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Oreilg  作者: 篠崎
5/18

#5

彼らの日常は危険と隣り合わせですが、そのほかはまったく私たちと同じ、ただの日常です。

 同じく給食の時間を迎えたここは、1年3組の教室。

「へっくしょい!」

 紫野崎の盛大なくしゃみも、教室の賑やかさにかき消されそうであった。

「紫野崎さん大丈夫?風邪?」

「ううん、全然」

 同じ班の山口が声をかけたのに対し、紫野崎は鼻をすすりながら返事をした。

「どっかで誰かがあたしのことウワサしてるのかも」

「古いなー。でもそれ、あながち間違ってないと思うよ」

「俺もそう思う。くしゃみ一回が悪いウワサで、くしゃみ二回が良いウワサってことらしいぜ」

 話に割ってはいってきた同じく班メンバーの男子のうんちくに、紫野崎と山口はへえーとそろって感嘆の声を上げた。

「え、じゃあさ、山下」

 紫野崎が食パンをちぎりながら喋った。

「くしゃみ三回は、どんなウワサなの?」

 三人の間に、ちょっとした沈黙が流れる。山下は宙に目を泳がせた。

「……さあ?」

「おい」

 すかさずつっこむ紫野崎。山口がけらけらと笑った。山下が、自分の席でのけぞるようにして隣の班の男子の一人に声をかけた。

「なー瀬川。おまえくしゃみ三回の意味ってどんなんだと思う?」

「え……くしゃみの意味?」

 話を振られて、牛乳ビンを机に置いた瀬川は首をひねった。

「風邪なんじゃねーの?」

 すると一瞬にして笑いの渦が起こった。

「ちげーよ。くしゃみすると誰かが自分のウワサしてるって言うだろ?」

 可笑しそうに顔をしかめて言う山下の言葉に、そういうことか、と瀬川は納得した顔になった。

「良いウワサか、悪いウワサかってやつか?」

「そうそれ」

「わからん」

「なんだよ!!」

 大げさなリアクションで落胆を表現する山下。その姿に、班員も含めまわりの席が笑いに包まれた。

 ……で、各自が食事に戻るが、紫野崎が思い出したようにまた繰り返す。

「そんなに悪いウワサじゃなきゃいいけどなあ……」

 山口が吹き出した。

「心配しすぎじゃない?ていうか紫野崎さんの場合、あたしはどんなウワサかよりも、誰がウワサしてるかの方が気になるなー」

 山口の言葉に、山下もにやりと笑った。

「例の転校してきた3年生だろ?」

 ぴくり、と紫野崎がかたまった。なんでそんな方向へ話を持っていくのか、と顔が言っている。

「めっちゃ好かれてると思うんだけど。ていうか紫野崎さんのこと、好きなんじゃない?」

 上目遣いに山口が言うと、山下がなにか言いかけて口を閉じた。ちらりとうしろを振り向いて瀬川と視線を合わせる。山下は変な方向に目をはしらせながら言った。

「あー。まあ向こうは、ひょっとしたらそうかもしれないよな」

「それはないと思う」

 ぼそりと即答した紫野崎の言葉に、瀬川の背中が微妙に反応した。山下はそれに気付かない。ぎこちなく笑みを浮かべた。

「あれだけ紫野崎のところ来てるのに『ないと思う』って……あ、ひょっとしてタイプじゃないとか?」

「えーイケメンじゃんあの人」

 なに言ってんのよ山下、と山口が口を尖らせると、山下も負けずに言い返した。

「人間中身なんだよ、中身。顔は関係ねーんだよ」

「あるに決まってんでしょ?なによ自分がモテないからって」

「んだと山口てめえ」

「あーら事実じゃない」

「あのさ」

 早くもケンカが始まろうとしたところに、紫野崎が言った。

「もうその話やめようよWマウンテンさんたち」

「それを言うな!!」

 山下と山口がそろって怒鳴り返した。あまりのシンクロ率に周囲は爆笑、言った紫野崎は肩をぷるぷるさせて必死に笑いをこらえているが、まったくこらえられているようには見えない。瀬川含めその他男子も、腹を押さえてひいひい言っていた。

「すげえー!!息ぴったりすぎだろおまえら」

「将来は芸名ダブルマウンテンで、漫才師に決まりじゃね?」

「誰が芸人になんかなるかっ!」

 涙目で肩を叩き合っている男子に向かって、山下が叫んだ。

「そもそもなんで山口となんだよ!!」

「あら。あたしは芸人も悪くないと思うけど」

「山口ィ!?」

 すました顔の山口に、山下はぎょっとした声を上げた。山口は食パンの欠片を口に放りこみ、事もなげに飲みこんだ。

「笑いって今の時代、大切だと思うわよ。いつどこから銃声が聞こえるかも分からないような恐怖を忘れるには、絶対必要」

 たんたんと語る山口の言葉に、教室中がしんとなった。

「Oreilgが現れてから、テロ集団はOreilgだけを狙うようになったわ。だから昔よりは平和になったのかもしれない。でも、巻き込まれる可能性はゼロじゃないもの。そんな恐怖に負けないためには、お笑いは少しでも増えるべきよ」

 山口が食パンの入っていたビニール袋をいじる音が、やけに教室に響いた。

「……ん。まあ、そうだな」

 テンションがひとまわり小さくなった教室で、山下が神妙に口を開いて頷く。そんな山下の様子に、山口はくすりと笑った。

「だから、慎ましく笑って過ごしていれば大丈夫なのよ。きっと」

 会話はそこで途切れて、やがてそれぞれの食事に戻っていった。

 ただ、紫野崎だけはぼんやりと山口を見つめてなにか考えこんでいた。

危険を日常と割り切れる世の中でも、仲間と笑い合える瞬間があるから、

彼らの心は平和なんだと思います。

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