7 Escape 木塚 深緑1
*Profil(注*新6年生4月記録)
名前:木塚 深緑 歳:11
誕生日:2月7日(水瓶座) B型
身長:147cm 体型:細身
属性:光 能力:回復、治療
体力:★★★★★☆☆☆☆☆
速さ:★★★★☆☆☆☆☆☆
賢さ:★★★★★★★★★★
魔力:★★★★★★☆☆☆☆
総合評価:B
注意事項*脱走経験あり、要観察。
―――目が覚めたら、すべてが夢だった……なんてことは起こりうるはずもない。
怠い体を起こせば、ポタリと垂れる雫。
涙が、目尻に残っていた。眠りながら泣いたのか。
頬に手を当てれば、ガーゼがテープでとめられている。
夢じゃない。
私はベッドの上で膝を抱え込み、その上に顔を埋めて、静かに……泣いた。
* * * * * * * *
あの事件からひと月、私は六年生になった。クラスはC組……雹ノ目君はあれ以来、学校に来ていない。
父親が亡くなり、母親も精神を患って入院していると聞いた。雹ノ目君自身は、特別隔離病棟で母親と同じように精神的な治療を受けつつも魔法庁の監視下の元、個人で勉強を続けているそうだ。
あれ以来、私は第五音楽室に行っていない。
行けば嫌でも彼のことを思い出す。
友達になっちゃいけなかった。触れられるほど近くにあったから手を伸ばして縋ってしまっただけだ。私にはなんの覚悟もなかった。
雹ノ目君を受け入れることも理解することも怖くて、逃げた。
しばらく食べ物が喉を通らなくて、先生達に心配されたが今は少しずつ食べられるようになった。けど頬がこけるくらい痩せた。
私は元の生活スタイルに戻った。雹ノ目君と知り合う前と同じように、そこにいないように死んだみたいに生きている。
進級して新しい生徒も少し増え、違うクラスだった生徒もいる為、顔ぶれはそれなりに新鮮だが、私はさして興味がなく、覚える気もさらさらなくて今日も今日とて本を開く。声をかけられたら、軽く返事をして会話終了。
休み時間になると楽しいことが教室外に多いせいか、それとも新六年C組のメンバーが活動的なのかは知らないが、教室はガランとする。
この静けさならここでお弁当を食べてもいいかな、と思った。ここなら普通にお弁当を広げられるし。
そう考えたが、問題が一つあった。
私と同族……といったら怒られるかもしれないが、私と同じように友達と遊ぶことも話すこともせず、一人黙々と本を読む男子生徒がいた。彼はずっと教室から出ないので、必然的に私と一緒になる。
しかも隣の席だ。
……やっぱり、別の場所を探すべきか。
他の特別教室でお弁当を食べる許可を貰おうとしたら、第五音楽室があるじゃないと言われすごすごと退散した。行けない理由を先生に言うことはできない。
深く溜息をついて、今日はとりあえず教室でお弁当を食べようと、昼休憩の鐘が鳴った瞬間に教室から飛び出していったクラスメイトを横目で見送って、教室がスカスカになったのを見計らいお弁当を広げた。
隣りを見ればやはり彼も自分の机の上にお弁当を広げていた。
…………彼も詰め弁当派なのか。
けれど詰められている中身は雹ノ目君のとはまったく違った。雹ノ目君はバランスと彩に気を付けて選んでいる節があったが、彼のは年頃の子供らしく自分の好きなものを好きなだけ詰め込んでき感じだ。
ハンバーグとスパゲッティーとミートボールがゴロゴロ入っている。なぜか煮干しも詰まっていた。
好きなのか。
そしてやはりと言うべきか、ピーマンがない。嫌いなのかたまたま入れなかったのかは分からないが。
彼は神経質そうな顔で黒縁メガネをクイッと上げて、私の視線に気がついて睨んできた。
慌てて目を反らす。
隣りの席のメガネ男子、木塚 深緑君とは滅多に話さない。というより会話自体したことがない。時々目が合っても今のように、名前と同じ深緑色の鋭い瞳で睨まれる。
他の生徒には無関心のようなのに、私の時だけ睨んでくるとはどういうことだ。
彼に睨まれるようなことをした覚えはないのだが。
木塚君は、黒に近い濃い緑の髪に深緑色の瞳を持つ、すごく神経質そうな見た目の男の子だ。近寄りがたいオーラが全身から立ち上り、他人を寄せ付けない。
そんな彼と黙々としたお昼ご飯が始まる。
沈黙が重い。なぜか時々、木塚君がこっちをじっと見てくるのだが、それも怖い。
そんな緊張もあってか、あまり食欲がわかなくて、お弁当の半分ほどを残し、片づけて私は席を立った。
図書室辺りで時間をつぶそう。
図書室は初等科用、中等科用、高等科用と三つに分かれており、私は中等科用の第二図書室をよく利用する。
中等科の生徒が多い中を行くのは気が引けるが、初等科用の第一図書室には幼児向けの本が多く、あまり私好みではないのだ。
私がよく第二図書室を利用するので中等科の図書委員の何人かに顔を覚えられており、扉を開けると笑顔で手を振られる。
私は小さく会釈をして、足早に本棚の影に入っていくのだ。
今日は何を借りようか。
この間は歴史の本、その前は伝記……久しぶりにファンタジー小説でも読もうかな。
図書室の本はしっかりとジャンル分けされており、棚にはプレートに細かく表示されているので探し物も見つけやすい。
ファンタジー小説のある棚の場所は出入り口に近い場所にあり、その棚数も多い。人気ジャンルだし、当然だろう。
私は適当に本を抜き取った。騎士が剣を振り上げる姿を描いた表紙で、タイトルからも騎士が主役の物語らしい。
私は目次などを見る前に本の裏表紙にくっついている図書カードを引っ張り上げる。
何人かの名前が書いてあったが、やはり。
『初等科三年B組 木塚 深緑』
と書いてある。
それを戻して本も元の位置に戻し、もう一度、適当に本を選んで図書カードを引き抜く。
……やっぱり。
『初等科二年A組 木塚 深緑』
必ずと言っていいほど彼の名前が記載されているのだ。
第二図書館は去年から利用しているからなんとなく木塚という名前には覚えがあった。同じクラスになって初めのホームルームの時、自己紹介で名乗った名にアレ? と思ったほどだ。確かめてみればやはり、私の借りた本のすべてに彼の名があった。
私も相当な読書家だけど、木塚君には敵わない。
しかし、この中等科生が読むような本を初等科二年で読むとは恐ろしい子だ。
難しい漢字も多いのに。
むむっと若干ジェラシーを感じながらも私は目についた一冊の本を借りた。
お姫様が婚約者の隣国の王子様をぶっとばして、奪った白馬で駆け出す冒険物語だ。
なんかすごい興味が引かれた。
図書カードを見れば……『初等科五年C組 木塚 深緑』。
彼、これも読んでるのか。もはや読む本を選んでないな。
次の日、登校した私の目に飛び込んできたのは、
「…………煮干し?」
教室の前が騒がしいから何かと思えば、皆一様に私の机を凝視していたのだ。わけが分からず確かめる為に自分の机を見れば、煮干しが突き刺さっていた。
ものの見事に突き刺さっていた。剣山みたいになってた。
引出しを開ければその中にまでみっちりと煮干しが詰まっている。こちらは袋詰めにされていた。
――――なんだろう、新手のイジメ?
静かに空気のように生活していたが、誰かが私の態度に気でも悪くしたんだろうか。
私がブチブチと机に刺さっている煮干しを抜いていると、女子生徒か心配そうに覗きこんできた。
「花森さん……その、大丈夫?」
「……うん、平気」
返事は淡泊に、ありがとうと付け加えて彼女から視線を外せば、すごすごと退散していった。これ以上はあっちも関わりたくないだろう。
なにせ、煮干しが突き刺さった事件とか変な空気しか漂わない。
というか、臭い。煮干し臭い。
窓を開けて換気すれば、桜の花びらがひらりと教室に舞い落ちた。
――――桜…………朔良。
私は静かに窓を閉めた。
これがイジメで、報いなら……それは仕方がない事だと思った。
* * * * * * *
この大量の煮干しどうしよう。
お昼休み、私は大量の煮干しと睨めっこしていた。一人で消費するには数が多すぎる。それに私はそんなに煮干しが好きじゃない。みそ汁などの出汁に使うならまだしもそのまま食べるのはちょっと。
食堂の人に提供しようか。
そう決めて、お弁当を広げた。隣では木塚君もお弁当を広げている。
…………お子様大好きメニューの中に不似合いな煮干しが詰め込まれている。やっぱり好きなんだろうか。
ならば。
「……あの、木塚君。この煮干し……いる?」
慎重に窺うように聞けば、やっぱり睨まれた。
「いらないよねっ、誰かが私の机に突き刺した煮干しなんて!」
慌てて煮干しを引き出しに突っ込むと、木塚君はふんっと鼻をならした。
なにもそこまで不機嫌そうにしなくても、と私は萎れたが、突っ込んだ煮干しを袋に纏めだしたのを見て、木塚君は初めて声を上げた。
「その煮干し、どうするつもりだ?」
「え? えっと、食堂に提供するつもりだけど……」
「食べないのか?」
「……一人じゃ食べきれないし」
そう言うとなぜか木塚君が立ちあがって私の目の前まで来ると、袋の中から煮干しを取り出し、私の口に押し込んだ。
「ふごっ!?」
「食べないか、せっかく俺が秘蔵の煮干しをくれてやったというのに」
!?
はい? この人、今なんて言ったの?
煮干しを……くれてやった?
「ふぁんにぃん!?」
犯人と叫びたかったが、口の中の煮干しが邪魔してはっきり言えなかった。
煮干しが刺さる。
「ことあるごとに溜息つく、日に日にガリガリになっていく、意識がどっかに飛んでる、昨日は弁当を半分しか食べていない! 隣の席の住人として気になってしょうがないじゃないか、面倒くさいっ」
面倒くさいと言いつつどんどん口に煮干しが放り込まれていく。
ふごっ、ふごっ、もう結構です!
「ちゃんと食え、溜息つくな、後十キロは太れ、俺を煩わせるな」
後半の二つは頷き難い。
が、頷かないといつまでも煮干しを口に詰め込まれそうだ。
コクコクとなんとか頷けば、彼は満足そうに離れた。自分も煮干しをむしゃむしゃ食べだす。
――――木塚 深緑。第一印象、本の虫の煮干し大好き変人。