#14
クランドは天井に空いた三角形の穴を囲む柵を飛び越えて、一階に落下した本棚の上に着地した。相模は、リボルバーを背後に収めながら呆れ顔で迎えた。
「悪趣味は相変わらずって感じか。他に落とせるようのものなかったのか?」
アメリカ人の少年は、そのまま本棚の上でゆったりと足を組む。しなやかな動きは、どこか相模に似ていた。
心外だ、と書かれた顔でクランドはすましてみせた。
「趣味の悪さはお互い様だろう?僕の個性だと言ってほしいね。それに、この階の上、隣は図書館なんだよ?本棚を落とさずに、一体なにを落とせっていうのさ」
「丸テーブルがいっぱいあっただろ」
「あれじゃ駄目だよ」
相模の反論も、さらりと躱す余裕を持っている。
どこか危険な色をしたブルーの目が、馬鹿にしないでよと楽しそうに光った。
「ありきたりじゃないか。驚きがないよ。ヒトの力では決して持ち上げられそうにないものが、こう、浮かび上がって落ちてくる……予想外?奇想天外、だったかな。それが素晴らしいんじゃないか」
退屈な日常にサプライズを。
地味にありきたりなその言葉が、クランド・キャンプのモットーだった。
相模は頭を抱えてため息をついた。
「お前……そういう人を驚かせたい欲は別の場所で発散しろ」
端的に言えば、狂っていた。
クランドという少年は。感覚的な面において。
「わからないのかマサル?この大きくて重い本棚を、いかに静かに、君や、こいつらに気付かれないように、しかも倒れないように水平に持っていくスリルがどれだけたの」
「楽しかねえよ。俺が言いたいのはそういうことじゃない」
腰かけた本棚をばんばん叩いて主張するクランドに、相模はうんざりした視線を投げた。
「お前、自分の足元見てみろよ。死にかけてるじゃんかよ、そいつ」
巨大な本棚は、立っている場所こそ違うものの、本来図書館にあった姿そのままに倒れることなくそこにあった。ただ異常な点があるとするなら、人の両脚を潰していることと、本棚を中心にして血しぶきが飛び散っていることだ。
相模に言われて、クランドもようやく足元を見た。自衛官の服装をした男はもはや言葉を発することはなく、時折ぴくぴくと痙攣しているだけの肉塊と化していた。
「連れて行けばなにか吐くかもしれないから、殺さずにいたんだぜ。護送車じゃなくて死体処理の車出してもらわなきゃいけないし、第一この本棚どうやって元の場所に戻すんだよ」
「……考えてなかった」
やってしまった、とクランドはかすかに顔をしかめた。死にかけている男を見下ろして、相模もため息をつく。
「人の手配はお前がやってくれよ。あと適当に報告もやっといてくれ。いつものことだけど俺、会話録れてないから」
「それなら心配いらないよ。僕が録ってるから」
さらりとクランドが言うのを聞いて、相模は眉をつり上げた。
「電子機器類は潰したんだぜ」
「いや、機械じゃなくて」
クランド指差した方向、2階から1階を見下ろせる大きな三角形の端のあたりに、やけに大きく広がったくすんだ色のラッパの先が見えた。相模はあんぐり口をあけた。
「蓄音機……?」
「レコードだけど、ちゃんと録れてると思うよ。セキシマがいろいろ手を加えてくれたからね」
クランドの言葉に、相模は一気に青ざめた。
「馬鹿!!あれどう見てもモギュアールの部屋にあったやつだろ。なに勝手に持ち出してんだよ」
「大丈夫だと思うけど。ほら、祖父母を困らせるのは孫の特権って言うじゃないか」
「……もういい」
どこかずれている気がするクランドにため息をついて、相模は脚が潰れていない方の男に目をやった。死にかけている男の姿を凝視して体を微かに震わせている。真横にこんなものがでかいものが落ちてくれば当然の反応だろう。相模はくるりと背を向けた。
「お前は外で本部と連絡とってくれ。生きてるのは1人だってな」
「死体は結局2人分か?」
「いや。4人だ」
円柱の陰に寝かせてある紫野崎を、そっと抱え上げた。クランドはその様子を見て目を丸くした。
「まさかマサル、シノサキを死なせたのか?」
「冗談言うな」
クランドは本棚を蹴って血が広がっていない床まで跳躍して、相模に駆け寄ってきた。ひと目で紫野崎の状態を把握したらしい。
「移動する前に、きちんと応急処置した方がいい。外に出よう」
相模がなにか言おうと口をひらきかけたが、ちょうど玄関から防護服に身を包んだ顔の見えない作業員が数名現れた。
それを横目で見つつ、クランドは声をひそめた。
「収集車が来たらギャラリーも増える。そうなる前に行こう」
紫野崎の身を案じてのことらしい。相模は頷いて、クランドを追いかけるように校舎を出た。