32 next stage 幻影3
気が付けば一限目終了の鐘が鳴っていた。
私も一ノ瀬君も頭の中で色んなことをグチャグチャ考えてしまって、互いに無言のまま当てもなく校内を転送陣も使わずウロついてしまった。
鐘の音の我に返ってみれば、いつの間にかD組の教室の前に辿りついている。無意識とはいえ、もしかしたら頼ろうとしていたのかもしれない。
「…………先生が頼れないなら、クラスメイトに頼ってみる……って手もあるな」
一ノ瀬君も同じようなことを考えたのだろう、ぽそりと言葉を零した。皆が柳生先生と同じように『危険だ』と判断したならば止められてしまう恐れもある。そうなれば八方塞だ。けれど皆に吐露してしまいたいという気持ちも湧いた。
一ノ瀬君が同意を求めるように視線を投げて来たので、私は力強く頷く。
「九十九君にももう一度相談してみよう。彼なら何か先を見てくれるかも……」
「そうだな、俺、占いはあんま信じないタイプなんだが、道しるべとしてやってもらうのもいいかもな」
ようやく次の目的を見つけて気持ちが落ち着いたのだが、D組の扉を開けて中に入った瞬間、21人分の視線を浴びて心臓が跳ねた。
D組は全員で24名なので私と一ノ瀬君、そして現在休んでいる一名を除いた全員がいることになる。
なぜ、D組メンバーが揃っているのか。そしてきっちりと着席しているのか。
不気味な沈黙の中、教壇に立っていた千葉君が「こほん」と咳払いした。
「えー、色々言わなきゃいけないことがあったんだが、まずはこれかな……」
私と一ノ瀬君を交互に見て、すぅっと大きく息を吸い込むとすべてを吐きだす勢いで声が上がった。
「赤飯! 赤飯の準備だ皆の者!」
「まさかの展開ですリーダー! 赤飯の材料なんかありません!」
「つーか、そもそも赤飯ってどうやって作んだ?」
「あれだろ、まず米」
「赤いのは? 食紅?」
「ちげぇーよ、あの赤いの小豆だっての」
「材料ないなら買って来い購買で!」
「金はー?」
「リーダーが払ってくれるってよ」
「いや、リーダー金欠だから無理!」
リーダーらしい千葉君の一声でクラス中の生徒達が一斉にざわめき立つ。リーダーといっても学級委員長は別の子なので、千葉君がなんのリーダーなのか分からない。
しかしなぜ、赤飯。言っておくけど米は米でももち米だからね。
「なんだお前ら騒がしいな。一限目終わってるがなんで全員いるんだよ」
予想外の出来事に面食らっていた一ノ瀬君だったが、ヒートアップするクラスメイト達に負けじと聞いた。
そんな一ノ瀬君の肩を千葉君がトンと叩く。その顔は笑顔だったがなぜか半泣きだ。
「ちょっとね、そんな気はしてたんだよ。チャンスがあったら俺だっていきたかったけど、そういうことなら俺はお前達を祝福して身を引こうじゃないか」
「だから、なんのことだ」
全然意味が分からない。
戸惑いながら視線を教室に彷徨わせると惹きつけられるように九十九君と目が合った。九十九君は騒ぐクラスメイト達とは距離をとっていたようで、いつもの自分の席よりだいぶ後ろにいた。彼は標準装備の優しい微笑みを浮かべて、右の人差し指をこちらに向けてきた。慌ててその先を探す。
……そして気が付いた。
「!!」
バッと私は勢いよく一ノ瀬君の手から自分の手を放した。
そう、うっかりしていたが私達はずっと手を繋ぎっぱなしだったのだ。いきなり手を放されて一ノ瀬君は驚いたようだったが、ようやくクラスメイト達が騒ぐ意味が分かったのか、一気に顔が耳まで赤く染まった。
「ち、ちげぇっ! ぜんっぜんちげぇからなこれ!」
「まあまあ、そんな取り乱すな勝。分かってるって、赤飯の他にケーキも用意しようなー」
東君が話の分かる友人のように優しく振る舞う。その優しさ、今は盛大にコケているのだが彼にはそれが伝わらない。
「はーい、ケーキにはロウソク何本立てんのー?」
「お誕生日じゃねぇーんだからロウソクの本数は関係ないだろ。それよりも誰が金払うんだっての」
「ワリカンだろ」
「赤飯もケーキもいらねぇーーーーー!!」
収拾がつかなくなりつつある教室に一ノ瀬君の大絶叫が響いた。肺活量があるのだろう、かなりの声量だった。鼓膜をやられたD組メンバーが悶える中、一ノ瀬君は一呼吸置いて、冷静さを取り戻しながら言った。
「お前らの期待してることは何もねぇーから。色々あってちょっとそういう状況になっただけだ。……で、お前らなんで全員揃ってる?」
静かな凄味のある声と顔に教室が静まり返る。一ノ瀬君の鋭い眼光を向けられた千葉君は、ちょっとビクついた。
「か、かー君が花森さんに悩み事があるから付き合ってやってくれって……」
かー君、という名前が誰のものなのか私は分からなかったが、一ノ瀬君の視線が千葉君から九十九君に移ったので、彼のことなのだと悟った。
「九十九 薫で、かー君なんだってさ。覚えてくれると嬉しいな」
「うん、今ちゃんと覚えた。……九十九君が皆を集めたの?」
「柳生先生が思いのほか先生してて役に立たないのが見えたから、二人が戻って来るのを見計らってね」
「そういうこと、さぁ花森さん、悩んでるならここで恥ずかしがらずに言っちゃえよ!」
「その為の初学級会だからな!」
初めての学級会が私なんかの悩み事相談でいいのか、と思ったがその為に全員が集まってくれたことに心が温かくなった。
「…………ところでお前ら、二時限目どうするんだ。もうすぐ始まるぞ」
『ああ!!』
一ノ瀬君の突っ込みに私と一ノ瀬君と九十九君以外の全員の声がハモッた。さすが噂に名高いアホクラス。次の授業のことをまるで考えていなかったらしい。
「僕は別に全員にお願いしたわけじゃないよ。招集したのは千葉君」
私の心を読む九十九君は、さりげなく僕はアホじゃないアピールをしてきた。確かに彼はアホじゃないかもしれないが、分かっていて止めないのはどうなんだろう。
私と一ノ瀬君は三時限目からが今日の授業だ。朝のHRには仕事か何か用事でもない限り全員が出席しないといけないので午前に授業がなくても全員学校にはいる。
「ごめんね、花森さん。授業終わったら私も参加するから」
ぎゅっと手を握って来た女子生徒は確か須藤さん。下の名前は分からない。後でちゃんと名簿を確かめておこう。彼女とは何度か同じクラスになったことがある。あの煮干し事件の時もまっさきに声をかけてきてくれたのは彼女だった。あの時は、冷たくあしらう事しかできなかったというのに、須藤さんは今でも心配してくれる。
「……ありがとう、須藤さん」
小さな声になってしまったが、勇気を振り絞ってお礼を言うと須藤さんが目を大きく見開いて私を見詰め、ふっとその顔が満面の笑みに変わった。
「うん、うん! 今度こそ絶対に付き合うから!」
手をぶんぶん元気よく振って須藤さんは教室を出て行った。『今度こそ絶対に付き合う』それはきっと煮干し事件の時にすぐに身を引いてしまった事だろう。私は気にしてない、だってあれは私の態度が悪かったんだから。でも須藤さん自身はずっとあの事を気にしていたのかもしれない。
見えなくなった彼女の背を見るように扉を見詰めていると、バンと背中を叩かれた。
「花森、今お前に女子の友達ができた!」
嬉しそうに言う一ノ瀬君に、私は気恥ずかしくなって俯いてしまった。
そうなのかな、申込みなんてしなくてもなれたのかな。
モジモジしていると、今度はぐしゃりと頭を強めに撫でつけられる。
「ま、お前のことだから言葉にして確かめないと自信がもてなさそうだし、後で聞いてみろよ。俺も一緒にいてやるから」
「う……うん」
「いやいや、一ノ瀬お前なに言ってんの?」
一ノ瀬君の言葉に感謝と感激の感情が溢れていたのに、千葉君のあっけらかんとした台詞に尻すぼみしてしまった。
千葉君的に今のは友達になれたように見えなかったのだろうか。不安な瞳を彼に向ければ、千葉君は能天気なヘラッとした笑顔を見せた。
「俺らD組は全員が全員と友達である! な」
『なーー』
千葉君に同意を求められた二時限目お休みのD組メンバーが揃って賛同した。
「てか、友達じゃねぇー奴いたのか? 知らんかった」
「同じクラスになった時点ですでに友達だろ。ジョーシキ、ジョーシキ」
そんな常識は知らない。それが通じるのは現在の一年D組くらいだろう。だけどそれがとても嬉しい。なんだか胸がいっぱいになってしまって何も言えなかった。
ちらりと一ノ瀬君を見れば彼はニヤニヤして、「さすがD組」と笑っていた。
本当に、『さすがD組』である。
「んじゃ、さっそく二時限目お休みメンバーでひとまず花森さんの悩みについて聞こうや」
教壇に立ちなおした千葉君に手招きされた私は、彼の隣に立った。すぐ傍に一ノ瀬君が立ってくれる。静かに席に座った皆に私は今日何度目かの夢と九十九君の解釈、そして雹ノ目君の失踪についてを話したのだった。
「雹ノ目か、懐かしいな。あのヴァイオリン美少年だろ?」
「五年の時に事件起こしていなくなったよな?」
「入院してたのか」
当時の雹ノ目君を知るクラスメイト達が記憶を掘り返しながら彼のことを口にした。
「確かによっしー先生の言う通り、探すのは危険かもしれないな」
「でもやっぱり探すだけ探したいよなぁ。花森さんの気持ちを考えると」
「魔法科警察でも一か月見つけられてないんだろ? 俺達でなんとかなるか?」
真剣に問答してくれているクラスメイト達の言葉を私は一つ一つ拾って聞いた。やはり探すのは賛成派と反対派で綺麗に意見が分かれる。
「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」
落ち着いた、しかし強い声で誰かが言った。声の主を探してみれば、先ほどまで意見を交わすことなく静聴していたD組学級委員長、羽田さんだった。黒髪に三つ編みメガネという典型的な優等生の外見をした羽田さんは第一印象を裏切らない真面目な女子生徒だ。
「学年平均点を残酷なまでに落とすアホウな君達でもこの意味は分かるだろう?」
「へい、姐さん。死ぬ気でやればなんでもできるってやつですね!」
「うむ、概ねその通りである。諸君ら、よく考えてもみたまえ。花森君が悩んでいる時点で、彼女に雹ノ目を『探さない』という選択網はないのではないか?」
黄金に鋭く輝く瞳に射抜かれて、私は素直に頷いた。そうだ、私は諦めたくない。だからこそ、どうやって『探すか』を悩んでいたのだ。その事を見抜かれた。
「論点は、探すか探さないかではなく、どうやって探すかだ。時は金なり、無駄な時間を浪費しないよう最初から論点を提示してもらいたいな、花森君。ただでさえこのクラスの頭はスカスカなのだから」
「す、すいません……」
さすが学級委員長。話し合いの流れを知っていらっしゃる。羽田さんの指摘で、考えるべきことが違うことに気付いた皆は、どうやって探すかを話し合い始めた。
探すのを反対していたメンバーは若干、心配そうな顔をしたが、私を見て諦めたようだった。
ごめん、心配してくれてありがとう。
「行方不明になったというなら、やはり現場検証を一度してみたいものだが……。花森君、雹ノ目が入院していた病院はどこだか知っているか?」
「いえ……、柳生先生も教えてくれませんでした」
「そうか、黙秘しているということは他の教員に聞いても無駄そうだな。さて、他に誰か知っていそうな者はいるだろうか」
羽田さんの言葉に全員が黙り込む。あまり学校に来ていなかった雹ノ目君を元々知らない者も多いし、彼が入院していた事実を知る人は更に少ない。生徒の中で雹ノ目君の所在を知っていそうな人物はまるで思い浮かばなかった。
重い沈黙が流れる中、「病院……病院」と呪文のように唱えていた東君が、あっと飛び跳ねるように手を上げる。
「病院って言ったら、光属性でしょ!」
「おお、東! 貴様にしては実りのある意見だ」
「ありがとうございます、姐さん!」
「光属性の者とは盲点だったな。彼らは数少ない回復魔法のエキスパートゆえ、学生の頃から多くの病院へ治療補助の為に派遣されているはずだ」
そこまで聞いて私は羽田さんの言わんとしていることを理解した。確かに、多くの病院を回っている彼らならもしかしたら雹ノ目君の事を知っているかもしれない。
「確か、光属性の者は一年に三人。A組の木塚、B組の時任、D組の榊原君……」
D組にも光属性がいたと初めて知った私は榊原さんを探したが、姿が見えない。
「うむ、残念なことに彼女は現在、遠方の病院へ派遣されているはずだ。そしてB組の時任も別の病院へ行っている」
そういえば休んでいる残り一名は榊原さんだった。ということは。
「A組の木塚に問うか、先輩に聞きに行くかのどちらかだがあいにく私でも先輩達の属性情報までは持っていない」
「大丈夫だ、姐さん。木塚とは知り合いだし、問題ねぇーよ」
自信満々に言う一ノ瀬君だったが、羽田さんは渋い表情を浮かべた。
「光属性の者は過保護な性分が多いと私は分析している。雹ノ目の事を調べるにあたって、彼がどう判断するかだけが気がかりだ」
確かに木塚君を含め、光属性の人は怪我に対する反応が厳しい。怪我をする危険性のあることに賛同してくれるとは思い難かった。だけど、今はそれしか方法が見当たらない。
「説得する。絶対に」
気合を込めて言った台詞に、皆が息を呑むのが分かった。羽田さんは、「そうか」と言うとクラスメイトに向かって声を張り上げた。
「皆の者、ひとまずは明かりが見えたわけだが、これですべてが解決したわけではない。彼女の健闘を祈りつつ次なる課題に向けて英気を養っておけ!」
「へい、姐さん! つまり甘い物食べて頭元気にしとけばいいんっすね!」
「うむ、概ねその通りではあるが、諸君らのスカスカの頭に対して効果はまるで期待しない。まあ、食べ過ぎて肥えん程度にな!」
『はーーい』
いい返事だ。羽田さんが言うと普通は罵っているようにしか聞こえない言葉も激励になるから不思議だ。
私と一ノ瀬君はD組メンバーにエールを送られながら木塚君に会う為、教室を後にした。
*文章内に榊原さんが不在であることの矛盾が少しあったので修正しました。(9/24 0:05)
*痛恨のミスを発見しました。
九十九君の下の名前、思いっきり間違ってます。優斗→薫に修正。メモ帳に苗字しか記載していなかったのが悪かった……。しっかりメモっときます。
(9/24 18:22)




