第十二話 そんなことまで、王女様がやるもんなのか?
魔法でちゃちゃっと。
バルバの助言に従って、そうしてみるつもりだった。
しかし魔法を使うにも体力が削られるのだと知る。ゲームや何かでは、魔力だとかMPだとかいうものがあるから、この場合体力というのが正しいのかはわからないが、何にせよ思ったよりも疲れるものだ。
やけに上り下りの続く、学校のマラソン大会をやり切った後のような疲労感が大埜を襲っていた。
「ですが、まだ半分もいっていないようで」
頭屋が辺りを見回す仕草を見せる。
むかっ腹が立って、廃棄される部分だという茎や葉を団子にして投げつけた。
「な、何をなさるんで! ……って、誰かこちらにいらっしゃいますねえ」
半纏に引っかかった茎などを払いながら、もう一度、遠くを見るような姿勢を取る。
「あれは……」
答えが出るのとそう変らないタイミングで、その『誰か』が声を上げた。
「やあ! ダイヤ様じゃないか!」
五、六騎ほどの騎馬の連なり。その先頭にいた者が声を上げたようだが――その出で立ちや声から察するに、どうやらサルワトールのようだった。
だいぶ近くまで来て、やっぱりそうだと大埜は納得した。
狩猟服に身を包んだ男たちとともに畑に現れたサルワトールは、大埜たちのもとまで来るとサッと馬から下りて爽やかに笑った。
「まさかこんなところでお目にかかるとは。ダイヤ様方はこちらで何を?」
ぐるりと辺りを見渡す。
作業途中の畑と片隅に積まれたカボチャのような野菜を認めて「なるほど」とこぼした。
「それにしてもバルバも、相手がダイヤ様だからと言ってずいぶんな量を押しつけたものだな」
「やっぱりそう思う?」
それを聞いてげんなりする大埜。
サルワトールはフフと小さく笑った。
「サルワトール様もバルバの手伝い?」
大埜が問うと、「いいや」と一度は言ったが、それをすぐにまた否定した。
「まあ、私もバルバの手伝いのようなものか。この辺りに害獣が出たとの報告があってな。それで様子を見に来たというわけだ」
「害獣?」
大埜は頭屋を見た。
「農作物などを荒らす獣のことでございますよ」
「あまり被害が大きいようならば、手を打つ必要があるからな。それでこうして状況の確認に来たというわけだ」
「そんなことまで、王女様がやるもんなのか?」
「何だってやるさ。私にできることならば」
サルワトールは自然な流れで大埜たちと並んで立つと、同じところから、広大な農地を眺めた。
「あなたの影響だよ」
突然、彼女はそう言って、微笑んだ。「え?」としか反応できなかった大埜の声は、空高いところを飛んでいた猛禽の鳴き声に塗りつぶされる。
サルワトールは大埜の方には視線を遣らず、遠くまで広がるフェリキタスの大地を見つめながら続きを告げる。
「あなたという人は、魔獣の王の討伐などという大きなことを成し遂げただけでは飽き足らず、その後もこの世界に留まって、こうして、市井の人々の願いを一つ一つ叶えようとしているではないか」
「いやそれは……」
誤解だとはっきり言うべきか。本当のところはそんな高尚なものではない。ただ御神籤を引くためにそうしているだけなのだ。
そもそも、魔獣の王の討伐に関しては大埜自身のあずかり知らぬところで行われたことである。自分のものではない功績で褒められ敬われるというのは何ともむず痒い。
しかし彼女はそんなこととは知らずにさらに、大埜に対して抱いている思いを打ち明けた。
「私もあなたのようになりたいと思う。あなたのようになって国を守り、民を守りたい。私に与えられた役目を果たしたい。そしてやがて王位を継ぐことになる姉様を支えたい。……ついでにムリエルの面倒もみてやらないとな。あの子はあなたを好きすぎるあまり、他をないがしろにするところがあるからな」
フフフと笑ってから、ようやく大埜の方を向いた。
まっすぐに視線を合わせると、口もとを緩ませる。
「これからもどうか共にいて、この国を、私たちを、見ていてほしい」
言ってから、サルワトールは「しまった」という顔をした。「いやこれは、」と言い訳を探しながら頬を赤く染めた。
「それでは」
と、まだ頬に赤みを残したままサルワトールは害獣被害の調査に戻った。
去り際に「もしもあなたの前に現れたならそのときは頼むぞ」と協力を仰ぐことを忘れない。
遠ざかっていく数騎の騎馬を見送りながら――その中の特に先頭を行くものを見つめながら、大埜はふうっと息を吐いた。
ムリエルから向けられた明らかな好意と、サルワトールからの厚い信頼。どちらも、悪い気はしない。悪い気は、しないのだ。それが自分を悩ませているのだと、もう一度、今度は重苦しい息を吐いた。




