48 phantom 幻狐の里1
「壊しますか」
さてこれからどうしよう。
と、力を追ってここまで来たというのにこれ以上の痕跡を掴めず手詰まりになっていた所で鈴白がさらっと言った。
壊すって何を。
迷いない歩みで進み出た鈴白が立ち止まった先は――――
「その岩、確か幻狐の憑代じゃねぇーか」
「そうです」
ポツンと佇む小さな岩の前。私がうっかり腰掛けてしまった幻狐が封印された岩であり、憑代である。
「壊してどうする。ってか壊していいのかよそれ」
「いいんじゃないですか? お留守のうちにぶち壊してしまいましょう」
鈴白は鬱屈した顔で岩を蹴った。蹴るだけではびくともしないが何度も彼は岩を蹴った。
「……鈴白はここが故郷らしいけど、幻狐ってここの妖達の親玉みたいなものなんでしょう? そんなことしていいの?」
「確かに幻狐はここの妖達の長ではありますが、私は奴の傘下に入った覚えはありませんよ。大昔から反目しあってますので遠慮は無用です」
本気で嫌っているようで岩を蹴る力は結構強い。蹴られた衝撃で岩の欠片が私の足元まで飛んで草むらの中に消えた。
「一茂さん、貴方の火の力を貸してください。私が風で増強してこの目障りな岩を壊します」
「……へいへい」
壊して何かなる、というわけではなくただ壊したいだけのようだ。よほど鈴白は幻狐の事が嫌いらしい。
「お前らは下がってろ」
右手に槍を出現させた千葉刑事に私と一ノ瀬君は彼らと距離をとった。強い火と風の魔力の奔流が周囲を包む。
千葉刑事は甥である千葉君と同じ火属性の魔法使いのようだ。しかも獲物も同じ形状の槍。血筋が近いと魂の形も似てくるのだろうか。
炎を纏った槍を構えた千葉刑事に鈴白は風を送った。その風の勢いは徐々に増していき、炎の勢いも同時に増していく。
逆巻く風に体が持っていかれそうになったが一ノ瀬君がしっかりと支えてくれる。隙間から覗き見た鈴白の姿はいつの間にか一変し、一本に括っていた髪留めが外れ長い白髪の髪が風に踊っていた。
なにより目を引いたのは上品な白の着物だった。あれは夢の中で出会った時に纏っていたものと同じ着物だろう。
しばらくその着物に見とれていたがある一点に気づいた私は風に舞った土埃が目に入るのも構わず彼を凝視してしまった。
この町出身の妖だと聞いていたから予想はしていたけど……。
鈴白の頭上には二つの獣の耳が生えていた。まさかと思い下に視線を移すと思った通り人にはありえない白くふっさりとした尾があった。
『白い狐の妖』がそこにいた。
十分すぎるほどの威力を伴った槍を千葉刑事は狙いを付けて真っ直ぐに幻狐の憑代の岩へと投げた。
風を切る音が悲鳴のように響き、槍の切っ先が岩に触れた瞬間、爆発的な魔力の流れと衝撃に咄嗟に私達はうつ伏せに倒れた。
上手く受け身をとったおかげで爆発の威力の割にはどこも痛めることはなかったが、それにしてもなんて力だ。
学生と本業の魔法使いとの差をまざまざと見せつけられた気分だった。
巻き上げられた土煙が晴れるのを待って、私達はゆっくりと立ち上がり千葉刑事と鈴白の姿を探す。
「おー、嬢ちゃんに坊主、怪我しなかったか?」
「ええなんとか。……それにしてもすごい威力でしたね」
「そうだな俺も驚いてる。鈴白の野郎、これでもかというほど全力で威力上げにかかりやがって俺の槍が壊れるかと思ったぞ」
じろりと千葉刑事が睨んだ先に真っ白な和装の狐の妖が立っていた。黄金の瞳を悪戯っぽく細めて微笑を浮かべる姿は、これが彼の本来の姿なのだと納得できた。
「すみません、あいつの寝床を粉々にできると思ったらテンション上がりすぎました」
「…………このサド野郎」
本当に楽しそうだ。ちらりと標的となった岩を見てみれば、彼の言葉通り木っ端みじんとなっていた。
花月さんが語ってくれた昔話の貴族のように怒った幻狐に喰い殺されなければいいが。
「で、鈴白がすっきりした所でこれからどうするんすか?」
「力がここで途切れてる以上、捜査は振り出しに戻る。つーことで町長の家に戻るしかねぇーわけだが」
「…………いいえ、それには及ばないようです」
またあの長い山道降りるのかと辟易仕掛けた所で先ほどまで笑っていた鈴白の顔が急に曇った。まるで玩具を取り上げられて拗ねる子供のように不機嫌な表情だ。
「どうしたの?」
「……千年ぶりで忘れていました。彼が……幻狐がとても性悪で私以上に私のことを良く知っていたということを」
鈴白の台詞が終わるか終らないかというタイミングで私の視界はぐにゃりと曲がった。空間が歪に捻じ曲げられ、足元がふらつく。
急速に平衡感覚が奪われていき、たまらず倒れかけるがぶつかるはずの地面がいつまでたっても接触しない。
いつの間にか深い深い穴の中を落ちるように私は闇の中へと溶けて行っていた。
『意識をしっかり保って。騙されてはいけない、すべては幻狐の――――』
遠のく意識の中、鈴白の声がそう叫んでいたがまとわりつく闇に誘われるように私は静かに眠りに落ちていった。
『ハ――モリ、ハナ―――』
誰かが呼んでいる。
起きなくちゃ…………。
重い瞼を押し上げて、私は瞳を開けた。真っ先に視界に飛び込んできたのは古びた木造りの天井。
「ハナモリ? 起きたのか?」
声を導かれ首を横に向ければ一人の少年の姿があった。燃えるような真っ赤な髪に黄金の瞳のしっかりとした体格の少年だ。
えーっと、彼は誰だっけ。
「ハナモリ、まだ寝てるだろ? ほら、しゃんとしろしゃんと!」
バシンと力強く頭を叩かれて思わず口から悲鳴が漏れる。
「痛っ! ちょっと強く叩き過ぎよ、バカ兄!」
? バカ兄?
「兄に向ってバカはないだろバカは!」
「バカは事実でしょ! 先生から聞いて知ってるんだから!」
自然と零れる言葉にどこかひっかかりを覚えつつも、毎日こんな会話してるじゃないと疑問がするりとかき消されていく。
「おーい、朝っぱらから喧嘩してねぇーで早く朝飯にしてくれ」
「お父さん! そんなみっともない恰好で来ないでよ!」
「みっともないのはお前もだぞ、ほら親父もハナモリもさっさと身支度整えてこい! 朝飯はそれからだ」
兄に追い立てられ私は奥の部屋で着替えた。
えっと、帯ってこう締めるんだよね……あれおかしいな毎日着てるものじゃない。きっとまだ寝ぼけてるんだと覚束ない手元をそう判断した。
父、兄、そして私の三人は小さな丸いテーブルを囲んで朝ごはんを食べた。
母親は……いない、なんでいない?
あ、そうそう病気で私が赤ん坊の頃死んだんだった。
隣の部屋からどったんばったん騒がしい音がする。ボロ長屋なのでお隣さん一家との壁が薄い。
「……ハナモリ、お前も女なんだから飯くらい作ってみろ。毎日ショウが作ってんじゃ貰い手なくなんぞ」
「作ろうと思ってるけどお兄ちゃんが台所に立たせてくれないんだもん」
「…………親父、考えてみてくれ。うちは貧乏、毎日のように食糧不足なのにこいつに料理を作らせてみろ、もれなく一家全員餓死だ」
ありありとその恐ろしい光景が思い浮かび重い沈黙が下りた。
「…………まぁ、あれだ。家事が得意な旦那見つけりゃいい話だな」
簡潔に結論が出ました。コノヤロウ。
朝食を終えた私は、なんともなしに外へ出た。
ガタガタの戸を開けばよく知った町並み。都から遠く離れたこの町はとても田舎で人の数はそれほど多くはないけれど、それなりに活気がある場所だ。
『幻狐の里』、私の住む場所はそう呼ばれている――――。




