第八話 むしろ俺より詳しくないか?
「ダイヤ様がくださった魔法なら私も持ってるわ。私のはかまどの火力を調整できる魔法」
「僕は、明日雨が降るかわかる魔法。みんな何かを持っている。おかげでこの世界は平和になったし豊かになったんだ」
人々に特別な力を授け、
「二年前ダイヤ様が来るまでは、我らは魔獣の脅威にさらされていた。だけどダイヤ様はある日どこからかふらっと現れると、そいつの親玉を倒してくださったのだ」
人々を苦しめる悪い者を倒し、
「それなのにそのことで威張ったりしないとか、私たち下々の者にも分け隔てなく接してくれるとか、もう、素晴らしいところを挙げ始めたらキリがない。ダイヤ様がこの国に来てくださって本当に良かったわ! 救世主がダイヤ様でほんっと~に良かった!」
特別な力を持ち、皆に慕われ期待されている。
この世界での『ダイヤ』はそういう者のようだった。
バルバが鳥と魔法とを使って連絡をとった相手グラヴィの手を借りて、大埜は自分の素性を探った。
グラヴィという男はバルバの昔馴染みで、王城務めをしている男だった。彼は話を聞くなりすぐに人を集め、しかし広めすぎることはせず、王城の一室にてこの世界のことや大埜のことを語らせた。
「つまり、こういうことだろ?」
そう言ってから大埜は自分なりに要約した結果を発表した。
「異世界に転移したらチートが過ぎて世界をあっさり平和にした挙げ句、みんなに愛される『宝』になっちゃいました」
「それ、なんでございますか?」
「異世界もののタイトルっぽくしてみたんだけど」
うまくまとめたつもりだったが盛大にすべったみたいだった。そもそも予備知識がない人間相手に使用する例え方ではなかったのかもしれない。
「今のは無しだ」
「そうでございますね。今回は転生なのか転移なのかはっきりしてございませんので、それでは正しくないでしょうし、そもそもセンスがあまりよろしくないようで」
もっと具体的かつオリジナリティのあるワードを盛り込んでいかないと、数多ある作品群の中では埋もれてしまうかと、と続ける頭屋。
「……知ってるんじゃないか。ってか、むしろ俺より詳しくないか?」
「とんでもない。私など、嗜む程度でございますよ」
「嗜む程度、ねえ」
どこまでが真実かわからない頭屋の話を聞きながら、大埜は集まった人たちを見た。
グラヴィは小さな部屋に、大埜と関係のある人間の中から最小限の人数を集めたと言っていた。まず身近にいる人たちがホンモノであると確認しようとしたのだ。しかしその部屋は『小さな部屋』と言うには大きく、『最小限』と言う割に実に賑やかな人数が集められた。
部屋が豪華な装飾で飾られていたり、集められている人たちが老若男女いろいろであるという点は違うが、二クラス合同でやる体育の授業時の密度みたいだなと大埜は思った。
その一人一人が大埜のことを知っていて、大埜の知らない『思い出』を順に語ったわけだ。
初めはくすぐったくて、次第に気味が悪くなっていった。
大埜の頭の中には一冊のアルバムが浮かんでいた。まっさらなアルバムだ。集まった人たちから話を聞くというのは、そのアルバムに一枚一枚写真を貼っていくような感覚だった。
誰のものかわからないアルバムに、写真を貼っていく。
一枚、また一枚と写真が増えていくと、その景色に付随した思い出が刻まれて、一つの人格を成していく。
どれもこれも、誰かから聞いた『思い出』のはずなのに、写真が増えるごとに思い出は鮮明になって、人から聞いた話でしかないはずなのに、まるで自分の正しい記憶のように思えてくるのだ。
初めはくすぐったくて、次第に気味が悪くなっていって、今は何だかあたたかだった。
今、この場に立っていることが、とても自然なことに思えた。
ここにいてもいいかもしれない。
そう思ってしまって、はっとした。
「違う違う! 俺、元の世界に戻る方法を――」
慌てて叫びかけた。
しかしその先と人々の反応を気にする必要はなかった。大埜が吐き出した言葉は『ムリエル』の大きな声に掻き消された。
「ごきげんよう、みなさん」
開け放たれた扉。腰に手を当てて、両脚は肩幅に開き威勢良く、背筋はピンと姿勢良く、不敵な笑みで登場した少女は、ムリエル。
初めて見るはずなのに、その少女がムリエルという名前で、この国の第三王女だということを大埜は知っていた。そして彼女が自分に好意を寄せていることも知っている。
水面をキラキラ跳ねる光の色をした髪。目尻がキリッと上がった力強い目は、しかしまだ幼さを残した眼差しで、視線を向けられれば誰であろうと魅了されてしまうほど魅力的で。それでも「そう簡単にはいかないんだから!」と言わんばかりの勝ち気な表情からはじゃじゃ馬の気配をひしひしと感じる。
ムリエルの登場に、部屋の空気は一気に華やいだ。
「話は聞いたわ。この集まり、私がいなければ成立しないと言っても過言ではないのに――いえ、そうとしか言えないのに、どうして呼んでくれなかったのかしら?」
たっぷり膨らんだドレスのスカート部分を内側から蹴り上げるかのような大きな足の運びで、部屋の真ん中辺りまで進み出た。
「ええと……」
答えに困る大埜。
ムリエルはさらに前進して大埜の前に立った。
「ごきげんよう、ダイヤ様」
ニコリと微笑む。眼差しは強いままだ。
「この会が私ナシで進められるだなんて信じられない。ダイヤ様のことを一番知っているのは、誰が何と言おうと、この私でしょ」
ドンと胸を張って言う。全身からあふれ出る力強さに反して、そこのボリュームは遠慮気味というか控え目だった。
「何で呼ばなかったんだよ」
ムリエルの胸元から視線を移動させ、脇に控えていた頭屋を見る。頭屋はとぼけた顔をして「さて」と首を傾げるだけだ。
「まあ、そうか」
大埜はふうっと息を吐いた。
今回のことはすべてグラヴィが手配してくれたことだ。
「何で呼ばなかったんだ?」
今度はグラヴィに対して言った。年上なのだから敬語を、と頭では考えたはずなのだが、自然に口から出たのはタメ口だった。どうやら『ダイヤ』という少年は誰にでもそうだったらしい。
グラヴィは大埜の視線を受けとめて、「ああ」とまず一声漏らした。それから間を開けず「呼べるわけないでしょう」と答えた。
「私は王家に仕える者だ。姫様を疑るようなことをするわけにはいかないよ」
そうだった。
これは、名目としては『ホンモノであることを確かめる会』であり『ニセモノを探す会』なのだ。
「本当はどちらでもないんでございますがね」と、耳元でこそっとささやいた頭屋を、虫でも払うように追い払う。
「仲間はずれにしたとかそういうわけじゃなくて」
「それじゃあ、どういうわけで?」
ぐいと、綺麗な顔が迫ってくる。
「だから、グラヴィが言った通りムリエル様を……そう! ムリエル様を信じ切ってるから! そういうこと」
大埜は自分の言葉にウンと頷いた。
「その物言いでは、他の方々を信用していないように聞こえはしませんか?」
頭屋がまた耳打ちをする。
しかし集まった人たちは誰も不快な顔などしていなかった。それでころか同情するような顔で大埜を見ている。ある人はムリエルの視界に入らぬところで「ガンバレ!」と大埜を応援する仕草をしてみせた。ムリエルの扱いの面倒さを皆理解しているのだ。
「私を信じてる。信じ切っている。……何て良い響きかしら。ダイヤ様の声で聞けばなおいっそう。ああ、もう一度言ってくれないかしら! …………って、あら? 信じ切っているのなら、むしろ最優先で誘うべきじゃない?」
めまぐるしく表情を変化させたムリエルは、最後にきょとんとした顔に落ち着いた。
まんまるにした目。ぱちぱちと何度か瞬かせると、長い睫毛が一緒に揺れた。
「…………んん?」
そう返した自分も同じような顔をしていただろう。
目を丸くしてお互いを見合う大埜とムリエル。
「何やら話が噛み合っていないようで」
頭屋が間に割って入った。
胡散臭い笑み。商売人――もといペテン師の顔だと大埜は思った。




