#15
校舎の外は暖かく、陽光がまぶしかった。
坂の上にあるせいなのか、中里中の周辺には喧騒というものがない。相模がクランドと玄関から出てきたときも、変わらず静かで、やわらかな風がそよいでいた。
玄関の外には、敷地内に乗り入れた2台の死体収集車と、装輪装甲車が駐められてあった。
「うわ……初期のストライカーじゃん。これ私道走れたのかよ?」
相模が驚くのも無理はない。というのも、この双輪装甲車、全長およそ七メートル、幅二・七メートル、高さ2メートル超という大きさなのだ。
「走れたからここにあるんだろ。さっさと中入るぞ。」
言いながら、クランドは車体後部の上開きの扉をひらいた。ひらいた扉を足場にして相模が中にはいる。続いてクランドが入り、扉に結えてあったロープを引っ張ってばたん、と音をたてて扉を閉めた。すると自動的に車内に明かりが付き、清潔そうに片付けてある広い空間が見えるようになった。車内の端の方に簡易ベッドが置かれてあるのを見つけて、相模は柴野崎をそこにそっと降ろした。
「麻酔はしてあるのか?」
酸素マスクを引っ張ってきて紫野崎の顔に貼り付けながら、クランドは相模にたずねる。
「さっき2階にいるときに打った。傷口からの出血もないと思うぜ」
いぶかしげなクランドに、相模は包帯を包装していた袋をつき出して見せた。茶色に黄色の英文字が書かれたその袋を見て、クランドは納得したように頷いた。
「ああ。甲殻類から作ったっていうやつか」
「そうだったかもな」
相模が紫野崎目を離さずに言うのを、クランドは黙って見ていた。傍らに置いてあった銀色の箱から輸血用の血液を取り出し、相模に手渡す。相模は上目づかいにクランドを見た。
「これを俺にやれと?お前がいるのに」
「外でキシタニに連絡入れてくるよ。習得期間中に一度はやったことがあるだろう?マサルに任せる。心配ないよ。ちゃんとシノサキの血液に適合したやつを持ってきたから」
やはり少しズレている発言にどう返せばいいか相模が迷っているうちに、クランドは手をひらひらさせて運転席へ通じるドアの向こうに消えた。
息をひとつ吐いて、相模は紫野崎を見た。よく見ると眼鏡をかけたままだ。それを外してやり顔の近くに置くと、相模は血液のパックを車内の壁にあったフックにひっかけた。
備え付けてある金属製の引き出しをあけると、点滴用のチューブに脱脂綿、注射針など様々な医療器具が所狭しと並べてあった。本来なら双輪装甲車は戦地に出動する兵士を運ぶ役割を担っているのだが、クランドが使いやすいように改良がなされているらしい。これではやけに車内の広い救急車のようである。
作業を一通り終えたころに、クランドが戻ってきた。
「これはマサルのだろう?」
脇に蓄音機を抱えて戻ってきたクランドに、刃がコーティングされた黒いナイフを2本見せられた。相模はああ、と言って受け取った。
「回収するのを忘れてたな。さっきの作業員からか?」
「うん、本棚をどうやったか知らないけど、一応4人とも回収したみたいだった。あと、大山の持ってたナイフは凶器だから預かるってさ」
「そうか」
ナイフを収めながら、相模は短く返事をした。視線は紫野崎を見たままだ。ブルーの目が面白くなさそうに光った。クランドはすっと息を吸った。
「……サガミ。戦いに怪我はつきものだ。気にしすぎるのは良くない」
モギュアールの声真似に、相模がぴくりと反応した。じろりとクランドを見上げる。
「お前が真似すると似すぎてて怖いんだよ。心臓に悪いからやめろ」
「マサルはモギュアールが苦手なのか?」
ゆっくりと震動して、車が動き出したのがわかった。関島の気まぐれでロボットカーにでもされてしまったのだろうか。
「……さあ、どうなんだろうな」
「はっきりしないな。マサルは」
放置されていたキャメル色のクッションを持ってきて、クランドは相模の横に座った。薄い毛布をそっと紫野崎にかけた。
「シノサキは、なんで斬られたんだ?」
「運が無かった」
素っ気なく相模が言う。これ以上話す気はないらしいことを察して、クランドも天井を見上げて黙り込んだ。だが1分と保たぬうちに大きく息をついて前髪をかき上げた。
「さて……どうやって伝えるべきかな」
紫野崎を見ながらクランドが呟いたのを聞いて、相模は眉をひそめて口をひらいた。
「伝えるってお前、さっき岸谷に連絡いれたんじゃ」
相模の鼻先にクランドがぴらりと一枚の紙切れをつきつけてきた。
横書きにクランドの筆記で0から始まる十桁の数字が書いてある。ところどころハイフンが混じっている。これは市外局番だろうか。
疑問符浮かびまくりの相模に、クランドは面倒くさそうな視線を投げた。
「シノサキの家族にだよ」