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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
VS 高等科編~運命のチームメイト
31/101

29 next stage お見舞い





 夢のような体験だった。まだふわふわと宙を浮いているような感覚で、地に足がちゃんとついているかどうか何度か踏みしめて確かめたくらいだ。

 優勝したんだ、と実感させてくれるのは硬質で冷たい触感のある小さなトロフィー。一ノ瀬君が荷物になるだろうと持ってくれようとしたが、私はどうしても自分で持っていたくて譲らなかった。彼は笑って「そうか」と言うと私が右腕に下げていた制服の入った手提げ袋を代わりに持ってくれた。こういうところは紳士的だ。

 賑やかな閉会式を終えて、愉快なD組メンバーに胴上げされそうになったところをお見舞いがあるからと走って脱出した私達は、高等科校舎一階中央塔にある保健室に向かった。

 シャッフルバトルで手加減できずに透明君に怪我を負わせてしまった一ノ瀬君は、やはり気にしているようで購買部でお見舞いの定番、花とバスケットに入った果物の盛り合わせを買った。


「全治何か月とかの重症だったらどうしよう……」

「そこまでではないと思うけど……」


 魔法使いは人間よりも魔法耐性の高い多少個人差はあるが頑丈な体になるのだ。病気にもなりにくい。透明君はいかにも弱そうな貧弱な体型だったが曲がりなりにも魔法使いなのだ、それに治癒魔法の使い手である保険医、神城先生もついているし大事にはなっていないはず。

 そう思いながらも私もまた一ノ瀬君と同じように、それほどひどくありませんようにと祈りながら保健室の扉を開けると。


「基本、気合で怪我は治る!」


 そんなまさか。

 女性としては少し低めのハスキーボイスを持つ神城先生が治療に来ていた生徒の腕に適当に消毒液を吹きかけていた所だった。


「ぎゃー、痛ぇっ!!」

「男だろうが、我慢しな」

「先生、治癒魔法使ってくれよ。消毒は染みるって!」

「この程度、魔法使うほどじゃないよ。体が魔法慣れしたら万が一の時、治癒魔法の効果が薄れることだってあるんだ。しっかり自分の治癒力で治しな」


 ぐりぐりとガーゼを張る先生にまたもや男子は悲鳴を上げた。


「じゃあ、せめてもっと優しく!」

「ふざけんな、お前ここに来るの何度目だ!? ちょっとは怪我しないように注意するってことを覚えな!」


 半ば蹴り出されるようにして放り出された男子生徒だったが、あれは先生の愛の鞭だ。しっかりと受け取るべきだった。魔法使いは少しは頑丈だからと過信する人も多いのだ。

 ちらりと一ノ瀬君を見る。


「……こっち見るな」


 色々心当たりがありまくりであろう、先生と先ほどの生徒の会話で一ノ瀬君の顔には脂汗が浮かんでいた。彼の場合は普通の魔法使いよりも何倍も頑丈に体ができてしまっているらしく、無茶の量も半端ない。これは神城先生に言いつけて一度講義を受けて欲しいところだ。


「あ、あのー失礼しまーす」


 鼻息荒い神城先生の様子を窺いながら、保健室の中に踏み込むと吊りあがった眉を不機嫌に寄せて深い皺を作っているロング巻き毛の金髪美女が振り返った。白衣に真っ赤なハイヒールと目立つ容姿も相まっておおよそ保険医には見えないが、れっきとした光属性の治癒魔法を扱う免許持ちの保険医である。


「ああ、花森じゃないか。どうした、ウォークラリーで怪我でもしちゃったかい?」


 煩わしい男子ではないと確認すると、一変して可愛い妹を心配する姉のような甘い顔になる。アルカディアでは女子生徒が少ないので彼女はよく女子生徒達の相談役として頼りにされていた。


「し、失礼します」


 が、男子には厳しい。一ノ瀬君のような怪我を顧みない体当たり生徒は特に。

 一ノ瀬君の姿を目視すると、神城先生は険しい顔に逆戻りしてしまった。


「なんだ一ノ瀬、また骨でも折ったか? 入学する前から色々やらかしやがって、どうせウォークラリーでも相当無茶やらかしたんだろ」


 ご明察である。というよりも一ノ瀬君、すでに入学する予備宿舎の時からお世話になっていたのか。

 呆れた眼差しを向ければ、居心地悪そうに視線を反らした。擁護の必要性をまったく感じなかったので私は正直に先生に告げることにする。


「相当やらかしてましたので、後でみっちりお説教してあげてください」

「おおそうかい、やっぱりな。じゃあ今度、一ノ瀬の為にアタシの貴重な時間を割いてみっちりと命の尊さについて説いてやろう」


 「げえっ」と一ノ瀬君が拒否反応を示したが無視だ。


「で、お前ら怪我の治療じゃなけりゃ何しにここに……ああ、彼の見舞いか」


 質問に答える前に神城先生は一ノ瀬君が持っていた花とフルーツで気が付いた。誰の見舞いなのかもすぐに分かったようだ。

 ここの保健室は入院施設も併設されており、泊まり込んでの集中治療が可能になっている。神城先生が処置できないような重度の患者は学校外にある魔法使いの総合病院にすぐさま転送できるようになっていた。


「処置は終わってるから適当に顔を見せてやりな。107号室だ」


 入院患者用のベッドが置いてある奥の部屋へ続く扉を開けて、先生は中へと促してくれるが、一ノ瀬君は中に入ろうとせず、まごついて心配そうに口を開いた。


「あ……あの、先生。透明君……えーっと名前なんだっけか、そいつの容体は?」

「重くもないが軽くもないな。肋骨が三本折れてたし、肺もちょっとやられてた。鍛え方が足りないね。ま、骨はくっつけといたし、肺の方も時間がたてば回復する。全治三日ってとこだな」


 さすがは治癒魔法と魔法使いの自己回復能力、それだけの怪我でも三日で完治するようだ。一ノ瀬君は安堵しつつも、やはり骨を折っていたことに申し訳なくなったようで、顔が俯き気味だ。

 私は重い足取りの一ノ瀬君の広い背中を押して、透明君が入院している部屋へ進んでいった。




 『107号室』と札がかかっている扉をノックするとすぐに返事があったが、この声は透明君じゃない。

 扉を開けて中に入れば、驚いた顔をした瀬戸さんと目があった。返事をしたのは彼女だったようだ。


「瀬戸さん、透明君の付き添い?」

「……ええ、面倒だけどこのままほっとくわけにもいかないじゃない。処置は終わって命に別状はないけど、箸を持つのが大変そうで――」


 そこまで言ってなぜか瀬戸さんは咳払いした。


「……瀬戸さん、瀬戸さんちょっと痛いんだけど……君は僕にリンゴウサギを食べさせてくれるんじゃなかったの? そこ頬なんですけど」


 瀬戸さんと鉢合わせたのもあって彼女に苦手意識がある私は内心慌てていて、よく状況を見ていなかったが、瀬戸さんはまさに透明君にリンゴを食べさせてあげようとしていた所だったらしい。

 しかも器用にウサギの形だ。


「違うのよ! これは――そう、介護! 介護の一環なんだから、決して仲良しなわけじゃないんだから!」

「……痛い、頬がぐりぐり抉られる」

「しかし、上手くできてるなーこのウサギ」

「そ、それは鈴木君がリンゴむけなさそうとか失礼なこと言うから!」


 確かにお嬢様育ちっぽい瀬戸さんは料理が上手いようにはお世辞にも見えない。リンゴの皮むきすら満足にできない不器用なイメージがあった。けれどこのリンゴウサギを見るにその認識は誤りのようだ。

 あと、瀬戸さんそのリンゴウサギ透明君から離してあげて。本当に抉れそう。

 彼女は顔を真っ赤にさせて憤慨しながら、フォークに突き刺したリンゴウサギを透明君の頬に押し当ててグリグリしているのだ。


「……ちょっと言ってみただけだよ。瀬戸さんが料理勉強してたの知ってるし。……ねぇ、本当に痛いんだけど」

「なんであんたがそんなこと知ってるのよ!?」

「えー、だって図書室で料理の本読んでたし、上手くできたのは七瀬君にあげて失敗した分は自分のお弁当に詰めてきてたよね」


 瀬戸さんの開いた口が塞がらない。私も一ノ瀬君もなぜか詳しい透明君の語り口に戦慄を覚えた。

 まさかのストーカー――――


「ストーカーじゃないからね。瀬戸さんとかこれっぽっちも僕の好みのタイプじゃないし」

「なんですって! こっちこそ願い下げよっ!!」


 透明君の頬を攻撃していたリンゴウサギがポーンと弾みで飛んで行った。 ああ、勿体ないな。


「人間観察が好きなだけ。今まで同じクラスになったことがある人なら、それなりに詳しく語れるけど……聞きたい?」


 私は全力で首を振った。今までのことを振り返ればあまりいいことは語られないだろうし、人の口から自分のことを詳しく語られるのもいい気はしない。


「そうだろうね、言わないでおくよ。それより瀬戸さん、僕リンゴもう少し食べたいんだけど」

「自分でむいて食べればっ」


 ドン、と真っ赤なリンゴを投げつけて瀬戸さんは出て行ってしまった。と思ったら半身だけ部屋の中に戻る。なぜか私をちらちら見るので首を傾げた。

 目を合わせれば真っ赤な顔で慌ててあちらが反らしてしまう。

 なんだろう、また何か怒らせるようなことしたかな?


「……瀬戸さーん、リンゴはいいから花森さんに何か言う事あるでしょ」


 仕方なさそうに溜息を吐きながら透明君が瀬戸さんを促した。すると彼女はもごもごと何か口の中で言葉を転がしてから、キッと睨みつけるように私を見る。鋭い視線だったので私の背筋は緊張でまっすぐになった。


「お、おおおお」

「……お?」

「お、おめ――――優勝おめでとうなんて言うわけないでしょ! まぐれ勝ちに決まってるんだからっ、鈴木君がヘマしなかったら私達が優勝してたんだからね! せいぜい運が良かったことを喜んでなさいよ!」


 息継ぎなしで捲し立てると瀬戸さんは扉を勢いよく閉めて突風のごとく走り去ってしまった。

 茫然と突っ立ってしまっている私と一ノ瀬君を尻目に、鈴木君は布団を叩いて大爆笑だ。


「さ、さすが瀬戸さん! 期待を裏切らないっ――あ、花森さん達、気を悪くしないでね。あれ彼女の精一杯の祝いの言葉だから」


 祝いの言葉だったのか。怒涛のように言葉を投げられたからいまいち理解が追いついていなかった。

 笑い過ぎて体に障ったのか、透明君は笑いながらも痛みに身を縮め込ませていた。ツボにはまって脱出できないでいる透明君に、一ノ瀬君は窺うように花とフルーツの詰まったバスケットを差し出す。


「えーっと、見舞いに来たんだが」

「あ、わざわざありがとう。気にしてるみたいだから先に言うけど、この怪我三日で治るらしいからそんなに気にしないでいいよ。校内行事って言っても魔法で戦うわけだし、怪我をするのは覚悟でやってるから」


 一ノ瀬君を咎める気も怒る気もないようで、透明君は『そんなこと』と軽く流した。


「瀬戸さん行っちゃったし、代わりに花森さんリンゴむいてくれない?」


 と、透明君が持っていたリンゴを差し出して来たので私はうっかり受け取ってしまったが、左手にリンゴ、右手に果物ナイフを握った時点で自分の過ちに気が付いた。

 そっとリンゴの真っ赤な皮にナイフの先端をぷすっと入れる。二人に凝視された。


「……花森、失礼な事聞くがお前……リンゴむいたことあるか?」

「…………お母さんがむいてるのなら見たことある」

「それ、むいたことないって言ってるよな?」


 手つきが覚束ないばかりが、リンゴを真ん中から突き刺すという行動で一瞬にして二人に超不器用、料理下手が露見されてしまった。

 こんなことならお母さんのお手伝いをちゃんとやっとくべきだった。

 一ノ瀬君は、黙って私の手からナイフが突き刺さったリンゴをとるとまずナイフを抜いた。そして滑るようにリンゴの皮をむいていく。果肉を切りすぎない絶妙な薄さの皮むき。

 唖然とする私を横目に、透明君は感心しきった顔で一ノ瀬君を見た。


「へー、上手だね一ノ瀬君」

「よくお袋とジャム作ってたし」

「リンゴウサギとかできる?」


 あっという間にむき終わったリンゴを切り分けて、自分が買ってきたリンゴをバスケットから出すと、これまた鮮やかな手さばきで可愛いリンゴウサギが出来上がった。

 く、悔しい。器用そうに見えない男子に負けるとは。

 今度食堂のおばさんに教えてもらおう。

 と闘志を燃やして意気込んでいたので、


「一ノ瀬君に食べさせてもらうのは遠慮したいから、花森さんお願いしていい?」


 という透明君の言葉に体だけ反応した私は、瀬戸さんと同じくリンゴウサギを彼の頬にグリグリさせるという失態を犯していた。









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