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異世界御神籤  作者: 葛生雪人
一章 悩める少年と初詣と御神籤

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3/7

第三話 『アタマ』に『屋根のヤ』で『頭屋』でございます

 少しでもポイントを稼がなければと思ったのが悪かった。

 あんなやりとりをしながらも早めに待ち合わせ場所にたどり着いて、余裕綽々で「『待った?』って? 全然。俺もさっきついたばっかりだから。本当だって。それに、もし待ったとしても由布季を待つ時間なら少しも苦にならないよ」とか言えば、「なに? 大埜ってこんなにカッコよかったっけ?」という具合になるかもしれないと期待したのだ。

「いや、さすがにカッコつけすぎか」

 言っている自分の姿を想像して苦い顔をした。

 そんなキザな台詞を吐かないまでも、先に着いているのはやはり印象が良いだろうと、大埜は近道を選んだ。

 通ったことのない道だった。

 地図アプリを見る限り、たしかに駅前にショートカットできる道のようだった。

 だが初めて通る道の景色に、大埜は心細くなる。本当に通り抜けられるのだろうか。由布季より早く着くことができるだろうか。

 ひとつ不安になると、次々と考えてしまうもので。

 学校のグラウンドの直線コースくらいだから、きっと二〇〇メートルくらいの通りだろう。一方通行。歩行者が立ち止まったり避けたりしなければ普通車以上の大きさの車は通れないような細い通りは、曇天のせいもあるのか端から端まで薄暗く、一歩進むごとに森の奥へと入り込んで行くような感覚があった。

 森の奥へ、深く進む不安と爪の先程のワクワク。トッ、トッ、トッ、トッと胸の辺りが騒がしい。早足の鼓動に不安の早打ちが重なった。跳ねそうになる心臓を押さえるように、大埜は胸元に拳をあてがった。

 鼻の奥に冷たい空気がつうっと通った。

 通りの中ほどにさしかかったところで、冷気の中にお香のような匂いを感じた。

 自然と匂いの出処を探っていた。

 早足だった足どりがぴたりと止まる。

「……神社?」

 甘やかな匂いは道の途中、右手の住宅地の並びに不自然に現れた石造りの鳥居の向こうからやってきたようだった。

 急いでいたはずなのに、何となく気になって鳥居をくぐった。

 うっそうと草木が生い茂る短い参道と、小屋と見間違うほどの小さな社殿があるだけの神社だった。

 歴史を感じさせるというよりは、ただただ古いといった印象だった。足もとに敷かれた玉砂利の量も満足ではない。ところどころ土が見えてしまっていて、長い間人の手が入っていないのだなと感じた。

 だから、賽銭箱の辺りに人影を見つけたときには心臓が止まるかというほどに驚いた。

「あらまあ、これはこれは珍しい。お参りで?」

 人懐っこそうな笑顔で、男が言った。

 この空間にぴったりではあるが、この辺りでは()()()()な出で立ちの男だった。

 大埜がまず思ったのは、いったいいつの時代の衣裳なのだろうということだった。日に焼けてしまったような風合いの紺色の半纏に腰紐をキュッと締め、太もも部分がふんわり広がったズボンを履いている。脛の辺りは同色の脚絆を巻いて、さらに下はというと足袋。教科書や時代劇でしか見たことのない格好だった。

 だというのに、男の頭髪はギラギラとした金色で、狸の冬毛のようにフサフサ、ふわふわしていて、衣裳とはちぐはぐの印象だった。

 関わらない方がいいかと、わずかに後退った。足もとの砂利が大袈裟に音を立てた。

「俺、道に迷って…………ええと、急いでるんで」

「願いごとがあるんでは?」

 元の道に戻ろうとしたところに、男がそんなことを言った。

 体の向きを変えようとしていた大埜は、中途半端な体勢で止まる。

 視線を男の方に遣った。

 男は変わらず笑顔を浮かべ、まんまる眼鏡の奥、細く開いた目でこちらを見ている。

「どうにかしたい願いごとがあるんではございませんか」

「どうしてそれを」

 言ってから、男の言葉は単なる当てずっぽうだったかもしれないと後悔した。よく考えてみれば、何かで見た詐欺師の語り口に似ていた。

「迷うているなら、試しに一枚どうです?」

 男はたすき掛けに掛けていた紐の先にぶら下がっている物を大埜に見せつけた。

「筒?」

 六角形の大きな筒には見覚えがある。

「おみくじのやつか」

「そうそう。こいつで出た番号の引き出しから御神籤を戴くんでございます」

 そう言いながら今度は背中に背負しょった箪笥のようなものを見せた。背負子に括りつけられたそれは、小ぶりで奥行きが浅い、おもちゃの箪笥のようななりであった。スマホ画面の半分ほどもないような大きさの引き出しがびっしり並んでいて、男の言うとおり、一つ一つに番号がふられていた。そういう仕組みの御神籤があるというのはテレビで見たことがあるが、実際に目にするのは初めてだった。

「俺が毎年行く神社のは、おみくじがいっぱい入った箱に手をつっこむタイプのだったから」

「それならなおさら。試しに一枚どうです?」

 『試し』の意味合いが変わったように聞こえた。

「お兄さんはここの神社の人なんすか?」

「いえいえ私は神様の使いでございます」

「それって神社の人ってことだろ……ですよね」

「いえいえ。神様の使いで、籤売くじうりの頭屋とうやという者でございます」

「トウヤ、が名前?」

「ええ。そうでございます。『アタマ』に『屋根のヤ』で『頭屋』でございます」

 そう言ってきざはしの最上段に腰掛けて、箪笥と籤筒くじづつを並べた。即席の授与所を設け、おいでおいでと手招きをする。

 大埜はスマホの画面を見た。

 時間にはまだ余裕がある。気味は悪かったが引いてみてもいいかなと思った。今日うまく行くかどうかをここで占ってみてもいいかと、そう思った。

 良い結果だったら予定通り事を進めればいいし、悪ければ今日のところは距離を縮める事に専念して、告白はまた次の機会にしてもいいだろう。

「そうだな。それじゃ一回」

 いくらですか、と尋ねると頭屋は「いりませぬ」と首を振った。

「それよりもまずはお参りを。御神籤を引くには手順というものがございまして」

「そういうのいいよ。俺、そこまで信心深くないからさ」

「ええぇ? でもそれじゃあ神様のお言葉が正確には――」

「これをこうすればいいんだっけ? あれ、出ないな。振り方が悪いのか? えっと……えいっ。えいっ! あ、出た!」

 オロオロと取り乱す頭屋をよそ目に、大埜は籤筒をひっくり返した。何度か振ったところでようやく一本、細い棒がスルッと飛び出す。

 それを手に取って、先端に書かれた数字を読み上げた。朱色で『五十八』と書かれている。

「うえっ。この引き出し、そんなにあるのか」

 引き出しに書かれた数字をたどりながら大埜は顔をしかめた。

「百といくつかございます。なので五十八といえばこの辺りに」

 正しい手順を説くのを諦めたらしい頭屋が大埜の指を追い越す。五十八の引き出しにたどり着いて、指先でトンと小突いた。

「五十八番。さあどうぞ」

「それじゃあ、開けるぞ」

「どうぞどうぞ」

 商売人のような笑顔で頭屋が囃し立てる。

 大埜はつまみを引いて中の御神籤を取り出した。

 丸まった御神籤をそろりと開き伸ばす。

 真っ先に吉凶の欄を探す。

 末吉、という文字を見つけて何となく残念な気持ちになった。続けて『願望ねがいごと』と『縁談』の欄を確かめようとする。

 しかしそれより先に、他の文字が目に飛び込んだ。『争事あらそひ』と書かれた文字とその下に書かれた文言が紙面からせり出し、それ以外の言葉を蹂躙する。

 大埜の目には『末吉』と『争事』の欄だけが映っている。

「なんだ……これ」

 大埜はその場に尻餅をついた。

 ぺたりと座り込んだ目の前に、頭屋がしゃがんで視線を合わせる。

 目を細めて、善とも悪ともつかぬ顔つきで笑った。

「何って、御神籤ですもの、神様からあなた様へのありがたい贈り物でございますよ」

 彼が言い終えるのを待たず、神籤箋みくじせんは眩い光を放ち、そして大埜の全身をぺろりと食った。




 大埜の意識は、抜け道の途中にあったあの神社の境内で一度途切れた。

 ぷつんと途切れて、次に視覚や聴覚が働いたのは見知らぬ風景の中だった。遅れて仕事を始めた嗅覚が嗅ぎとった匂いをはっきりと覚えている。

 物が焼ける匂いだった。

 木や草が焼けるといった、どこかで嗅いだ覚えのある匂いとは違っていた。何か嫌な類いの焦げ臭さがまじっていた。

 それはあらゆるものを焼き尽くした、戦場の匂いだった。

「こんなの……誰が信じるんだよ」

 困惑が笑いに変わる。

 大埜は引きつった笑いを見せながら、目の前に広がる景色に悪態をついた。

 誰が信じるか。

 御神籤を引いて得た神様からの贈り物は、異世界だった。



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