第5章:屋台の大繁盛と辺境伯の影
翌日、マルタさんの言葉通り、「狼のねぐら亭」の軒先を借りて、私の小さな屋台は開店した。手作りの木の看板には、拙いながらも「名物!勝利の飯」と書かれている。
初日から、屋台は信じられないほどの盛況ぶりだった。
噂を聞きつけたのは、昨夜カツ丼の洗礼を受けた騎士団の若者たちだ。彼らが「昨日食ったアレはマジですごいぞ!」と仲間を連れてきてくれたのを皮切りに、その噂は瞬く間に町中を駆け巡った。
「なんだって? 食うと力が湧いてくる飯?」
「討伐帰りの腹ペコにはたまらねえらしいぜ」
屈強な冒険者や、力仕事の多い職人、遠方から来た商人たちが、次から次へと屋台に列を作った。
「ヴィクトリー・ボウル、一つ!」
「こっちにも二つくれ!」
私は慣れない手つきで注文をこなしながら、休む間もなくカツを揚げ、卵でとじていく。てんてこ舞いの忙しさだったが、不思議と苦ではなかった。むしろ、自分の作った料理を「美味い!」「最高だ!」と満面の笑みで食べてくれる客の姿を見ていると、胸の奥から温かいものがこみ上げてくる。王城では決して得られなかった、確かな充実感がそこにはあった。
特に、騎士のレオはすっかり常連中の常連になっていた。彼は毎日のように騎士団の仲間を引き連れて現れ、私のことを「アリア姉」と呼び慕ってくれる。
「アリア姉! 今日も最高に美味かったぜ! おかげで午後の訓練も乗り切れそうだ!」
そう言って豪快に笑う彼は、いつしか屋台の用心棒代わりのような役割も務めてくれるようになっていた。
私の屋台の成功は、思わぬ形でこのフォルティスの町に良い影響を与え始めていた。ヴィクトリー・ボウルの需要が高まったことで、これまで厄介者扱いだった魔物「ブルートファング」が貴重な食材となり、猟師たちの収入が増えた。パサパサで不人気だった「シルキーライス」も、私の炊き方が広まったことで見直され、農家が潤い始めた。小さな屋台が、町の経済を静かに、しかし確実に回し始めていたのだ。
そんな中、この辺境一帯を治める領主、辺境伯カイ・ヴォルフガングの耳にも、私の屋台の噂は届いていた。
「ヴィクトリー・ボウル、か」
執務室で報告を受けたカイは、静かにつぶやいた。彼は、最近町が妙に活気づいている理由を探るよう、部下に命じていたのだ。その原因が、追放されてきたという素性の知れない女が始めた、たった一つの料理にあるという。
「興味深い。一度、確かめに行く必要があるな」
そして、ある日の午後。そろそろ店じまいをしようかと考えていた私の屋台に、一人の男がふらりと現れた。フードを深く被っていて顔はよく見えないが、只者ではない威圧感を放つ、非常に背の高い男だった。町の荒くれ者たちとは明らかに違う、静かで、張り詰めた空気をまとっている。
彼は何も言わず、指で「一」とだけ示した。
「……はい、ヴィクトリー・ボウル、一つですね」
私は少し緊張しながらも、手際よく最後のカツ丼を作り、彼に手渡した。
男は屋台の隅にある簡素な椅子に腰かけると、フードを少しだけ上げて、無言でカツ丼を食べ始めた。一口、また一口と、ゆっくりと、しかし着実に食べ進めていく。その食べ方はどこか真剣で、まるで何かを確かめているかのようだった。
やがて、どんぶりは綺麗に空になった。男は立ち上がると、カウンターに代金より少し多い銀貨を置き、また何も言わずに静かに去っていこうとした。
その背中に、私はなぜか声をかけたくなっていた。
「あ、あの……お口に合いましたでしょうか」
男は一瞬だけ足を止め、こちらを振り返った。フードの影から見えた金色の瞳が、鋭く私を射抜く。彼は少しだけ間を置いて、小さく、しかしはっきりと頷いた。そして、今度こそ人混みの中へと消えていった。
不思議な客だった。あの威厳のある佇まいと、食事中の真剣な眼差し。そして、去り際に感じた、どこか寂しげな背中。
それが、この辺境の領主、カイ・ヴォルフガングその人であり、私たちの運命的な出会いになるとは、この時の私はまだ知る由もなかった。




