97 sports day 体育祭1
体育祭当日。
春らしい陽だまりの陽気の中、校庭に集まった生徒達はそれに似つかわしくない熱気を迸らせていた。敵チームとのにらみ合いもすでに始まっている。赤組、白組、青組、黄組の四つに分かれ対抗戦にてポイントを競うわけだが、そこで総合順位一位に輝くと豪華な賞品がついてくる為、毎年盛り上がるらしい。
ちなみに我ら一年D組は赤組である。
お祭り好きな賑やかしメンバーが多いD組はすでに熱い盛り上がりを見せており赤いはちまきをなびかせてなぜか組体操でやるピラミッドを作っていた。
なにやってるの。
そんな彼らを横目に、私は台本を握りしめて蹲っていた。
「なぜだ、なぜ裏切ったヴェイルディ。もうこれしかないのか。お前と命をかけた戦いを――ブツブツ」
「おい、おーい……ダメだ聞いてねぇーや」
地面の一点を見詰めて台本に書かれた台詞をブツブツ呟く私にジャージ姿に赤いはちまきを巻いた一ノ瀬君が声をかけたが私には聞こえなかった。いや、耳に入ってはいたのだが返事をする余裕がなかった。台詞は完璧に覚えたのだが、本番になったら途端に真っ白になりそうな気がして怖くて何度も復唱していたのだ。
高等部の校庭は校舎、つまり城内にはなく別空間に作られている。その為、中庭の転送像にお願いして異空間に飛ばしてもらう事で辿り着けるのだ。
大昔、生徒の為にオルヴォン伯爵自らが作ったとされる広々とした異空間校庭には実物とそう変わらない晴れ渡った青空が広がっている。
「よーし、お前ら気合は十分かーー!」
生徒達と同じく赤いはちまきを巻いた柳生先生がジャージ姿で仁王立ちしながら叫んだ。
「気合十分入っているであります、よっしー先生!」
「ダントツ一位を目指しまーす!」
「負けられない、俺らの戦いが今始まる!」
ピラミッドの体勢のまま意気込むD組男子に、柳生先生はこめかみを押さえた。
「最初からなに体力使ってんだお前ら! 本気は本番までとっとけ!」
『はーい』
素直な彼らはすぐさまピラミッドを崩して各々散っていった。D組は馬鹿が多いが運動神経が良い人が多いし体力もありあまっているから本番でヘタレるということは心配ないだろう。
一番心配なのは自分自身だ。彼らのアホな行動に神経を巡らせる暇もない。
「花森ー、おーい、集合だぞー」
耳元で一ノ瀬君が呼んでいる。
ダメだ、なんかもう色々ダメだ。頭がぐるぐる回りそう。台詞、そう台詞を思い出さなくちゃ、羽田さんがせっかくの良い演技なんだから私が台無しにしたら……。
うぅ、胃が痛い。
「しょうがねぇな、おーい、このまま動かないと強制的に姫様抱っこで闊歩するぞ」
その一言で胃の痛みが引っ込んだ。猛烈な勢いで起立!
「よし、覚醒したな。よう、大丈夫か?」
「大丈夫に見える?」
「すげー顔が青いな。緊張で色々頭がぐるぐるしてるみたいだが、そういう時は観客はみんなカボチャと思うか、人という字を手のひらに書いて呑み込むかしてみたらどうだ」
「そんなのとっくにやったわよ……」
「お前って上がりやすかったのな」
そういう一ノ瀬君はあまりあがったりはしなさそうだ。私はいつも片隅にひっそりいるような女子だったから表舞台に上がることすら稀なのだ。あがりもする。
「でもお前、リレーのアンカーは別に嫌がらなかったじゃないか」
「走ってる時はそんなに緊張しないの。お芝居なんてやったことなかったようなことやらされるから、しかも主役だし、台詞多いし、アクションもこなさなきゃだし」
頭を抱える。
それを上からぽんぽんと一ノ瀬君が軽く叩いた。
「でも最終的に引き受けただろ。いい加減腹くくれ。もし失敗してもD組や先輩達が全力でフォローに回るし、もしものときはカンペも出すって言ってたぜ?」
「え? それほんと?」
「ほんとほんと。水魔法の一つ幻覚で見せる本人にしか見えない完璧なカンペだと」
それがあるならもし頭が真っ白になって台詞を忘れてしまっても劇の進行だけはできそうだ。その情報に少し安心する。
「でも私、そんな話聞いてないけど……」
「聞いてないじゃなくて、聞いてなかっただろ。お前ここんとこずーっと一人の世界で悶々としてたからな」
そうでした……。台詞やアクションのタイミングを覚えるのに必死で不安に押しつぶされそうになりながら一人、頭を巡らせていたんだ。人の話が頭に入って来なかったんだろう。重要な話を聞き逃していた。
「おいこら、一ノ瀬と花森! 早く集合しろーー」
「あ、やべ行くぞ花森」
「ちょ、ちょっと待って!」
柳生先生の声に、私達は慌てて集合場所のD組応援席へ走って行った。




