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Oreilg  作者: 篠崎
6/18

#6

ごくたまに起こる身の危険。

例えるなら、学校や会社などで訓練が行われるような、火事とか、地震みたいなものです。

一瞬、命と隣り合わせになる瞬間。

自分たちの一生が一冊の本であるなら、それは栞の紐のようなものかもしれません。

栞も含めて本であるように、

彼らの日常は 危険があってこそはじめて成立するのではないでしょうか。


「相模くん?たった今、警察の刑務所から四十代の男が脱走したわ」

 今から二時間前。3年2組が騒がしく化学変化の実験をする理科室。中学生に混ざるように席に座って実験を見物していた相模に、無線がはいった。

「いつものことだろう?報告聞くまでもないよ。ご苦労様遠江さん」

 自転車の鍵を顔の前でもてあそびながら、相模は呟くように言った。

 相模の右耳には、ちょうど髪に隠れる位置に銀色のピアスがついている。無線の声はそこから聞こえていた。そして、さりげなく口元に近付けている自転車の鍵にはマイクが内蔵してある。Oreilgが誇る少々頭のおかしい開発者・関島祐造の遊び心が生み出した科学の結晶だった。

 刑務所脱走も一昔前は日常茶飯事の出来事で、昼のニュースではまるで天気予報のようにかかさず名前が読み上げられていたこともあった。最近は自衛隊の導入もあり少し収まりをみせてきたのだが、完全に収まったというわけでもないらしい。ちなみにその情報が民間に公表されるのには一時間ほどかかるが、Oreilgには数分で通達がはいる(モギュアールによると、上層部のコネによるものらしい)。

 Oreilgは犯罪者を捜さない。それぞれがそれぞれの場所で暮らしていて、そこで不審人物を見かければすみやかに殺すのだ。その場の生活に溶けこんでいるということが、覆面警官にはできないOreilgの利点のひとつといえた。

「それにしても、警察はよくも飽きずに逃がしてくれるもんだね。仕事増やしてくれて有り難いよ。まったく」

「いやー、それがどうも警察が逃がしたらしいのよね」

「はあ?」

 相模は顔をちょっとしかめたが、すぐに真顔に戻った。

「仲間が潜りこんでそいつの脱走の手引きをしたってことか?」

「その可能性大、よ。ちなみにそいつの名前言っとくと、大山ってやつね。五年前に通り魔殺人で捕まってるわ」

「ちょっと待って遠江さん……大山って言った?」

「言ったわよ。なに、知ってんの相模くん」

「いや、だって……」

 相模の言葉を、ピアスから聞こえてきた女性の声がさえぎった。

「申し訳ないけど、他のメンバーにも伝えなくちゃいけないから切らせてくれる?あなたにだけ一番先に教えたのは、エージェントのモギュアールから伝言があったからなのよ」

 黒沢だ。遠江の間延びした声に我慢できなかったらしい。モギュアールの名前を聞いて、相模は居住まいを正した。

「……伝言って、どんな?」

「気をつけて、ですって」

 黒沢はこの伝言を不審には思わなかったようで、端的に言った。

「あなたのいる場所って中学校でしょう?そんなところになんか来ないから大丈夫よ」

 たっぷり一秒間無言だった相模を気遣ってかそんなことを言うと、黒沢はぷっつりと無線を切った。

「……大丈夫、か」

 相模は黒沢の言葉を繰り返して、自転車の鍵をポケットにつっこんだ。

 しかし実際、大丈夫などという状況には程遠い結末を迎えることになるのである。


◇●◇


 道で見かけてもすぐに忘れそうなくらい特徴のない顔だな、と紫野崎は思った。

 図書館で、司書の先生に「紫野崎さんはこういう本が好きかしら」、と渡された分厚い本にはさまっていた大山の顔写真を見た最初の感想がそれである。端に書かれた大山の身体的特徴と前科の項目にさっと目を通して、紫野崎はゆっくりと本を閉じた。

「あの……これ、あたしの他にも見せたい人がいるんですけど」

 茶色い髪を首のあたりで綺麗に切りそろえてソバージュをかけた、見た目はとってもかわいいおばちゃんの奥田先生はにっこりと笑った。

「彼なら、もう二時間くらい前に見に来たのよ。心配しないで」

「そうですか……わかりました。ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げると、紫野崎はカウンターに本を置いて立ち去り、そのまま1年生校舎へ向かった。

 中里中学校は大きく六つの建物に分かれている。北側から1年生校舎、2年生校舎、3年生校舎、芸術棟、それらをつなぐ玄関フロアとオープンライブラリー等の東棟。そして体育館。校舎は二階建てで、生徒の教室はすべて上階に位置している。木造二階建てであるにもかかわらず、中里中は周辺地域の学校では屈指のセキュリティシステムを兼ね備えた中学校として有名だった。

 そして厳重なセキュリティにもかかわらず、この学校は窓が多い。東棟には玄関をはいってすぐの正面に、2年生校舎と3年生校舎の間にある中庭を一望できる巨大な窓ガラスが二階の天井にとどくまで続いているし(中庭といっても芝生に木が二・三本植えてあるだけの簡素なものだ)、1年生校舎から芸術棟までの一階を貫く西側の廊下も左右の壁は人も出入りできる大きなガラス窓である。立地のせいもあるだろうが、陽光に愛でられた校舎といっても差しつかえない明るさと暖かさで常に満ちていた。

今の時間はちょうど給食当番の仕事も一段落した頃合の静かな昼休みで、廊下の窓から差し込む光はいっそう暖かかった。ガラスごしに外を見ると、各クラス完備のベランダから中庭を見下ろす2年生の姿が見られた。芝生が青々として美しい。西側の廊下にはひと気がなく、窓のシルエットそのままの光が差し込んでいるのもまた美しい。その光の中に2年校舎方向から男性教師がひとり現れて、人型のシルエットをそこに浮かばせながら歩いている姿も、なんだか様になっているように見える。

 そんな景観に見とれていた紫野崎に、その画から目を覆いたくなるほどの反射光が飛んできた。うめくように思わず顔をしかめて無意識に光源を探した紫野崎の目は、一点を見つめて動かなくなった。

 西側廊下。

 正確には西側廊下をゆっくり歩いてくる男性の手もとだ。それがなにであるかを理解したとき、紫野崎は背筋がざあっと冷たくなった気がした。

 考えるよりも先に、紫野崎は制服の襟を口元に近付けていた。

 ブツッ、と空気が震えた。

「―――Oreilgより通達」

 紫野崎の言葉は、男性の声となって全校舎のスピーカーから流れた。

「校内に犯罪者が侵入。現在1年校舎に向かって西側廊下を通過中。警戒せよ」

 紫野崎の視線の先で、男がぴたりと立ち止まる。紫野崎は眉をひそめた。程度の低い犯罪者なら、Oreilgが常駐していたと分かれば逃げ出そうとしてもいいはずなのだが。

 男は校舎を舐めるように見渡していた。まるで自分を見つけた犯人を捜すように。

 そしてふと紫野崎と目が合った。


 大山の口元がめくれあがり、笑みのカタチをつくった。


更新が不定期になっていきそうです。

なぜなら……、と話しはじめると長くなりそうなので、

活動報告の方で喋らせていただきました。

もし、物好きな方で、お暇があるようでしたらお読みください。

ご意見・ご感想をお待ちしております。

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