもなんでもなくて現実なんだ。頑張って理解して」
リツ君の言葉に私は声を失って、まるで目の前の白い景色が闇に溶けていくかのように暗く歪んでいった。
まさかこんなことになってしまうだなんて思ってもみなかった。
私はもう二度と日本に帰れないのだろうか。
落胆する私の様子を見て、彼は独り言のように話し出していった。
「まぁでも、そう……だよね。思い出もあるし、家族も大切だろうし、友だちもいっぱい残してきてる。恋人がいたりなんかしたら、なおさら行きたくないよね」
大切な家族、仲の良い友達、恋人……
その言葉をきっかけに、長年悩まされてきた問題の謎がようやく解けたような、そんな気がしたんだ。