覆われた青
この世界には、二種類の人間がいる。コミュ障かコミュ障じゃないかだ。
圧倒的前者であるところの俺、藍坂伊織はふとそんな事を思う。
コミュニケーションと言うのは人間的な生活を送る上で欠かせないものだ。
コミュニケーションの上手さ、つまりコミュ力は人と会話することで自然についていくものであり、
選ばれた人間だけが獲得する能力ではない。つまり全員が獲得することの出来る能力なのだ。
しかし、そもそも人と接することが得意ではない俺は人と接することでしか獲得することの出来ない
コミュ力を得ることが出来ず、そのせいで人と話せないという悪循環に陥っていた。
授業中、テストの平均点が悪かったと言う理由でヒステリックな金切り声を上げて喚き散らす中年女
性の英語教師の説教をバックミュージックにして、そんな事を思う。
ああいう風に自分の思ったことをはっきりと口に出来る人間には憧れの情すら抱く。ヒステリックと
金切り声のオプションはいらないのだが、それさえなければきっと俺は羨望の眼差しで英語教師を見て
いたに違いない。どうしてそんなに喋れるんですか、と。
英語教師の怒りの矛先はいつのまにかテストの点の悪さから生活態度にシフトしていた。
何度目か分からない怒鳴り声、もといキンキン声。俺はそれを避けるように開けっ放しの窓の外の風
景を眺める。しかし目を背けた俺をあざ笑うかのように鮮明に聞こえてくる甲高い声。思わず顔をしか
める。
水彩画で書いたような幻想的な緑色が木々を染め、初夏の匂いがする風が小さな音をたてて吹いてい
る。青空はあまりその顔を覗かせておらず、厚い雲が覆い隠すように大きな青を埋めている。
まるで今の自分みたいだな、と柄にも無く感傷的な気持ちになる。
今まで自分は「コミュ障」という言い訳に逃げてきたが、学校を卒業し、社会に出たらどうなってし
まうのだろう。そんな漠然とした雲のような不安を抱きつつ。
不意に授業の終わりを告げるチャイムに俺の思考は途切れさせられる。
英語教師も、これ以上説教は続ける気は無いようで、クラスの委員長に挨拶を促す。
きりーつ、れい。と形式だけの感謝の意を教師に送る。教師はこちらを一瞥もせずに教室の扉を開き
職員室へと帰っていった。
クラスが喧騒に包まれる中、もう一度空を見る。
やはり青空は雲に覆い隠されていた。