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VS(ヴァーサス)!!  作者: 白露 雪音
Escape 初等科~中等科編
3/101

2 Escape 雹ノ目 朔良1

*Profil(注*入学時4月記録)

名前:花森(はなもり) (すもも) 歳:10 

誕生日:6月25日(蟹座) A型

身長:138cm 体型:小柄

属性:風  能力:風を操る 転移

体力:★★☆☆☆☆☆☆☆☆

速さ:★★★★★☆☆☆☆☆

賢さ:★★★★★★☆☆☆☆

魔力:★★★★★☆☆☆☆☆


総合評価:C


注意事項*特別時以外の魔法特訓室以外での魔法の使用禁止(アンチブレスレット着用のこと)





 あの事件から逃げるように田舎から引っ越し、小学五年になるのと同時に日本で唯一の魔法使いのみが入学を許される魔法学校『アルカディア』の初等科に編入した。

 一応去年の秋からこの学校の敷地内にはいたのだが、編入生は編入する学年毎に授業についていけるよう、ある程度の知識と技術を学ぶため、予備学舎で指導を受けるのだ。

 そうして四年時までの知識と技術を叩きこまれた私は、なんとか無事に編入することができた。

 この学校への編入生はそれなりにいる。それというのも魔法使いに覚醒する時期が六歳から十二歳にかけての時期が一番多いからだ。産まれつき魔法使いという希少中の希少児も一握りいるが、第一次性徴時で覚醒する人間が一番多いことが分かっている。逆に第二次性徴時になってしまってから覚醒するケースは産まれついての魔法使いより希少になる為、中等科以降からの編入生はゼロに近くなる。


 私のクラスは初等科五年A組。一クラス二十人程度でA組からC組まである。全国から集って一学年六十人程度。そのくらいの人数しか魔法使いは存在しない。

 自分は特別。そう思っている人間が大多数を占め、口を開けば普通の人間を貶す言葉が発せられる。魔法使いに対して嫉妬の感情を爆発させた元クラスメイト達の言葉が今も胸の中で鋭利な刃となって深く突き刺さっている私からすれば、魔法使い達の言葉はなんら普通の人間達と変わらない。

 それもそうだ、だって同じ『人間』なんだから。


 私はますます自分の殻に閉じこもるような子供になった。口数も少なく、話しかけられてもすぐに会話が終了してしまう。静かに、片隅で存在していないかのように本を読む毎日。


 あれから私は走り込みをしていない。走る練習をしていない。あれだけ大好きだったのに、競技の中で走るとあの時の恐怖が蘇ってきて足が竦むのだ。

 この学校に来て初めての運動会でも体調不良を言い訳に参加せず、入学時の計測テストですらも全力では走れなかった。


 何の為に生きてるんだろう。


 鬱々と考えるようになった。この学校が『アルカディア』(理想郷)だなんて嘘だ。普通にイジメだってあるし、強者が弱者を虐げる。魔法使いにも強い魔力を持った者と微弱な魔力しか持たない者が存在する。前者が上位になり、後者がもちろん弱者だ。

 私は至って普通。強くもなければ弱くもない魔力。その上、空気のように振る舞っているから面倒な事態には今のところ陥ってはいない。

 いいんだこれで。静かでとてもいい。喜びも、ましてや悲しみも、どの感情もいらない。

 ゆるゆると流れるように生きて、死ぬんだ。


 もう、あんなことは御免だから。


 そうして静かに暮らすこと半年、見事に友達ゼロの私は一人で昼食をとる為に第五音楽室へ向かっていた。この学校は初等科から中等科まで一緒の敷地内にあるが人数が少ないわりに広大で校舎も一つ一つが大きく、無駄に特別教室がある。第五音楽室も無駄に多い教室の一つで、ほとんど使われることのない部屋だ。場所も五階の奥まったところにあるので、休み時間に立ち寄る人間もいない。まさに私のように静かに一人で過ごしたい人間向きの教室だった。

 もちろん先生から許可は頂いている。

 弁当袋を抱えて五階へ上がると、どこからかヴァイオリンの美しい音色が響いてきた。この階には第四音楽室もある。あそこはごくごくたまーに、誰かが使用することがある。第四音楽室で誰かが演奏会かなにかの練習でもしているのだろうと思った。この学校には大きなコンサートホールもあり、外部から演奏者を招いで演奏会が行われることもあるし、校内にも演奏家志望の子供達もいる。

 コンサートホールがあるのもビックリだが、初等科や中等科の校舎も細やかな細工の彫刻や飾りが施された洋館のような造りで、半年経った今でも誰かのお屋敷に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥ることがある。

 廊下なんて大理石だ。

 初等科校舎から遠い所にある高等科の校舎はまだ見たことがないが大昔、実際に使われていた、この辺り一帯を私有地にしていた外国の大魔法使いで、学校創設者のオルヴォン伯爵の城らしい。


お城が校舎とか規模が違い過ぎる。



 第四音楽室は第五音楽室とは階段を挟んで反対方向にあるので、私は第四音楽室に背を向けることになるのだが……。


 ……おかしい、音がどんどん大きくなっていってる気がする。まさか、誰か使ってるの?


 教室の前までくれば、その嫌な予感が的中したことを認めざるを得なかた。

ヴァイオリンの音色は確かに第五音楽室から響いてくる。


 どうしよう、許可を取ってある教室はここしかない。他の休憩スペースは誰かしらいるだろうし、それでは落ち着いてお弁当が食べられない。

 きっと練習が長引いてもう少しで終わりにするつもりなんだろうと、私はちょっと待つことにした。壁に背をあずけて目を閉じ耳を澄ます。

 とても綺麗な音色だ。繊細で優美で、脳裏に静かな森の湖畔が一瞬にしてイメージできる。そんな私好みの心落ち着く優しい音。

 涙が零れた。

 後から後から溢れ出る涙に私は、あれ? あれ? と小さく言葉を零す。悲しいわけじゃないのに涙が止まらない。言いようのない気持ちが胸の底から溢れてくる。

 私は座り込んで顔を膝に埋めた。小柄な私が膝を抱えればさらに小さくなる。

 止まらない涙をそのままに、音が止んでも私はそこから動けなかった。

 音が止んでしばらくするとガチャンと第五音楽室の扉が開かれる音がした。顔を膝に埋めている私には誰が出てきたのか分からない。

 小さく膝を抱えて蹲っている子供を見たら誰でも気にするだろう。出てきた人物は私に近づいてしゃがみ込んだようだった。


「……ねえ、君……えっと具合悪いの?」


 高めのけれど少女よりは少し低い、少年の心配そうな声が聞こえた。目を腫らせている私は顔を上げることができず、その姿勢のまま首を振った。

 困ったようにオロオロするような動作の風を感じながら、私はじっとしていた。お昼は諦めよう。この子が去ったらダッシュでトイレに駆け込んで洗面台で顔を洗わなくてはいけない。そしたら保健室に行って……と考えていると、なぜだかふわりと頭上に温かみを感じた。

 

 ―――頭を撫でられている。


 それに驚いて私はつい、顔を上げてしまっていた。びっくりしたような青い瞳とぶつかる。頭を撫でていた人物はやはり声の印象と違えることなく、私と同じくらいの少年だった。初等科の制服を着ているしこの学校の生徒だろう。

 昼間の高い太陽の光を浴びて彼の銀色の髪がキラキラと輝く。銀髪に青い瞳とは珍しい。それに驚くほど顔の造形が整っている。外国人だろうか、それとも……。


「…………悲しいことでもあった?」


 発せられた少年の声は、あのヴァイオリンの音色に似て優しくて静かだった。心配そうに顔を覗き込まれて私は慌ててまた顔を膝に埋めた。

 泣き腫らした顔を見られた!

 羞恥で耳まで真っ赤にしながら、私は勢いよく首を振る。

 悲しかったわけじゃない。理由は分からないが、どうしてか涙が止まらなかっただけだ。


「大――丈夫、だからっ」


 声を上ずらせながらも私は精一杯言った。早くどっかに行ってくれ。でないと恥ずかしさで死にそうだ。

 そう必死に心の中で訴えたのに、なぜか少年は私の隣に腰を下ろした。

 なぜ座る!?


 小鳥のさえずりが響く静かな廊下で、私と少年は何の言葉を交わすこともなく、昼休みは過ぎていった。




 予鈴が鳴るころ、少年はやっと私の元を去り一人になった私はダッシュで近場の女子トイレに駆け込んで、顔をバシャバシャ洗った。

 彼は何がしたかったのだろうか。

 水でビシャビシャになった顔を鏡で見た。腰まで長い、特になんの髪飾りもしていない黒髪にこげ茶の瞳の至って普通のどこにでもいる少女の顔。……に腫れぼったい両目。情けなさ過ぎて突っ伏した。


「……綺麗な子……だったな」


 ぽつりとつぶやくと同時に溜息が零れた。けぶるような長い睫に透き通るような白い肌、宝石のような青い瞳、サラサラしていそうな艶やかな銀色の髪。珍しい色に外国人かとも思ったが多分違う。


 おそらく――――先天性魔法使い。産まれながらにして魔力を発現させた魔法使い。彼らは一様に通常を逸した容姿で生まれてくることが多い。色とか、美形度とか。


 私はハンカチで顔を拭うと、その足で保健室へ向かった。腫れた目で教室に戻れないし、今から戻っても確実に遅刻だ。奇異の目にさらされるのは御免だった。

 担任の先生に鞄をとってきてもらい、私はそのまま寮へ帰った。


 魔法学校『アルカディア』は全寮制だ。自然溢れる一角に女子寮と男子寮が並び、二つの寮の間には男女兼用の大きなサロン用の建物があり、食堂も完備されている。

 寮は二種類あり、第一寮は初等科と中等科が、第二寮は高等科が使用しており、第二寮は高等科の校舎に近い場所に建てられている為、第一寮とはかなり距離が開いている。

 私は第一寮の五階の自室に入り、ベッドに転がり込んだ。寮は六階建てで学年が上がるごとに上の階に移動になる。女子は男子に比べて人数が大幅に少なく、一学年十五人程度。なので二人一部屋や三人一部屋の男子寮と違ってこちらはそれなりの広さなのに個室になっている。贅沢だ。


 ひとしきりゴロゴロした後、生徒達が夕ご飯を食べに食堂へ来る少し前に早めの夕ご飯(昼を抜いた私にはお昼ご飯も込み)を食べて、私はさっさと自室に戻った。和やかに会話しながらご飯を食べるような人もいないし、混み合いの中で食事など煩わしい。


 昼間ゴロゴロしすぎたせいかあまり眠気もこなかったので、教科書を開いて勉強することにした。

 シャーペンが紙を滑る音と、時計の音が響く中、ふと気が付けば時計の針は夜中の十二時を超えていた。さすがにそろそろ寝ないと明日に響く。勉強道具を片づけて、ささっと自室に備え付けの風呂に入り、ベッドにダイブ。

 眠気に襲われて瞳を閉じれば、どこからかあの優しい音色が響いてくるようだった。




 次の日の昼休み、私はいつものように第五音楽室へ向かっていた。ちょっとドキドキしながら。今日もいたらどうしよう。

 私は昨日の少年がまたいることを想定して、休憩スペースの中でもあまり人がいないのはどこだったろうかと次のお昼ご飯を食べる候補を探しながら五階へ上がると、心配は杞憂であったことを悟った。いつもの静かな五階だった。

 ほっとしつつも第五音楽室の扉を中を確かめるように静かに開けて覗き込んだ。


 よし、誰もいない。


 隅っこに片づけられている机を引っ張り出してお弁当を広げ席に着く。


「いただきます」


 私のお弁当は食堂の朝食に並ぶバイキングから好きなものを選んでお弁当箱に詰めてきている。だいたいの生徒のお弁当がそうだ。それが面倒な子は購買部で買う。私はお金がもったいないので詰め弁当派だ。美味しいし。

 いつものように美味しい昼食を味わっていると急に扉が開かれて、驚いた私は大好きなタコさんウィンナーを床に落としてしまった。だがそれを嘆く暇は私にはなかった。

 扉を開けた人物が。


「良かった。今日も来てたんだね」


 にっこり微笑む昨日のヴァイオリン美少年だったから。

 驚きに私が口をパクパクさせている間に彼は扉を閉めて中に入って来た。片づけられたもう一つの机を引っ張ってきて私の机にくっつけると私と向かい合うように座って同じくお弁当を広げた。彼も詰め弁当派らしい。


「ごめん、驚かせちゃって。……僕のタコさんあげるから」


 床に落ちたタコさんウィンナーに気が付いた少年はまだ口をつけていない箸で自分のお弁当のタコさんウィンナーを私の弁当箱に移した。詰め弁当は自分の好きなものが入れられる。男の子がタコさんウィンナーを選んで入れるとは珍しい、彼も好きなんだろうか。

 私がいまだにどうしたらいいか分からず、茫然としている中、少年は『あ』と声を上げた。


「そういえば自己紹介がまだだったね。僕は雹ノ(ひょうのめ) 朔良(さくら)。五年C組だよ。よろしくね……えっとよければ君の名前教えてくれない?」


 麗しい顔は憂いを帯びており、美形に慣れていない私はお人形のようにコクコクと首を縦に振って、えーっと私の名前ってなんだっけ……ちょっと美形ショックに記憶を飛ばしつつも、


「花森 李……五年A組……です」


 とだけなんとか言えた。声、ちょっと震えた。


「李ちゃん、可愛い名前だね」


 うん、可愛いよね名前は。分かってるよ、名前負けしてるのは!


 なにがそんなに嬉しいのかニコニコしながらお弁当を食べ始める雹ノ目君をぼけーっと眺めながら、私は胸中で、


 彼はなにしに来たんだ!!


 と盛大に突っ込んでいた。

 お昼ご飯を食べ終える頃、平常をなんとか取り戻した私が頑張って聞いてみると、彼はキョトンとした顔で、


「え? お弁当食べに来ただけだよ?」


 と、言ってのけた。


 ――――雹ノ目 朔良。第一印象、天然美少年。





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