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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
Escape 初等科~中等科編
9/101

8 Escape 木塚 深緑2



 じぃーっと見てくる。それは穴が開きそうなほど、じぃーっとだ。

 木塚君の視線にさらされ、私はお弁当を隠したが目ざとく見つかってしまった。



「煮干しがないな。俺のをやるからお前のタコウィンナーよこせ」

「なんで!?」

「煮干しは骨にいいと言っただろう、今のお前に必要なのはタコウィンナーではない。煮干しと牛乳だ」



 紙パックの牛乳が置かれる。

 おごってくれるのはありがたいが、押し付けがましい。

 いらないって言ってるのに。

 煮干しに浸食されそうなお弁当からタコさんウィンナーを守るべく攻防したが――――あっさり負けた。


 箸さばきが尋常じゃない。



「わ、私を太らせたいなら煮干しよりタコさんウィンナーなんじゃないのっ」

「肥える前に骨を丈夫にしないと体重を支えられないだろうが。そんなことも分からんのかちんちくりん」

「ちんちくりん!?」



 確かに私は小さいが、子供が子供に使う言葉じゃない。

 中等科の図書を読み漁っているからついてしまった変な知識だろう。



 煮干し事件以降、なにかと絡むようになった木塚君から逃げる為、私はあっちへこっちへと昼食をとる場所を変えているのだが、どうしてか必ず木塚君に見つかってしまう。

 クラスメイトからは、はやし立てられ、仲いいねとまで言われる始末。


 当人同士はまったくそんなことは思ってない。

 どちらかといえば険悪だ。



 お弁当の中身の喧嘩が終わればあとは始終だんまりだ。どっか行けばいいのに、木塚君は私がちゃんとお弁当を全部食べるかどうか見張ってくる。

 正直食べづらい。



 今日の木塚君は珍しくお弁当を食べながら本を読んでいた。器用に箸を持ったままページを捲っていく。

 何を読んでいるのか気になったので覗いてみると…………人体解剖図だった。

 食事中になんてもの読んでるんだ君は。

 一気に食欲が失せたが、食べきらないと睨まれるので、押し込むようにお弁当を完食した。


 食後のおやつ代わりに煮干しも口に突っ込まれた。





 寮に帰って、お風呂でさっぱりした後、どきどきしながら体重計に乗れば二キロ太っていた。ちゃんと食べるようになったから増えたのだろう。しかし乙女的に木塚君が言う十キロは太りたくない。

 ストレッチなどをしてみたりして、私は早めに就寝した。




        * * * * * * *




 夏のある日、クラスメイトの誰かが言った。



「肝試ししよう!」



 と、そういえばそんな時期だなとぼうっとした頭で聞いていた。

 参加は自由ということで、もちろん私はパスと名簿に名前を書かなかった。



 なのにどうしてここにいるんだろうか。

 ウィルオウィスプという淡い光を放つ魔法使い専用のランタンを持って私は暗い初等科校舎に立っていた。



「ご、ごめんね花森さん……人数足りなくて」

「ただでさえ女子が少ないんだぜ、参加してくれよ!」

「男同士でぎゃーぎゃーしても楽しくないしな」



 勝手を言ってくれる。

 しかしここまで来てしまったら仕方ない、私は腹を括ってペアを決めるクジを引いた。

 実はちょっと幽霊の類は苦手なのだが、魔法の加護があるこの学校で滅多なことにはならないだろう。多分。



「よ、よろしく、花森さん」

「…………よろしく」



 抑揚のない声で言えば、彼はビクリと震えた。

 気の弱そうなクラスメイトと一緒になったな。私なんかにビビってたらこの先、真っ暗な校舎内を歩くことなんてできないんじゃなかろうか。



 その予感は見事に的中したわけで。

 私はポツンと一人、真っ暗な校舎内で佇んでいた。

 小さな物音に驚いて、彼は猛然と走って行ってしまったのだ。私を置いて。

 呆れるしかなかった。



 私も怖いんだけど。なんか教室の中からガタガタ音がするのはなぜ。

 走り去りたかったが、残念なことに私の足は今、竦んでいる。馬鹿みたい震えてしまってそこから走ることなどできそうになかった。

 恐る恐るランタンで教室を灯せば、人影が動いていた。



「――ひっ!」



 驚いて引き攣った声を上げ、ランタンを思いっきりその影にぶん投げてしゃがみ込んでしまった。

 ガツンとランタンが物に当たる音と、



「痛っ! なんだ、なにごとだ!?」



 人の声が響いて、私は顔を上げた。

 頭を摩りつつ、ランタンを持って教室から出てきたのは……。



「木塚……君?」

「……花森、君か。まったくランタンは人に当てるものじゃないということを君は教わらなかったのか」



 思いっきり睨みつけられたが、人がいた安心感に私はヘナヘナと尻もちをついた。

 へたり込んだ私に木塚君は訝しげに眉根を寄せる。



「こんな夜中になにをしているんだ」

「……聞いてなかったの? クラスの皆と肝試しの最中よ……」

「ああ、そういえばそんなことを言っていたな。バカバカしい」



 その態度を見るとやはり木塚君は参加していなかったようだ。

 木塚君こそ、なぜそこにいるのか。



「なぜこんな夜中に教室にいるのか? と聞きたげな顔だな。まぁ、端的に言えば寝過ごした」

「寝過ごした?」

「放課後、本を読んでいてあまりにもその本がつまらなくてな。すっかり寝入っていた」



 呆れて開いた口が塞がらなかった。

 普段なら校舎内に生徒が残っていれば、生徒が必ず付けているアンチブレスレットを辿って見つけ出す為、校舎内に閉じ込められることはないが今日は肝試しをやる為に、夜の初等科校舎に入る許可を貰っていたので、彼も参加メンバーだと思われたのだろう。

 参加してないことがバレたら怒られるだろうが。



「で、君はいつまで廊下に尻をつけているつもりだ?」

「え……いや……ちょっと」



 恥ずかしくて立てないとは言えない。

 だが、木塚君は私を気遣うこともせず、さて帰るか……とスタスタ歩き出してしまった。

 こんな所に女子一人置いていくつもりか!

 思わず彼の裾を掴んで引き留めてしまった。木塚君がものすごく嫌そうな顔で見下ろしてくる。



「き、木塚君!」

「なんだ、花森。裾から手を放せ伸びるだろ」

「……東口から出よう、そうしよう」

「なぜ東口から出る必要がある。完結に述べろ」

「…………皆で帰れば肝試しに来たと思われて、寝過ごして校舎に残ってしまったことを後で先生に怒られないから」

「うむ、それは一理あるな。ではそうしよう」



 木塚君も先生に怒られるのは嫌だったのか、素直に頷いてくれた。

 なんとか震える足を立たせて、木塚君の背をついていく。

 ちょっと……助かった。



 ゴールの東口に木塚君と辿り着けば予想通り冷やかされたが、どうでもいい。

 しきりに私を置いて逃げたペアの男子が謝ったが、どうでもいい。

 早く寮に戻って寝たい。

 私の胸中にあったのは、それだけだった。




         * * * * * * * *




 とある秋の日の午後の授業は魔法薬学だった。

 魔法薬学の授業は得意な方だ。

 細かい分量を量ったり、難しい名前の薬草を覚えなくてはいけなかったりで苦手な子が多いのだが、本好きの木塚君も魔法薬学は得意なようだった。

 魔法薬学は魔力の大小関係ないのでランクではなくクラスごとに行われる。隣の席の木塚君とは席順の関係で必ずペアにさせられるのだ。


 …………なのになぜか対決することになった。



「えー、どうしてこうなったのかね君達。先生としてはペアなんだから協力して授業に臨んで欲しいんだが」

「先生、あの二人はあれでいいんです。あれが二人の愛の形です」



 愛など微塵もありません。

 勘違いしたままのクラスメイト達が喧嘩するほど仲が良い関係として魔法薬学の先生に紹介してしまった。

 先生は、え? そうなの、それじゃあ仕方ないね。と言って他の子達の薬品の出来具合を見に行ってしまった。



 仕方ないってそんな……。

 それでいいのかと突っ込みながらも、睨んでくる木塚君に嫌々振り返った。

 痛い、視線が痛い。

 なるべく目立たないようにしてきたのに、木塚君に絡まれてからクラスで浮きまくりじゃないか。

 もう嫌だ。



「どちらが正確に、かつ高品質の薬液を作れるか勝負だ。効能や種類は自由だぞ」



 得意なことに関しては負けず嫌いのようだったので、私はさっさと負けて彼の機嫌を直してやろうと思った。これ以上はもう……ダメだ。

 材料を適当に放り込む、火加減はちょっと強く。


 うえ、臭い。


 明らかに失敗の臭いが漂う。煮詰めた液体が黒くドロドロになっていくのを見て私は慌てて火を止めた。

 ちょっとやりすぎたかもしれない。


 でろんでろんの液体ですらなくなった物体を見て、木塚君は眉間に皺を寄せた。



「私の負けだね木塚君」

「…………そうだな、お前の負けだ花森」



 自分で煮詰めていた薬剤を成功しているにも関わらず木塚君は処理箱に投げ捨てると、そのまま何も言わずに教室を出ていってしまった。

 まだ、授業は終わってないのに。



「どうしたんだろう、木塚君すごい怒ってなかった?」

「……うん、なんか怖かったね」



 出ていった木塚君に生徒達は震えあがりながら囁き合った。

 私は黙々と失敗作を片づける。勘の良い木塚君のことだ、私がわざと失敗したのに気がついたんだろう。やりすぎたし。




 人と深く関わるのはもう嫌だ。

 友達なんていらない。私が誰かの友達になっちゃいけない。



 その後、木塚君が私に突っかかってくることもなく、私は独りのまま初等科を卒業した。











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