#16
相模は虚をつかれたように目を見開いて、しばらく微動だにしなかった。一般人間並みの沈黙が流れて、ようやく口をひらいた。
「……ああ。そうだったな、そういえば」
まったく予想外、という様子に、クランドは心底呆れたという顔をしてみせた。そのままなにか言おうとしたが思いとどまったらしく、ほんの少し表情をあらためた。
「まあ……マサルには縁のないハナシだから、想定外なのは仕方ないと思うけど」
「仕方ない?」
それはちがう、と相模は俯いてかぶりを振った。
「俺たちはそんなことが言える立場じゃない」
つぶやくように、言った。まるで自分自身に言い聞かせるかのような言い方。ふっと天井を仰ぐその目に、車内のケイコウ灯が奇妙に反射した。顔を上げたその姿は、なぜだかうなだれているようにも見えた。
「馬鹿だな俺。浅かった。……くそ。浅すぎだろ」
「浅いのはみんな同じだよ」
思わず、しかも慰めるかのように声を出してしまったことにクランドは顔をしかめる。相模はそんなクランドに気づいて息をつくように笑い、視線だけで流れるように紫野崎をとらえた。色白なだけではない白さに危機感を覚えつつもそっと髪を整えてやると、紫野崎の顔はただ眠っているだけのように穏やかに見えた。人の寝顔は幼いというが、相模から見れば紫野崎は小学生もいいところだ。さらにガキに見える。
おそらくクランドも同じように見ているだろう。相模の胸によぎった一抹の不安は、きっとクランドも危惧しているはずだ。
「紫野崎の親はたしか、Oreilgに入るのは反対してたんだよな」
相模のその問いかけに、クランドは真面目な顔になった。
「もちろん、ここにいるのはシノサキの意思でだ。そもそも本人の意思がなきゃOreilgには入れないだろ。強制することはモギュアールが固く禁じてる。モギュアールがスカウトに行ったんだから、シノサキの意思を尊重したのに間違いないよ」
「親の反対も押し切って、か」
相模は難しい顔をした。
「でも、それならなおさら今回の件で、危険な真似はさせたくないって思うだろ。親が無理にこいつを引き抜くってこともあるってことか?」
「ご両親はそうしたいだろうね。シノサキは女の子だし」
軽く放った言葉にむ、と相模が黙り込んでしまったのを見て、クランドは吹き出した。
「マサルはこういうハナシ苦手だったね。よくわからないんだっけ?」
「うるせーよ」
がたん。ちょうどそのとき車が停車した。クランドがすっくと立ち上がった。
「車庫に着いたみたいだ」
「……だな」
車内の壁にはめ込まれたモニターに、突然電源が入った。
純白の画面に、英文字が並ぶ。
『Oreilg』
「今から車ごと基地に降ろすけど、紫野崎さんはどんな様子?熱感知のカメラからだと結構体温下がってるみたいだけど」
遠江の声だ。
相模よりも先に、クランドが紫野崎に近寄ってそっと手を握った。ほんの一瞬の沈黙。すぐにクランドはモニターに振り向いた。
「ドクター・オカザキの準備の方は?」
「ばっちりよ」
「じゃあ、よろしく頼みますって伝えて」
「おっけー。任しといて」
モニターの画面は自動的にブラックアウトした。それと同時に車内が微かに揺れた。エレベーターが動き出したらしい。
さて、とクランドは相模に向き直った。
「言い忘れてたけど、さっきキシタニに連絡したとき、モギュアールがマサルと話たがってるみたいだって言ってた。シノサキは僕に任せて、マサルはモギュアールのところに行ったほうがいいかもしれないよ」
ブルーの目が面白そうに笑っているのを見て、相模はげんなりした顔をした。