3 Escape 雹ノ目 朔良2
*Profil(注*新五年生4月記録)
名前:雹ノ目 朔良 歳:10
誕生日:3月6日(魚座) AB型
身長:140cm 体型:細め
属性:氷 能力:氷を操る 魅惑の音色
体力:★★★★★★☆☆☆☆
速さ:★★★★★★★☆☆☆
賢さ:★★★★★★★★★☆
魔力:★★★★★★★★★★
総合評価:S
注意事項*Aランク以上の先天性魔法使いは、アンチブレスレット二個着用を義務付ける。
「いただきます」
「…………い、いただきます」
穏やかな昼下がりの第五音楽室で、私はいつものように昼食をとっていた。いや、いつものようにと言うにはいささか語弊がある。私の目の前にはなぜか雹ノ目君が座り、お弁当を食べていた。
昨日も今日も。
別に会話が弾んだわけではない。私は喋るのが苦手だし、雹ノ目君もお喋りというわけじゃなく。黙々とお弁当を咀嚼する音と小鳥の鳴き声が教室内に響く。
なにがよくてここに雹ノ目君が来るのか、さっぱり分からない。
あ、もしかしてここで練習してついでにご飯を食べたいのかな。
今日は昨日と違って彼は私よりも先に第五音楽室に来ていた。教室に入った時、雹ノ目君はヴァイオリンを片づけていたのだ。
なので提案してみた。
「あ、あのね、雹ノ目君。音楽室はここ以外にもいっぱいあるし、人が煩わしいなら第六音楽室がこの上の六階にあってね……そこでなら静かにヴァイオリンの練習もお昼もとれると思うんだけど。あ、お弁当食べるなら先生に許可貰ってね」
ちょ、ちょっと声上ずったかな……と心配しつつも雹ノ目君を見ると彼はキョトンとした顔になった。そんな顔も麗しい。
「……練習は一人で静かにするのが好きだし、お昼も一人で過ごすのが好き――」
「なら、やっぱり第六音楽室をっ」
「なわけじゃないんだけど」
ガクッ!!
違うのかっ、紛らわしい言い方しないでぇっ!
気合込めて言った私が馬鹿じゃないか。危うく落としそうになったお弁当を元の安定位置に戻してから、ゆっくり呼吸を整えて口を開いた。
「えーっと、一人で過ごすのが好きじゃなかったら、他の休憩スペースに行けばいいじゃないの……」
特別扱いされる魔法使いを養成するこの学校では、休憩スペースにテレビや音楽を鑑賞できる場所もある。こんな何もない教室でお弁当を食べるよりは楽しいはずだ。
けれど雹ノ目君はなぜか、首を傾げつつ悲しげな顔をした。
「李ちゃん……もしかして僕と一緒にご飯を食べるのはイヤ?」
『イヤ』とは言えなかった。本音はもちろんイヤなんだけど。そんなの面と向かって言えるわけない。私がまごまごしていると、なぜか雹ノ目君はもじもじし出した。
「……僕、誰かと一緒に食べるのは好きなんだけど大人数は苦手だし、その……あんまり喋れないし、それにどう言ってグループに入っていいのか分からなくて。一年からもう失敗して……それになんか、あんまり学校に来てないうちに、途中から入っていけない雰囲気になってるし……」
そうれはまあ、そうだろう。友達コミュニティとはそういうものだ。グループを形成すると外部からの接触はしにくくなる。編入生の多い初等科ならまだそれは緩和されるだろうが、私や雹ノ目君のように話し下手では行くのは困難だろう。
しかもこの外見だ、敬遠されてしまってもいるのだろう。
しかしあんまり学校に来てなかったとは、雹ノ目君は見かけによらず不良だったのか。
ジト目で彼を見れば、私が何を考えているのか察したのか、雹ノ目君は慌てた。
「りょ、両親が演奏家で海外で活動しててっ、ぼ、僕も一緒に行ってたからそれで!」
「え、よく学校の許可下りたね……魔法使いって自由に魔法が使えないように魔法機関で管理してるんでしょう?」
魔法犯罪を防ぐため、魔法庁が魔法使いを管理しているはずだ。学生の私達は、魔法庁に属する魔法学校に管理されている。学生の身では迂闊に外には出られないのだが。
「両親も魔法使いだから、ちゃんと監督できるんだ。出席日数が危なくなければ申請を出せば許可が下りるよ」
私はぶーーーーーーーーっと、飲んでいたお茶を盛大に吹いた。雹ノ目君が驚きつつもハンカチを手渡してくる。
…………シルクのハンカチとか冗談でも拭けないよ、雹ノ目君。どこの坊ちゃんだ。
いや、両親とも魔法使いでかつ海外で活躍するほどの演奏家なら結構なお金持ちなのかもしれない。
そんな上品なハンカチは結構ですという右手を前に出す動作をしながら、うわあぁ、これ掃除が大変だな。とか思ったり。
って、そうじゃない。とか胸中で突っ込んだりしつつ自分のハンカチで(普通の布の)口を拭った。
「両親が魔法使い!? えっ、もしかして両方とも!?」
「う、うん」
「両親とも魔法使いで、えっと雹ノ目君って先天性魔法使い……?」
「うん」
眩暈がした。なんだこのハイスペックさは。レア度は。
先天性魔法使いは後天性魔法使い、または覚醒魔法使いとは魔力の質がそもそも違うらしい。高純度の魔力はあらゆる魔法を支配し凌駕する。先天性というだけでレアなのに、両親とも魔法使いとなるとまた話は別になる。そもそも両親が魔法使いでも確実に子供が魔法使いになるとは限らない。限らないというより、確率は普通の人間の親が先天性の魔法使いを産むより低い。
魔法使い同士の魔力がぶつかり合って、魔法素養バランスが崩れるらしく、親の魔力がそのまま子に受け継がれることが困難なためだ。
親同士の魔力の相性が非常に良いこと、そして度重なる偶然が雹ノ目君のような両親とも魔法使いの先天性魔法使いを産む。
雹ノ目君はレアなんてものじゃない、スーパーレアな生き物だったらしい。
そこまで頭でしっかり理解すると、私の背中から冷や汗が流れた。箸を持つ手もじっとりとしてくる。
一般市民両親から誕生した後天性魔法使いの私、いわば雑魚と両親とも魔法使いの先天性魔法使いである雹ノ目君。
スライムとドラゴンくらい差がありすぎる。
一緒にご飯とか食べている場合ではなかった。
おそらく彼の総合ランクはA以上だろう。クラス分けはランダムだが、この学校ではランクで受ける授業や待遇が違う。同じクラスであってもランクによって時間割がバラバラで基礎授業以外はクラスメイト全員と同席することはない。
雹ノ目君と今まで会ったことがなかったのは、彼があまり学校にこないからだけではなく、ランクがかけ離れていたからだ。
CランクとAランク以上の人間が一緒にいるところを見られたら、何を言われるかわかったもんじゃない。それに雹ノ目君もこんな下位ランク者となどご一緒したくないだろう。
「ごめんなさい、雹ノ目君。まさかそんな高ランク者とは知らず……私が移動するね」
アワアワとお弁当を片づけ始めた私に、雹ノ目君は私以上に動揺した。
「え、えっなんで!? 僕とご飯イヤじゃないんでしょ!?」
「実は私、総合ランクCなの。雹ノ目君、A以上でしょう? 移動したらなんて言って御免なさい。移動すべきは私だった……」
「た、確かに僕のランクはSだけどっ」
Sだと!? しまったドラゴンじゃなくゴットだったか! オーマイゴット!!
…………ふざけている場合じゃない。
お弁当を片づける手が高速化する。
嫌だ嫌だ嫌だっ、Sランクといったら、独自のランクコミュニティが形成されていることで有名だ。同族意識というか選民意識というか、そういうのが強い人達の集まりだ。雹ノ目君が気にしなくても彼らに目をつけられたら私は一貫の終わりだ。
「李ちゃん、お願いここにいて!」
もう少しで扉を開けて廊下に出られるというところで、後ろから鋭い声が上がった。ギクシャクと振り向けば、泣きそうな顔の雹ノ目君が立っていた。
「お願い……そういうの僕、イヤだよ。ランクとか……僕はただ、友達が……欲しいだけなのに」
「そ……それなら私じゃなくても別の子……ほら、同性の方がいいんじゃない?」
「性別とか関係ないよ。李ちゃんがいい、僕は君と…………友達になりたいんだ」
雹ノ目君の言葉が教室に、そして私の耳に、胸に木霊する。
友達になりたい? 誰と? 私と?
彼の言葉が信じられなくて、口をあんぐりと開けたまま石像のように固まってしまった。
そんな私に雹ノ目君はゆっくりと近づくと、少し逡巡してから優しく手を握った。
温かくて、柔らかな感触。
「……僕じゃダメ……? もちろん李ちゃんに嫌な思いはさせないよ! なにかあっても絶対助けるから、絶対絶対……だから、僕と友達になって下さい」
頭まで下げられてしまった。
ふるふると震える唇で、私はようやく言葉を絞り出す。
「……どうして、私……なの?」
その言葉に下げていた顔を雹ノ目君が上げると、今までに見たことのないくらい綺麗に笑った。
「李ちゃんといるとね、落ち着くんだ。すごくのんびりできる。沈黙も苦しくない……苦しくない沈黙なんて李ちゃんといる時ぐらいだよ。他の誰かだったら、きっと何か話さなくちゃって慌てちゃうから」
それは少し……分かる気がする。
昨日も今日もほぼ沈黙だった。それでも私もそして雹ノ目君も慌てたりしなかった。無理に話題を出そうとしなかった。なのに苦しくはなかったのだ。
クラクラした。
誰かと関わるのは嫌だ。面倒だ、きっとまた傷つけられる、怖い。
でも、優しく握られた手がどうしようもなく温かくて……外せなかった。
じっと、雹ノ目君は私の返事を待っている。
刻々と時間は過ぎて、もうすぐ予鈴が鳴る時間になる頃、ようやく私は口を開くことができた。
「ヴァイオリン……」
「なに?」
「ヴァイオリンが聞きたいな……」
「うん、いつでも弾くよ。僕のでよければ」
彼と出会った日の事を思い出す。雹ノ目君の音色は心地よい。もう一度聞きたかった。
「会うのはお昼休みだけにして欲しい。教室に来るのもダメ、目立つのはイヤ」
「うん、分かった。約束は守るよ」
素直に本音を言った。けれど雹ノ目君は嫌な顔一つせずに頷いた。
「他は? 他にはない?」
私が一方的に我儘を言っているのに、雹ノ目君は他にはないのか聞いてくる。
本当にお人よしな子だ。
「ないよ」
「そう、じゃあ、僕らこれで友達だね!」
握った手を少し強く握り返して、雹ノ目君は嬉しそうにはにかんだ。
こうして私と雹ノ目君は、お昼休みだけの秘密の友達となったのだった。




