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本日は解呪日和

作者: 朱潮 一初
掲載日:2026/03/25

「ご確認をお願いします。来月の出勤可能日です」

私は笑顔で紙を差し出した。


「ん? ほとんど休みなんだけど、何か理由があるのかな?」

紙を見つめたまま、店長は困惑しているようだった。


この反応が普通だよね。でもこれだけは譲れない。


「来月は自宅からお店の方位が悪いので、とりあえず天赦日のみでお願いします。再来月は方位がよくなるので、出勤日が増えると思います」

「はぁ…」

店長は上手く反応できない様子だった。


「もし再来月分の予定表を早く提出した方が良ければ、明日にでも占いの先生に会ってきますけど…店長どうしますか?」

努めて明るく店長に尋ねてみた。


「そうだね。早めにシフトがわかると助かるから、聞いてきてもらおうかな。面接の時に、占いで出勤日を決めてるのは聞いていたしね」

確かに面接で聞いていたが、ここまでシフトが入らないとは予想していなかった。店長は自分で採用をきめた以上、提出された出勤日を受け入れるしかなかった。


私は店長の返答に少しだけ安心した。

『いつも占いの先生に方位とかいろいろ相談しているので、先生に聞いてから出勤日を決めたい』と言っても、普通は理解されないし受理されるわけがない。当然不採用になってもおかしくないのに店長は受け入れてくれた。


「ありがとうございます。占い好きを公言すると『痛い子』とか、『関わったら面倒な子』と敬遠する人が多いんですけど、店長さんに出会えて私は幸せ者です」


店長は、嬉しさを隠すことなく素直に表現するこの子のことを、面接した時からとても気に入っていた。

「まぁ、俺も占いは嫌いじゃないからさ。これシフト表に入力してくるから、取りあえず店番をよろしく頼むよ」


「ハイ!」


笑顔の彼女はとても愛らしく、『湿気た面の店長よりも彼女の出勤日を増やせ』とリクエストされるくらい常連客にも受けがいい。

俺は事務所に戻り鍵を閉めた。手早く着替えを済ませてスチール製の書類棚をスライドさせた。書類棚の後ろ壁には木製の扉が設置され、隠し部屋へ入ることができた。



「さてと、始めるか」


祭壇に一対の蝋燭を灯し、儀式の準備に取り掛かる。


「今回は何にしようかな。どうしてくれよう…」

この手で少女を服従させているような高揚感がたまらない。


先ほど渡された紙とバックヤードで拾った彼女の髪の毛を魔法陣の中央にのせて呪文を唱える。

出勤日数なんてどうでもいい。提出された紙には彼女の名前が書いてある。呪術には本人の身体の一部と本人が書いた名前が必要になるから、出勤表をわざわざ紙で提出させている。


俺が欲するのは従順で素直な子。自分では何も考えない無知で浅慮な子。

彼女は今まで採用してきたどの子たちよりも純粋だから、呪術が直ぐに効くだろう。これだから占い好きを雇うのを止められない。


彼女は俺の手の内にあり、所詮は俺の実験台(モルモット)


俺が彼女の人生の一部分を操っていることを、彼女が崇拝している占い師は知っているだろうか?

どんなに占い師が彼女の流れを視ようとしても、外からの干渉で正確に読み解くことは不可能なはず。


『そうだ。今度その占い師に会いに行ってみよう』

俺の存在に気付くだろうか。どんな反応をするだろう。考えただけでゾクゾクする。

『さぁ、力比べだ ! 』



◇ ◇ ◇



店長が事務所に入るとしばらく戻ってこない。その間、私は一人で来客の対応をしている。


「おう、久しぶりだなぁ」

この店の常連客たちは独特な趣味や嗜好を楽しむ個性的な人達がほとんど。だから私みたいに変わった子でも皆んな親切に接してくれる。


「ご無沙汰してます」


「もっと出勤日を増やしてくれよ。店長だけだと陰気臭くてさ」

社交辞令でも声を掛けてもらえると嬉しくなる。


「ありがとうございます。店の方位が良くなればシフトに入れますので、その時はよろしくお願いします。

こちらがご予約されていた商品です。またのご来店をお待ちしてます」


「おぅ。また来るよ」


こんな他愛のないやり取りでも常連さん達は喜んでくれるから、とても働きがいがある。



店内の人の流れが落ち着いたのを見計らって時間を確認した。

午後2時。


店長が事務所に入ってから一時間以上が経過していた。


『早く戻ってきてくれないと引き継ぎができないから帰れないし、次の仕事に影響が出るんだけどなぁ』


私は他にも仕事をしている。実はそちらが本業である。本業だけだと自分の感覚がいわゆる普通からかけ離れて思考が偏ってしまうので、俗世間とつながるためにあえて依頼と称して副業をしている。また、この店の常連さん達は専門職が多く、とても勉強にもなるのでしばらくここでの仕事は続けたいと思っている。


商品の受け渡しや予約票の確認などひと通りの作業が終わったところで、意識を店長に向けてみた。


『今日は随分と念入りなのね。呪術が返されるのを知らないでお気の毒様』

そう、私は店長が事務所の隠し部屋で何をしているか知っている。



私の本業は鑑定師。

方位や出勤日を相談している占い師なんて実際は存在していないし、呪術や呪詛、あらゆる占術の心得が私にはある。


店長の呪術はとても陳腐なものだから容易に解くことができる。しかし、それでは折角頑張って術を仕掛けてくる店長が哀れなので、呪術に掛かった振りをしている。もちろん仕掛けられた術はもれなく全て丁寧にご本人にお返しする。


今はこの店の常連客と話す時間を気に入っているので、取りあえず解呪したことを悟らせないために、術に掛かった演技をしているが、これがなかなか大変である。


呪術は術者に返すと効力が倍加してしまうが、それは自業自得よね。

他人を操ろうなんて身の程知らずで勘違いも甚だしい。しかも私に勝負を挑もうと思った時点ですでに詰んでいる。



◇ ◇ ◇



奥からガタガタと書類棚が移動する音がした。

『もう少し隠す工夫をしたらいいのに、本当に残念な人』


面倒だけど、店長が戻ってきたら純朴な少女を演じないといけない。

「店長さん。お疲れ様です。ずいぶんと時間がかかっていたのですね。お疲れ様です」

今まで店長が何をしていたか分かっていても、知らないふりをしてあえて労い無害であることを強調する。

「商品の入荷と整理、予約票はこちらにまとめてあります。今日はこれで上がります。お先に失礼します」


「次は来月だよね。お疲れさん」

店長が接客に戻り、今日の私の勤務は終了した。



私は帰り支度を済ませて、店をあとにした。

『もう、店長は時間をかけすぎ。もっと手早く、ぱぱっとできないのかしら』


道すがら店員から鑑定師へと感覚を切り替えるためにあえて呪文を唱えた。途端、身に纏う空気が一変する。感覚が研ぎ澄まされたからこそ感じる負の(エネルギー)

湿った空気が身体を覆い、街の喧騒が遠くなる。店長が仕掛けてきた呪術が、僅かにのし掛かってくるのがわかった。


『まあ、この程度の幼稚な呪術は、本業で扱う怨念や執念などと比べるまでもなく軽微。くすぐったいくらいだわ。さてと今日の呪術は何かしら?』


更に感覚を研ぎ澄まして、ねっとりと纏わりついた店長の気配を探ってみた。


『…なるほどね』


今日、店長が選んだ呪術は《秘密の暴露》だった。

『秘密を知りたいなんて悪趣味だわ。でも陰険な店長らしいかも...』


店長の非力で陳腐な呪術では(ワザ)の応酬にもならず、なんなら暇潰しにも足りない。


『来月が待ち遠しい。店長はどんな反応をみせるのかしら』



◇ ◇ ◇



「お は よ う ご ざ い ま す 」

すでに解呪はしているが、それを悟られないようにゆっくり挨拶をした。


「おはよう。今日も一日よろしく。来て早々で悪いんだけど、ちょっと事務所に来てくれるかな?」

いやらしい視線をよこす店長に鳥肌が立つのを我慢して、

「は い。す ぐ に...」

…『もうヤダ、気持ち悪い。依頼を無視してガッツリ締めてしまおうかなぁ』



コンコンコン…

「し つ れ い し ま す」


ドアを開けて事務所に入ると、直ぐ目の前に店長が立っていた。ニヤケ顔でしまりがなく、腕組みしたまま私を見ているだけで、一言も言葉を発しない。


…『店長は呪詛のかかり具合を試す気満々だ。めんどくさいなあ。でも仕方ない。術に掛かった演技をしますか』


先ずは悟られないように、呪術がしっかりと掛かっている感じで気だるそうにして、

「な に か...」

取りあえず店長の出方を待ってみる。


「今日は具合でも悪いのかな?いつもより元気がないね...グフフッ」

店長は完璧に呪術をかけたと思い込んでいるから、嬉しくて仕方ないのだろう。

気持ち悪い笑い声を抑えられないでいる。

「今日は何か伝えたいことがあるかなぁって思ってさ。遠慮しないで、何でも聞くよ」


…『わ〜気持ち悪い。ムリムリ。何が…伝えたいことがあるかなぁ?だ』


うんざり顔にならないように気を付けながら、あえて上目遣いで視線を合わせたまま、

「話を聞いてもらえますか?」


「うん、もちろん。何でも話して!」


…『おっと、食いつきが半端ない。鼻息も荒いし、もう勘弁してほしい。全く術が効いてないのに付き合うこっちの身にもなってよ』

「実は私、店長に聞いてほしいことがあって…」


「何々...」

店長は前のめりになりながら目を見開き興奮を抑えられないでいる。


「秘密にしてたことが…」


「どんなこと?」


「絶対に誰にも言わないで下さいね」


「大丈夫! 絶対に誰にも言わないから ! !」



『これまで何度か店長の呪術に付き合ったから、もう今日が〆日でいいよね』


私はピシッと店長の背後を指差して、

「私、そこの書類棚がスライドするのを知っています。その奥の隠し部屋で、店長が私にしたこと、全部知っています。」


「…?」


「今まで店長が占い好きな子を積極的に雇っていたことも、その理由も知っています」


「……?……?」


「過去にここに勤めていた女の子たちから、お祓いに関する相談があり、解呪と呪詛返しの依頼を請け負いました」


「……?……?……?」


「そして、これまで店長が彼女たちに掛けてきた呪術を全て私が解呪してあります。これから店長に全部お返ししますので、悪しからず」


「……ヘッ?」



パンッ…


私が柏手を一つ打つと、店長はだらりと手を下げ、目の瞳孔が開き、口をハクハクとさせ放心状態になった。話をしている最中に呪詛返しの術は練り終えていたので柏手を合図に発動させた。


全ての呪術を返し終えたら依頼完了。

『それにしても相当量の呪術だったわね。粗悪な分、精神干渉が酷いみたい。廃人同様になるけど因果応報よね。店長さん』


「さあ、店長さん。秘め事が沢山ありますよね。遠慮しないで、何でも聞きますよ」


『まぁ、まともに話せればだけど...ね』

所詮、貴方程度は私の実験台(モルモット)



「そうだ、ひとつお伝えするのを忘れていました。履歴書に書いた名前は仮初の名。

私の【真名】ですが、あなたとのご縁が繋がりましたら名乗りをいたしましょう。

それまではくれぐれもご自愛専一にお過ごしくださいませ」










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