0 李と一ノ瀬
「----楽しいだろ? 勝つってのはそういうことだ」
彼の言葉が響く。
沸き起こる歓声と、割れるような拍手に私はそこにいることが信じられないでいた。
勝つことが嫌だった。走るのが嫌だった。あんな思いをするくらいなら、すべて捨ててしまいたかった。だけど私は走ったのだ無我夢中で。
髪が乱れても、足が痛んでも、怯みもせずにただひたすらに。
「勝利の喜びを知っている奴が、勝利を忘れられるはずないだろ」
そうだ。渇望したんだ、私は。
勝ちたいと、彼と共に勝利を掴みたいと、強く……願った。
差し出された彼の手に引っ張り上げられ、私は立ち上がった。膝が擦り剝けて血が出ていたけど、今はそんなことどうでもいい。
見上げれば、彼――一ノ瀬 勝が歯が見える最高の笑顔を見せてくれた。思わず私も笑った。
一ノ瀬君の深紅の髪が揺れ、彼の周囲に炎の帯が舞う。
「思いっきりぶち壊していけよ、花森。行く手を阻む障害は全部壊せる。今のお前ならもう、できるんだ。……それでも無理だと思うのなら」
彼の炎が私を包む、守るような励まされるような温かい炎だ。
「俺も一緒に壊してやる」
私は静かに目を閉じた。
逃げていた、ずっと。自分はダメなんだと、努力することすら放棄して自暴自棄になって。傷つくことを恐れていた。自分を守っていた。
欲しいなら、歩き続けなくてはいけない。前に。
私の行く手を阻むもの、今からそれを壊そう。
----過去と、向き合いに行く。