10 番外 鈴木 太郎2
前回に引き続き、李のクラスメイト鈴木君視点。
六年に進級した。クラスはC組。驚いたことにまた花森さんと一緒だ。
まぁ、人数少ないし二年連続で同じ組になるのは珍しくもない。
そして彼女はやっぱり、一人だった。
雹ノ目君の一件以来、しばらく休んでいたが思ったより早く登校してきた。元々小さくて細い子だったが、更に小さく痩せてしまった気がする。
頬もこけていて、顔色が悪い。
けれど彼女はいつもと変わらないとでもいいたげに自分の席で静かに本を読む。最初は花森さんを気にしていたクラスメイト達もすぐに彼女を視界から外すようになった。
薄情だとも思ったが、花森さん自身がそうなるようにしているようで一概に皆が悪いとは言えない。僕は僕で、花森さんに声をかける勇気もなく、結局はなにもしていなかった。人の事をとやかく言うことなんてできるわけがないのだ。
空気が重いな……。
そう思うのはやはり左隣の二人のせいだろう。
窓際の席に花森さん、その右隣に木塚君、そしてその更に右隣に僕。
左側の圧力半端ない!
木塚君はやたら花森さんを睨んでるし、花森さんは花森さんで溜息が多いし、時々目が虚ろになって倒れてしまいそうなほど青白い顔をする。
大丈夫かな、ちゃんと食べてるんだろうか。ぐっすり眠れているんだろうか。
そう、ハラハラ見守っていたのだが、その途中で僕は気がついた。木塚君が花森さんを睨む時は、必ず彼女がふらついたり、深く溜息を吐く時だけだ。
ああ、なんだ。なるほどね。
僕は抱いていた木塚君の印象を若干修正した。花森さんと同じ、もしくはそれ以上の本を読む、無口で無愛想な神経質メガネ男子、素直じゃなけど結構、優しい所もありそう。分かりづらいけど。
二人はお昼を教室で過ごしているようだったので、ちょっと覗いてみたが和気あいあいなんて程遠い、重苦しい空気が流れていたので僕は黙ってそっと扉を閉めた。
…………木塚君に雹ノ目君のような事を望むのは酷だ。
けれど僕は、彼女が少しの時間だけでも一人ではなくなっていることを嬉しく思った。
何事もない日が、しばらく続いたが事件は唐突に訪れた。
うーん、これを事件と言っていいのか分からないけど。いや、ある意味事件か。
花森さんの机の上に、大量の煮干しが突き刺さっているとか、最初見た時、あぁ僕まだ寝てるや。夢だ夢。と思ったくらいだ。
自分の机の惨状を目の当たりにした花森さんはどう思ったんだろう。
窺ってみたけれど、少々驚いてはいるようだったがいつものように淡泊な返答で女子生徒を追い払っている。自分でブチブチと剣山のように突き刺さった煮干しを無表情で引き抜く姿がちょっと怖かった。
その日のお昼休み、早めにお弁当を食べ終えた僕は教室にプリントを取に戻っていた。先生にすぐに渡さないといけないものだったから。
二人ともいるんだろうな、とちょっとビクビクしながら扉を開ければ――――
「サスペンス!?」
大量の煮干しを口に突っ込まれもがく花森さん、それを冷たい眼差しで見下ろす木塚君。彼の足元には煮干しが散乱し、教室中が煮干しの臭いに包まれていた……。
果たして二人の間になにがあったのか、真相は待て次回!
――――ってマテマテマテ、落ち着け僕!
深呼吸っ――――煮干しクサッ!!
盛大に咽た。
「なんだ、何か用か佐々木」
「……いや、僕の名前、鈴木だから。――ってか、水! 花森さんに水あげて、苦しそうだから!」
「水? 水などない……ちっ、仕方ないな、コーラでもやるか」
「飲み込めなくて困ってる人に強烈な炭酸飲料渡すな!!」
木塚君に任せていると花森さんが昇天しそうなので、僕は手早く自分の鞄から麦茶を出した。飲みかけで悪いけど、コーラよりはマシだろう。
麦茶を飲ませてやると、花森さんは咽ながらも必死に煮干しを呑みこんだ。吐き出さずに律儀に飲み込むあたり、彼女の性格が垣間見える。
息を整えた花森さんは、苦しそうだった顔をいつもの無表情に戻して抑揚のない声で言った。
「……ありがとう、助かったよ。高橋君」
…………鈴木です。
煮干し事件以降、よく追いかけっこをする二人を見かけるようになった。クラスメイト達は仲良いなとはやし立てたが、鬼の形相で走り抜ける二人を見ると僕にはちっともそうは思えない。
仲は良くも悪くもない。しかし互いになんの理解もしてないただの知り合い。そんな程度の気がした。
* * * * * *
うだるような蒸し暑い夏の日。
「肝試ししよう!」
と、クラスメイトが言い出した。
怪談は夏の風物詩、この学校へ来る前はよく親に遊園地にお化け屋敷に連れて行ってもらったものだが、この学校から簡単に外へ出られなくなってしまった今では懐かしい。
お正月とかお盆とか家族の葬式とかなら、申請を出せば(問題のない生徒なら)実家に帰れるけどね。
僕はもちろん参加に書き込み。今からわくわくする。夜の学校探検とか面白そうだ。校舎が洋館風の装いだから夜に入ったら雰囲気はバッチリだろう。保存魔法がかけられているとかで古びた感じがないのがちょっと残念だが。
参加者名簿を見た企画者の男子が、女子が少ない! と嘆いたので、名簿に書いていなかった花森さんを強引に捻じ込んだ。
…………花森さん怒るだろうな。
その日の夜、初等科校舎の西口に参加者が集った。その中には無理やり連れてこられたであろう花森さんの姿もある。表情が分かり辛いが、たぶん怒ってると思う。
順番とペアを決めるクジ引きをして、僕は東君とトリを務めることになった。僕の前は花森さんと……向井君か。
彼はすごい怖がりだったはずだ。きっと面白がって強引に参加させたんだろう。
花森さん大丈夫かな……、彼女もオバケの類がダメならこの組み合わせは最悪だ。ちらっと花森さんを見たが、怖がっているかどうかはよく分からなかった。
肝試しといっても、なにか仕掛けてあるわけじゃなくただ暗い廊下をウィルオウィスプの明かりだけで進んでいく単純なものなので、前の組が行ったら数分後に次の組が出発する段取りになっていた。
あまり長い時間の許可を貰えなかったのもあって、普通に歩けば十五分程度で終わる距離だ。
花森さん達が出発して数分後、僕らも出発した。
黙々とただ歩くだけの肝試し、やっぱり物足りないな。僕はなんの躊躇も見せずにズンズン進むが、ペアの東君が引け腰だった。
「ちょ、佐藤ちょっと待って早い!」
「……鈴木だっての。早いかな? ごめん、じゃあ東君の後ろに……」
「ダメえぇぇっ! お前は俺の前っ、見えるところにいてお前すぐに見失うからっ!」
「失礼な、影は薄くてもちゃんと傍にいるよ」
それでもダメと言われ、仕方なく僕は東君の制服の裾を掴んでやった。まったくこんなのの何が怖いんだか。
呆れた溜息をついていると、前の方から男子の悲鳴が聞こえた。
あの声は……
「な、ななななんだ!? い、今の悲鳴――」
「すぐ前からみたいだし、向井君かな」
僕が早く歩きすぎたのか、花森さん達のペアのすぐ後ろまで来てしまっていたようだ。しかしなんでまたあんな悲鳴を……。東君がすっかり怯えてしまっている。
おい待て、落ち着け僕の首を絞めるな!
「東君、ちょっと様子見てくるからここで――」
「嫌だ、一人にするなっ!」
「……はいはい」
がっしり腕を掴まれてしまったので東君を引き摺るようにして前へ進んだ。すると話し声が聞こえてきて、僕は思わず傍にあった用具入れの影に隠れた。
なんか僕、よく用具入れに隠れている気がする。
そっと影から窺えば、前方にウィルオウィスプのランタンを持った木塚君と廊下にへたり込んでいる花森さんがいた。声でもしかしたらと思ったけど、当たりだったようだ。
「なんだ、斉藤どうした?」
「もう突っ込まない。突っ込まないからね。……なぜか木塚君がいるなーって」
もうわざとか、わざとなのか、と疑いたくなるような間違いに僕は口を尖らせながら、東君に前を見るよう促した。
「ほんとだ、木塚がいる。なんだあいつ、肝試しとかバカバカしい! とか言って不参加だったのに。しかも、花森さんとなんか良い感じか!? 噂はあったけど、やっぱあれってマジだったのか!」
花森さんが座り込みながら木塚君の裾を掴んで、一回払ったけど花森さんの腕を掴んで立たせていた。その光景を東君は仲睦まじげに見えたようだが、僕はそうは思わない。
何かの拍子で腰を抜かしてしまった花森さん、なぜか木塚君が来たが木塚君は花森さんを放ってどこかに行こうとする、それを咄嗟に止めて何か彼を留まらせる言葉を発し、木塚君が仕方なさそうに花森さんを立ち上がらせる。
うん、ざっとこんな感じだ。色っぽいことなど欠片もないとみた。
その後、ゴールした二人をはやし立てるクラスメイトを尻目に、苦虫を噛み潰したような顔をする木塚君と無表情を保ちながらもこめかみがピクピクしている花森さんを見て、僕は笑った。
* * * * * *
どうして花森さんってああなんだろう。
ある日の魔法薬学の授業中のことだ。分量を間違えてあたふたしているペアの東君の失敗した薬液を片づける手伝いをしていると、急に教室が騒がしくなった。
どうしたの? と聞けば、
「花森さんと木塚君が愛の勝負!」
意味不明だった。
なので、自分の目で確かめに行くと、どうやら器用に薬液を作る花森さんに嫉妬して木塚君がどちらが上手に作れるか勝負を挑んだようだ。
愛、微塵も関係ない。
どちらも細かい事をするのは得意そうだし、良い勝負が見られるかもと思って期待したのだが、花森さんの目を見て僕はあっさりその場を去った。
なんでだろう。なんでなんだろう。
チャンスなんていくらでもあったと僕は思う。ただ一歩、その一歩を彼女は絶対に踏み出さない。
雹ノ目君とのことは残念だったけど、だからってなんでそれで諦めちゃうのか分からない。
そこまで思って僕は自嘲気味に笑った。
花森さんのことなんてまるで知らないのに、何考えてるんだろう僕。
その後すぐに広がったざわめきに僕は彼女がまた一人になる姿を思い浮かべた。
二年間を振り返った僕は、蛍の光が終わっていることに気が付いて口を閉じる。
花森さんと木塚君はあの授業以来、言葉を交わしていないようだった。お昼休みも花森さんは教室を出て他のところへ行き、木塚君は探さず教室で弁当を食べていた。
前はあんなに追いかけまわしてたのに。
卒業式が終わって、C組のメンバーが固まってわいわいしている中、花森さんと木塚君はいつの間にかいなくなっていた。二人とも騒ぐのは好きじゃないし、寮に戻ったんだろう。
「うぅっ、ぐすん……みんな俺の事忘れないでくれよっ!」
「千葉、バカそんなこと言うんじゃねぇーよ。こっちまで泣けてくるだろ!」
みんな、また逢う日まで! と男子達が男泣きしながら円陣を組んでいたが、僕は呆れたように呟いた。
「繰り上がりだから同じメンツだよ……」
クラスは離れるかもしれないが、皆同じ校舎だ。
つくづく、六年C組はノリのいい奴が揃ってたんだな、と思った。




