1 Lose 心無い同級生達
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思い出すのは、あの幼い頃の夏の日。
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走るのが好きだった。
物心がつくころには、もうこの体で風を切って走り抜けるのが楽しくて、楽しくてしょうがなかった。
毎日のように走り込んで、運動会ではアンカーとして活躍して皆に頼りにされるのも楽しくて、嬉しくて。
…………なのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
「嘘つき!」
誰かがそう言い放った。
私が茫然と突っ立っているうちに、一人から二人、二人から三人……そして周囲の同級生達皆が、私を嘘つきだと罵った。
ズルい、ズルいと喚いた。
突然のことだった。その日は小学校に入学して四度目の運動会。クラスで一番足が速かった私が、当然のようにリレーのアンカーとなって走ることになっていた。誰にも負けない走りは、周りの皆からしたら羨ましく、そして少し妬ましかったのかもしれない。
運動会も盛り上がりを見せる終盤、私の出番であるリレーが始まった。順調に走っていたクラスの子達だったが、私の前の子がスタートで転んでしまい一気に追い抜かされ、アンカーの私にバトンが手渡されるころには、ビリになってしまっていた。
私は無我夢中で走った。足も腕も悲鳴を上げたけれど、クラスの皆の必死の応援が耳に響いて来て、だから勝ちたくて、負けたくなくて持てるすべての力のすべてを振り絞って走り抜けた。一人、二人と追い抜き……けれどどうしても最後の一人が抜けない。
ゴールは間近。
一瞬、どこからか諦めの溜息が聞こえた気がした。その音に私の体中の細胞が沸騰し、湧きあがった。
―――――諦めない!!
そう強く思ったその時だ。ゴウッと私の体の周りを激しい風が吹き抜け、それが追い風となったのか、気が付けば私は最後の一人の前に出て、ゴールテープを切っていた。
息も絶え絶えに、しかし私は確かな勝利の手応えに嬉しさで顔を上げた。
けれど、私を待っていたのは勝利の歓喜でもなく、クラスメイトの笑顔でもなく、ただただ茫然とする皆の姿だった。
どうしたのだろう。どうしてか不安になって私はヨロヨロと立ち上がった。
なぜか髪が逆巻く。まだ、私の周囲に風がある。纏わりついて離れない。
「…………魔法」
大人の誰かがそう言った。担任だったかもしれない。
その言葉を皮切りに大人達が口々に『魔法だ、あれは魔法に違いない』『すごいぞ、こんな田舎から魔法使いが生まれるなんて』と興奮しきった様子で言っていたが、子供達は逆にその多くが口を曲げた。
魔法使いは特別だ。
この世界、すべての人が魔法を使う素養が産まれながらにしてあるという。しかし、魔法使いとして覚醒する可能性はとても低く、魔法使いになれないまま死んでいくことは、よくあることだ。なれる方が珍しかった。
それゆえに魔法使いは何よりも優遇され、特別扱いされ、羨ましがられた。将来だってエリートコースに進むことを保証され、魔法使いにしかできない職種もある。
小学四年生にもなれば、その程度の知識は全員が持っている。この田舎の学校ではいまだ誰も魔法使いになった人はなく、テレビで時々見るような雲の上の存在だった。女の子達が雑誌で紹介されていたイケメンの魔法使い達をアイドルのように騒ぎ立て頬を染めながらはしゃいで話していたのを見たことがある。
そんな存在だった。
同年代の子が、その魔法使いになれば当然、羨み……そして激しく嫉妬するだろう。
なぜ、自分ではなくこいつなのだ……と。
私はどちらかといえば、大人しい方だった。教室の片隅で静かに本を読んで、誘われれば校庭で遊んで、自分から騒いだりする子供ではなかった。活躍するのは走る時だけだ。つまり別にクラスをまとめられるようなそんな柄ではなかった。
だからだろう。私を見る皆の目は一瞬にして冷え切った。羨望よりも憎悪が勝った。
「嘘つき!」
「嘘つき、嘘つき! どうせお前、前から魔法でズルして走ってたんだろ!」
「ズルい、ズルい!」
責め立てる声に、私の視界はグラリと歪んだ。
嘘なんてついてない。ズルなんてしてなかった。魔法使いになったのは、なってしまったのはあの一瞬からだ。最後のはズルになってしまったから二位でいいよ。私は私の実力では勝てなかった。分かってるよ。
ねえ、でも皆信じてよ。私、今までズルしたことなんて一度もないよ。
――声は出なかった。
恐怖で足がすくみ、喉が渇き、体中が震えた。
周囲の音が遠のいていく中、誰かが私に厳かな口調で言った。
「花森 李さん、あなたをこのままここに置いておくわけにはいきません……」
誰もが羨み夢見る魔法使い。
私は魔法使いになって――――すべてを失った。