#11
どうか、傷つかないでほしい。
「ねえ橋本くん、まだ使えない?」
「……うん。妨害されてるみたいな感じ。これ有線のはずなんだけど……有線も無線も関係ないのかな?」
電気を消してブラインドが降ろされた薄暗い教室の中で、1年3組の生徒は息を潜めていた。
橋本と呼ばれた眼鏡の男子生徒は、黒板の下の板をひとつ外してその中に手を突っ込んでいる。その場所に埋め込まれたモニター付きの機材をいじって、どうやら直そうとしているらしい。
「駄目みたいだ。壊れたわけじゃないと思うけど」
「妨害って、電波障害みたいなもの?ほかの教室も使えてないってこと?」
「たぶんね。それより山口さん」
橋本は手を止めて、ふと数分前に施錠された教室の扉を見た。
「……山下と瀬川と、紫野崎さんは本当に」
「無事!決まってんじゃない。わざわざ犯罪者が向かってるところに戻ってくるほど、馬鹿じゃないってだけよ」
ぴしゃりと山口は言った。
しかし三人以外は全員揃っている。ほかの教室に逃げていればいいのだが、非常時用の機材が使えないので安否確認のしようもない。不安になるのは当たり前だった。
ところがそのとき、ガタンと音がして担任の教卓の真上の天井にぽっかり四角の穴が空いた。
一瞬、教室に緊張が走る。
が、
「うっわ肘きっつー。もー嫌だよこれ……あ、ここって1年3組で合ってるよな?」
「山下!?」
よっと、と山下が教卓の上に着地したのを見て、山口が駆け寄ってきた。
「瀬川と紫野崎さん知らない?ていうか、あんたどこから来たの」
「会議室だよ。浩太郎も一緒だったんだけど、クラスの奴らが心配するといけないからって今別れたんだ。もう着いてると思うぜ、1組に」
中里中学校は外観こそ木造に見えるものの、一枚板を剥がせば厚さ3センチの鉄板で作られている強固な建築物だった。そして教室が施錠され、連絡を取り合うのが困難であった場合のために、各教室へ移動ができる細い通路が天井裏に設けられていた(這っていかなければならないが)。
肘をさすりながら疲れた様子の山下に、山口はなおも問い詰めた。
「放送室に遊びに行ってくるとか言ってたじゃない。瀬川に会ったんでしょ?」
「んー、まあ」
「一緒じゃなかったの?」
山下は口を結んで、言いにくそうな顔をしていた。
「……たぶん、紫野崎と一緒だと思う」
「はあ?」
「探しに行ったんだよ。あいつ」
なんでそんなことになったわけ?と、山口の顔は口に出さずとも言葉が伝わるほどには分かり易かった。
「けど、大丈夫よね?……二人とも」
「あったりまえだろ」
根拠はない。ただそうであってほしいと願う心が、山下の語調を強くしていた。