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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~幻狐の章
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57/101

54 phantom 白い狐






 温かな日差しと眩しさに私は自然と覚醒した。

 ゆっくりと起き上がって周囲を見回す。えっと、ここはどこだっけ?

 回らない頭でぼーっとしていると。


「おはようございます、花森さん」

「……おはようございます……ユリウスさん」


 すでに起きて台所を洗っているユリウスさんを見て私は現状を思い出した。幻狐に落とされてよく分からない世界に来てしまったことを。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 ユリウスさんが一杯の水をくれたのでありがたく飲む。起きがけは喉がカラカラだ。そうして喉を潤しているとなぜか頭を撫でられた。


「えっと、なにか?」

「……泣いていたようなので、怖い夢でも見たのかと」


 そう言われて頬に手を当ててみれば雫が指先についた。どうやら寝ながら泣いていたらしい。


「怖い……夢ではなかったと思います。けど、すごく悲しい夢でした」


 二人の少年が誰なのかは分からない。どうしてあんな夢を見たのかも。


「そうですか……まあ、所詮夢です、顔を洗ってさっぱり忘れてしまいましょう。お湯は用意してありますから」


 魔法使いが見る夢には意味がある。それはユリウスさんも知っていると思うがあえて彼は所詮夢と言った。いろんなことがありすぎて頭がパンクしそうになっている私からすれば彼の優しさはとてもありがたかった。



 しばらく外に出ているのでゆっくりしてくださいね。とユリウスさんが時間をくれたので私はささっと顔を洗うと大きめの桶に張ったお湯で体を拭いた。湯船につかれないのは残念だが贅沢は言っていられない。

 身支度まで整え終えると丁度良くユリウスさんが帰って来たので朝ごはんにした。

 本当はお世話になっているお礼をしようと私が最初に包丁を握ったのだが、大根を切ろうとして包丁がなぜか宙を舞ってユリウスさんの顔すれすれを飛んで行ったので、ユリウスさんに笑顔で、


「私が作ります」


 と言われてしまった。

 私……料理の腕皆無だった、そういえば。




 かなり申し訳ない気持ちでいっぱいになった私は、朝食で使った食器を洗うべく桶に食器を入れて裏手にある川まで下り、洗うことにした。

 皿洗いくらいはできますとも。

 指の腹と布を使ってゴシゴシ洗う。川の水は冷たかったが外気温がそれほど低くないので耐えられる。

 もう少しで二人分の食器を洗い終えるというところで、家の方から耳を劈くような破裂音と地響きが鳴って驚きと同時に尻もちをついてしまった。


 危ない、食器を川にどんぶらこさせてしまうところだった。


 煙が上がっていることを目視した私は慌てて桶をそのままに家の方へと走った。

 家に戻ってみると立てつけの悪い戸が見事になくなっており、そこから煙が立ち上っていた。戸があった周囲の壁がひび割れ今にも崩れてしまいそうだ。

 家の中にはユリウスさんがいるはず。

心配になって覗いてみれば、中にはユリウスさんと誰かもう一人の人物が立っていた。こちらからでは背中しか見えないが、その人は白髪の長髪に美しい仕立ての白い着物を着た頭から足先まで見事に全身真っ白だった。


 強烈な既視感。

 私、この人知ってる。


「よおぉ、ユリウス久しぶりじゃねぇーか」

「ええ、お久しぶりです。相変わらず乱暴な子ですね」


 彼はユリウスさんの胸ぐらを掴み挑発的な態度をとる。言葉遣いも立ち振る舞いも私の記憶の彼とは一致しないが、その涼やかな声には覚えがある。それにあの真っ白な髪、そしてよく見ればやはり、彼の頭には毛並みの良さそうな獣の耳が生えている。真っ白な尾もちゃんとあった。


「鈴……白?」


 思わず呟いてしまった私の声を聞いた彼はゆっくりと振り返った。

 切れ長の獰猛そうな黄金の瞳がこちらを見る。私のい出立ちに訝しげな視線を寄越してくる彼の顔はやはり記憶とは少々ズレがあるが、麗しい容姿なのは変わらない。


「ああ? なんだこのガキ、なんでその名を知っていやがる」

「鈴白、口が悪いですよ。彼女は花森李さん、私の……お客さんですかね?」


 ね? と聞かれて私はコクコクと頷いた。ユリウスさんは胸ぐらを掴まれたままだというのにニコニコと楽しそうにしている。


「客ねぇ……まあ、んなことはどーでもいい。お前がここに戻ってきたってことは、俺の願いを叶える気になったと思っていいのか」

「いいえ、まったく」

「…………だろうなぁ。あんま期待してなかったぜ、なら力づくでいいんだよなぁ!?」


 細い腕のどこにそんな力があるのか。胸ぐらを掴んでいた片手だけで易々とユリウスさんを持ち上げると毬を投げるかのように軽く彼を放り投げてしまった。

 投げ出されたユリウスさんはなす術もなく壁に向かっていく!


「彼の者の守りとなれ! ヴェントゥス!」


 咄嗟だったので半分ほど詠唱を破棄したがコントロールは上手くいったようで、風はユリウスさんの体を包み込み、クッションとなって壁との接触を抑え、床に降ろした。


「ユリウスさん、大丈夫ですか!?」


 駆け寄ってユリウスさんを起こし、体に怪我がないかどうか確認しているとその手をユリウスさんに優しく握られた。


「大丈夫ですよ、ありがとうございます」

「そ、そうですか。良かった」


 ほっと胸を撫で下ろすと、ドンと強く床が叩かれる。びくりと肩を跳ねさせ、音の方を見れば鈴白が口元を歪ませて笑っていた。

 美しいはずのその顔になぜかぞくりと身の毛がよだった。


「ガキ、お前術士か」

「ダメですよ鈴白。彼女はとても小さな魔法使いなのです。貴方の満足するような力は持っていません」

「…………なんだ、弱ぇーのか」


 じろりと見下されて、私は小さくなりつつ必死に頷いた。そう肯定しておかないと今にも血生臭いことになりそうな予感がある。

 震える手をユリウスさんがもう一度、強く握りしめてくれた。


「へぇー、お客とか言いつつ見せつけてくれんじゃねぇーか。なんだ、ついに嫁でもとることにしたのか」

「まさか、私はこの先ずっと独り身ですよ。最期まで独りでしょうね」


 静かで寂しそうな声が響いた。鈴白が苦虫を噛み潰したような渋面でユリウスさんを睨みつける。


「……お前、どういう死に方がしてぇ?」

「そうですねー、老衰で布団に寝転がって眠るように逝きたいですね」

「はっ! 残念ながら、てめぇのような奴には一番縁のねえ死に方だな!」


 言い終わるや否や、鈴白は思い切り踏み込んできた。その瞬間はかろうじて見えたのだが、体が瞬時に反応できる反射神経はない。気が付けばユリウスさんに突き飛ばされ、私は地面を転がりかまどにぶつかって止まった。


「――っユリウスさん!」

「……大丈夫ですよ」


 大丈夫……には見えなかった。

 鈴白に押し倒された形になったユリウスさんの喉元には鈴白の骨ばった細い指先が伸ばされている。


「術士の上手な殺し方。てめぇみてえな化け物級でも使える手法だ。首さえ絞めちまえば怪しい言霊は吐けねぇ……なまじ声に出さなくても呼吸がなけりゃ術は発動しねぇ、そうだったよなぁ?」


 ぎゅっと指に力が入るのが見えた。ユリウスさんの顔が歪む。


「や、止めて!」

「動くんじゃねぇ!」


 耳朶に響く一括に私の体は硬直した。情けないことにそれだけで指先ひとつ動かすことができなくなる。


「俺はユリウスに話があんだよ……。なぁ、ユリウス……てめぇ、なんで戻ってきた?」


 首を絞められているユリウスさんは答えることができない。話があると言って質問しているのは鈴白なのに彼はその手を緩めない。答えを聞きたいのか、聞きたくないのか。


「五十年、放置された。俺がどれだけてめぇを恨んだか知ってるか?」


 思いのほか小さな声だった。ユリウスさんにだけ聞こえればいいという小さな声。黄金の瞳はただ、ユリウスさんを真っ直ぐに見下ろしていた。


「俺はもう待ちくたびれちまった。なぁ……さっさとその魂俺に寄越せ、俺に殺されろ」


 首への締め付けは強くなっているはずだが、なぜかユリウスさんはその言葉に微笑みを濃くした。そしてその笑顔を見た鈴白の顔が真っ青に染まる。


 え? どうしてその反応?


 疑問に思った瞬間、轟音が響き渡り視界を白いものが霞めていった。その一拍後、ドシャッとなくなった戸の外から物体が地面と擦りあって落ちた音がなる。

 恐る恐る戸の外を見れば白い物体、鈴白が仰向けで倒れていた。


「はあー、やれやれ。まったく昔から乱暴で我儘な子なんですから」


 パンパンと手を打ち合わせて汚れを落としているユリウスさんに私は戦々恐々となった。喉を使えない状態にされて魔法が使えたとは思えない。現に魔法が発動した気配がない。ということは……。

 私と目があったユリウスさんは清々しいほどのまっさらな笑顔を向けた。


「魔法使いの弱点が喉なんて誰でも知ってますからね。それが使えなくなった状況を打破するくらいの力はもちろんありますよ?」


 人でないもの相手になんという力技。細身なのに異様に強かった坂上先生を思い出す。どうやって力を出しているんだろう、謎だ。


「……さて、私は私で鈴白に話があったんですが」


 ちらりと鈴白を見やれば彼はぴくりとも動かない。気絶してしまったようだ。


「仕方ありませんね、裏の川に放り投げて起こしてやりますか」


 問答無用で鈴白の足を無造作に掴むと引きずるように彼を裏手まで運んで行った。


 止めてぇ! 鈴白のキューティクルが死ぬぅーー!!


 現代の彼は変わらぬ美髪の持ち主だったからこれしきで毛根は死んだりしないだろうが、乱暴すぎる扱い方に戦慄し慄いた。

 ユリウスさんって…………。

 よぎった彼への複雑な気持ちをなかったことにする為、裏手から上がった悲惨な悲鳴は聞かなかったことにした。








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