11 Escape 七瀬 いつき1
*Profil(注*中等科新1年生6月記録)
名前:七瀬 いつき 歳:12
誕生日:11月3日(蠍座) O型
身長:154cm 体型:細身
属性:地 能力:地を操る 鉄壁結界 プリンセスガード
体力:★★★★★★★☆☆☆
速さ:★★★★★★★★★☆
賢さ:★★★★★★☆☆☆☆
魔力:★★★★★★★☆☆☆
総合評価:A
注意事項*女性に対してのみ強い力を発揮する。複雑な家庭環境で育った経緯あり。
中等科一年になった。
クラスはA組。初等科より人数が増えたのでD組まである。一クラス男女合わせて二十人程度で全体で八十名くらいになる。
初等科までは白のセーラーだった制服が中等科からは白のブレザーになった。スカート丈を短くする女子が多いが、私は無難に膝上。ダサイとは思うけど、教師受けはいいので良し。なにより生真面目に見られる為、変に男子に絡まれない。
女子が少ないからか、男子からアプローチを受ける女子が多く、はたから見ていて面倒そうだったのだ。
感情の起伏の薄い顔に、平静な声、続かない会話に話しかけてくるものは皆無だし、それなりに見知った顔だったので初等科と変わらず私は一人で過ごしている。
木塚君ともクラスが離れたし、ランクも違うのでまず会うことはないだろう。
ほっとする。
何もない平穏な日々が続いたが、六月に入った頃、A組に波乱が訪れる。
「今日は新しいクラスメイトを紹介するぞー」
のんびりと間延びした声の男性担任が黒板に名前を書いていく。
中等科からの編入とは珍しい。
教室内がざわついた。
「名前はー、えーっと七瀬 いつき、な。おーい、七瀬入ってこーい」
「はーい」
扉の向こうから男の子の声が聞こえた。
開け放たれた扉から出てきた編入生にいっそう教室がどよめいた。特に女子が。
それもそのはず、軽やかな足取りで壇上に立ったのは、すらりとした長い足、細めだが、しっかりした体つきで、襟足まである金髪は彼が動作する度にサラリと揺れる。右耳上で少々長めの前髪を留めている翡翠の蝶の形をした髪留めが輝く。瞳は赤紫で肌は健康的な小麦色だった。何かスポーツをやっているのだろうか。
……しかし耳に開けたピアスの量を見ると、ちょっと怖い人なのかと思ってしまう。
七瀬 いつき君を総合して言うと、雹ノ目君とは違ったタイプのすごい美少年。
雹ノ目君を月と例えるなら、彼は太陽だ。
「七瀬 いつき、十二歳! ヤローどもはどうでもいい、女子のみんな今日からよろしくね~♪」
そして、すごい軽そうだった。
「おーい、七瀬ー、さっきも言ったがピアスはどうにかしろー」
「えぇーオシャレだし似合うからいいんじゃないですかぁー」
「オシャレで似合ってもダメなんですぅー」
……担任、口調が移ってる。
「席は野口の隣なー、あそこあそこ」
野口君は私の前の席だ。指さしで席を指定された七瀬君は、流れるような金髪を揺らしながらこちらへ歩いてきた。
女子がぼーっと彼に見とれてその姿を追いかけ、男子が目を合わせまいと視線を反らす。男子、完全なる敗北宣言。
前の席の野口君が背筋をピンと張って緊張しているのが見てとれた。
自分よりキラめく存在に慄いているのだろう。気持ちは分かる。
だが、なぜか彼は野口君を素通りして後ろの席に座っている私の隣で止まったのだ。
彼はにっこり微笑んで、
「よろしくねぇー」
と、一言挨拶すると野口君の隣の席に座った。
え? 隣りの席の野口君には何もなし?
呆然とする野口君を尻目に、席に着いた七瀬君は振り向いて私にだけ手を振る。
…………女好きのニオイがぷんぷんするので、私は無視してやった。
次の休み時間、二限目は空いているので図書室にでも行こうと席を立とうとすると、七瀬君に掴まった。
「ね、お名前教えてくれない?」
「…………花森 李……です」
黙っているわけにもいかず渋々名乗ると、七瀬君は楽しそうに笑った。
「李ちゃん! 可愛い~、女の子って感じ!」
久しぶりに李ちゃんと呼ばれて私は持っていた筆箱を落としてしまった。
一年半前の冬に雹ノ目君に呼ばれたのを最後に聞いていなかったから、彼が言ったように錯覚してしまったのだ。
いけない、動揺しちゃダメだ。
七瀬君が不思議がってる。
「李ちゃん? どうしたの」
あ……ダメだ。
私の中でブチリと音がした。
「…………わないで」
「え?」
「李ちゃん……って、呼ばないで……」
すごく低い声になっていたと思う。だけどどうしても我慢できなかった。私は茫然とする七瀬君を振り払って、図書室に逃げた。
中等科の第二図書室は初等科時代からよく利用している。木塚君も大量に本を読んでいるから警戒したが、彼は元々宅配図書を利用しているらしく、図書室自体にはあまり出入りしていないようだった。
『宅配図書』、名前の通り、本を届けてくれるシステムだ。寮のサロンにある共同パソコンからアクセスして、依頼することが出来る。元々は高等科と初等、中等科が離れている為、本が借りづらいという事で始まったシステムだったが、今では近場でも寮まで届けてくれる。返却は寮のサロンに設置されている返却用ポストに入れるだけ。
運ぶのは主に、車を運転できる先生だ。ご苦労様です。
「すも――――花森さん、ゴメンね!」
お昼休み、広場の隅っこにある木陰で一人、モソモソお弁当を食べていた私の前に七瀬君が現れた。土下座して。
ここは私が見つけた穴場で、奥まった場所にある為、意外と表が賑わっているわりに静かなのだ。
よく見つけたな、と感心しつつ私はお弁当を食べる手を止めない。
「初対面で、馴れ馴れしかったって反省してるので、どうか許して下さい。うぅっ、女の子に嫌われたら俺、生きていけない」
土下座しながら肩を震わせて本当に泣いていたので、私はようやくお弁当を食べる手を止めて、彼を見た。
私もさっきは言い過ぎた。感情的になってしまったのは認める。
「……私もちょっと言い過ぎたから、もういいよ。謝らなくても……」
「じゃ、じゃあ李ちゃんって呼んでも――」
「それは絶対にダメ」
そこは譲れない。
私の許しの言葉を得た七瀬君は、目に涙を浮かべた顔を勢いよく上げたが、呼び名を即答で却下され、ガックリと肩を落とした。
別に花森さんでいいじゃないか、花森さんで。
けれど彼は諦められないのか、額を地面にぶつける勢いで深く土下座した。
「それじゃ、花ちゃん! ね、花ちゃんでどう!?」
「花森さんを希望する」
「可愛いよね、花ちゃん。君らしいよ、とってもっ!」
花ちゃんのどこが私らしいのか。多大なる疑問を抱いたが、七瀬君があまりにも熱く、そしてしつこいので、こっちが折れた。
「…………もう、花ちゃんでいい…………」
「やったー! 花ちゃん、じゃ一緒にお弁当を――」
「ごちそうさまでした」
ガーーン! という音が聞こえてきそうなほどの衝撃を受けて固まっている七瀬君を尻目に、私は素早くお弁当を片づけるとその場を風のごとく立ち去った。
ああいうのに絡まれるとしつこい。なんとなく嫌な予感はしていたが、七瀬君は連日なぜか私の後ろをくっ付いてくる。クラスの女子も他のクラスの女子ですらも彼を誘いに来ているというのに。
嗚呼、女子生徒達の視線が痛い。
初等科六年でクラスが一緒だった男子からは、
「木塚とはどうなったんだー」
と言われる始末。木塚君とは何もない。
七瀬君とはランクが違うので、ランク別授業の時は離れるが、授業が終わればいつの間にかいる。
金魚のフンか。
溜まらず文句を言おうとしたが、
「どうしてなのよ、七瀬君!」
他の女子が私よりも先に爆発した。
同じクラスの……えっと瀬戸さん。肩ほどの長さのウェイブがかかった柔らかい栗色の髪にパッチリとした大きな瞳の美少女だ。初等科の時から結構な人数の男子に告白されていたはず。
人が来ないような日陰の場所ばかりを好んでお弁当を食べていたから、何度か目撃したことがあるのだ。覗きじゃない。私に気づかず、あっちが勝手に来て勝手に告白してただけだ。
告白が成功していたのは、顔が良くてランクもB以上でクラスでも一目を置かれるような人だけ。つまり彼女は理想が高い。
七瀬君は、顔は非常に良いし、ランクもAだ。男子は目に入れてないがその分、女子に優しい。好みなんだろう。
瀬戸さんは親の仇のように私を睨みつけた。
「こんな地味で暗くて可愛くない子にどうしてかまうの? 私の方がこの子より可愛いし、楽しい会話もできるのに!」
なんという自意識過剰。よくもまあ、本人を前にしてはっきりと言えるものだ。瀬戸さんは頭に血が上りすぎているのか、可愛い顔を真っ赤にして肩を怒らせている。自分で言った言葉の意味も深く考えてないかもしれない。
いきなり修羅場になってしまった一年A組前の廊下に、運悪く居合わせてしまった生徒達は固唾を呑んで見守っている。
私は早く逃げたかった。
事の原因である七瀬君は、慌てて瀬戸さんをなだめにかかった。
「ごめんね、ゆんちゃん! 君の事を蔑ろにするつもりはなかったんだ。ただ……」
「ただ?」
自分の機嫌を取ろうとしてくれている事に気分を良くしたのか瀬戸さんは頬を上気させながら、七瀬君を見詰めて首を傾げる。
しかし次の瞬間、七瀬君は大真面目な顔で爆弾を投下した。
「花ちゃんの美脚に誘惑されました! 特にふくらはぎが最高でもう――」
「い、いつき君!?」
変態発言に身を凍らせた私だが、それだけでは終わらなかった。
…………七瀬君の整った鼻から血が。
「七瀬が鼻血噴いたーー! 誰かティッシュ!!」
白い制服についたら大参事。
迅速に動いたのは周囲の男子達で、私と瀬戸さんは茫然と突っ立ったまましばらく動けなかった。
とにかくこの瞬間、現場を目撃した人は、七瀬君のイメージをチャライケメンから脚フェチ変態イケメンにシフトしたのは言うまでもない。
茫然自失だった瀬戸さんは、勇敢にも、
「脚、マッサージしなきゃ……」
と呟いてフラフラと歩いて行った。
衝撃的な光景を目の当たりにしても、彼女の愛は揺らがないらしい。意外だな、結構フル時はあっさりフッてく子なのに。
私もまだよく動かない頭で、ぼーっとしつつもちらりと自分の足を見た。そしてふくらはぎを見て…………何がどう皆と違うのか分からないし、何がいいのかもさっぱり分からなかった。
なので現場に居合わせてまだそこにいた男子に聞いてみた。
「……私のふくらはぎって、鼻血噴くほど良いと思う?」
なんとなく見覚えがありつつも名前が出てこない彼は、渋い顔で、
「脚フェチじゃないんで」
ばっさり言った。
――――七瀬 いつき。太陽のような輝く美貌を持つ脚フェチ変態。




