第五話 僕たち、仲間じゃないか
中吉の世界での役目をようやく終えた。
魔王を討ち果たした勇者一行が無事帰還すると、コメッサァでは数日に渡って祭りが行われた。勇者一行の功績を讃え、平和の訪れを祝うものだった。
三日目の夜。頭屋は突然現れた。祭りの会場に当然のようにいて、目の前のご馳走に目を輝かせていた。
「いえね、うまいものと珍しいものにはどうも抗えなくって」
言いながら街の広場に並んだテーブルを渡り歩く。そのあとをついていきながら、大埜は苛立ちを隠さず言った。
「こっちに来てから何日経ったと思ってるんだよ」
「まあそれなりに経ってございましょう。なにせ魔王を倒す旅でございますから」
何か問題でも、ととぼける。
「早く戻らないといけないんだよ。初詣の約束してるんだ。遅れるわけにはいかないんだよ」
「これはまたおかしな言いぶりで。何日も経っているのなら、あの日の初詣の約束などとっくにどうにかなっていましょうに。それが間に合うような仕組みなら、急ぐ必要などないのではございませんか」
「いいから、早く引かせろ」
籤筒を奪い取ろうとする。
「ああっ。無理矢理はいけません! 紐が切れてしまいます」
「お前こそ大きな声を出すなよ。俺が悪いことしてるみたいに見られるだろ」
人目を気にしながらも、頭屋の体から籤筒を器用に引き剥がした。すぐさまひっくり返して乱暴に振る。籤筒の無事を心配した頭屋が悲痛な叫びを上げながら大埜の行動を見守っていた。
カランと音がして細い棒が出た。
番号を読み上げる。
「八十一番!」
大埜は頭屋が背負っている整理箱の引き出しを下からたどった。
「末広がりの八とは、これは縁起が良い」
「そういうのは八十八とか八が揃ったときに言えな」
「あらまあ。結構厳しいんで」
「一個目の番号覚えてるか? 『五十八』だよ。そのときはお前、縁起がいいとか言わなかっただろ」
「そうでしたっけ? それよりもしばらく会わないうちに何だか口が悪くなってございませんか? 私のこと『お前』だなんて呼んでいなかったような」
「長い異世界生活のせいだよ」
「それはそれは。大変な旅だったんでございますね」
「いや。旅が大変だったんじゃなくて、長くなったせいでお前への怒りが増しに増してさ。少しの敬意も払いたくなくなったんだ」
「それはそれは。あ、八一番、開けましょうか?」
誤魔化すように頭屋は言った。
その態度にさらに苛立ちが増す。
いいよ、と彼の手を払って中の神籤箋を取り出した。そこでようやく辺りがざわざわと騒がしくなっていることに気がついた。
「ダイヤあ、やっと見つけたよ」
大柄な男が人の波をかき分けこちらに向かってくる。その後方でキャアッと黄色い声が上がった。
「マルテロ。それにアルコも」
「クァナもいるよ」
若い女性たちにもみくちゃにされながらアルコが顔を見せた。そこから少し離れたところでひょこっととんがり帽子の先が見え隠れする。クァナは人の波を縫い少しずつ前進しているようだったが、ときどき押し戻されてもいるようだった。
長い旅の中で、そういう光景はたまにあった。そんな彼らの様子を眺めながら和むことが多かった。
だけど今の心持ちではそんな風には感じられない。
頭屋への苛立ちと、今この場で仲間たちと会ってしまった後ろめたさ。
頭屋を責めていた大埜の勢いは少し弱まった。
その動きをどう見たか。
アルコの右の眉がぴくりと動いた。
「お友だちかい?」
いつもの調子でアルコが言う。視線は頭屋へと向いていた。
「ああ、ええと」
「わたくし、籤売りの頭屋という者でございます」
ニコリと笑んだ顔は媚びる商売人の顔。
「籤売り? 賭け屋の類いかい? それとも占い屋かな?」
「いえいえ。わたくしどもの世界に御神籤というものがございまして、まあそれが何かというところから説明を始めますとそれなりに時間が掛かるんでございますが」
言いながら頭屋はちらりと大埜の手の中にある神籤箋を見る。
「あなた様が欲しい答えだけ申しますと、こちら様は――そういえば名前を聞いてございませんでしたね」
大埜の顔を見てぱちくりと目を瞬かせる。
「今それ?」
「二人きりでは呼ぶ必要もなかったもので気に留めませんでしたが、この状況では」
「まあいいけど。大埜。能堀大埜」
頭屋は「素敵なお名前で」と言って目を細める。そのまま口もとを緩ませてアルコと向き合った。
「僕らの名前は聞かないのかい」とすかさず言ったアルコの顔は意地悪をするときの顔だった。
「必要ございませんので」
その意地悪を笑顔で跳ね返す。
遅れてたどり着いたクァナが「あれが普通か?」と尋ねたものだからアルコは苦々しく笑うしかなかった。
「あなた様が欲しい答えだけ申しますと、能堀様はこの御神籤でこちらの世界に来まして、これからまた他の世界へと移るところなんでございます」
「『他』じゃなくて『元』な」
「それは神籤箋を開いてみなければわからないことでございましょう?」
「そうだけど、俺が望んでるのは『元』だから」
「――ということでございます」
頭屋はアルコに笑顔を向けた。
「どこか、ここではない世界へと移るために籤を引く。それを今行っていたということなのだね」
アルコの問いは大埜へと向けられた。大埜が答える前に「水くさいな」と漏らす。
「わかっていたことだからね。別に構わないよ。しかしおかしいな。たしかダイヤは城の魔術師たちが描いた魔法陣によって召喚されたと聞いていたが」
「こちらの御神籤で開いた扉と、あなた様の世界の方が開いた扉とが、入り口と出口の役目を果たしたと、そういうことかと。何にせよ、能堀様は自ら次の御神籤を引いたんでございます」
「ダイヤが……そうか」
アルコがふっと笑った。
「戻らなければいけないから戻るのだと思っていたのだけれど、どうやら違うようだね」
言い方に含みがあるのは大埜にもよくわかった。
「それは、ごめん」
「別に謝ることではないよ。当然のことなのだから。……いや、やっぱり謝ってもらいたいかな。僕らに挨拶もなく行こうとするなんてひどいじゃないか」
アルコはダイヤの肩を掴んだ。
「僕たち、仲間じゃないか」
そう続けて、しっかりとダイヤを抱きしめる。
「そうだよぉ。ちゃんとお別れさせてくれよ」
二人に覆い被さるようにマルテロが加わる。
「ほら、クァナも」
アルコが手招きするのを見てクァナは眉をひそめた。「それが普通か?」と言おうとしたのを制して、マルテロが無理矢理三人のもとに引き込んだ。
マルテロの筋肉の硬さと、アルコの香水の甘ったるさと、クァナの指先の冷たさを感じると、大埜の胸は苦しくなった。熱い抱擁のせいかもしれなかったが、胸が苦しくて、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ごめん。みんな、ありがとう」
中吉の世界は居心地が良かった。
だから早く御神籤を引いてしまいたい、とそういう気持ちもたぶんあったのだ。もちろん急ぐ理由の一番は由布季との約束のためということであったが、この居心地のいい世界から早く抜け出さなければという焦りがあった。魔王討伐と言う役目は苦難を伴うものだったが、仲間との旅は楽しいだとか嬉しいだとかそういうものが多くて、「離れがたいな」という気持ちが大埜の中には少なからずあった。
それを振り切るには、彼らと別れずにこの世界から去らなければならないと思っていた。
しかしそういうわけにはいかなかった。
大埜は神籤箋を開く前に彼らとの『別れ』をしっかりと経験することとなった。




