第4章:誕生、勝利を呼ぶ黄金の丼
厨房に、心地よいリズムが生まれる。まずは、最大の課題であるブルートファングの肉。果物に漬け込んでおいた肉は、驚くほど柔らかくなっていた。筋を丁寧に切り、均一な厚さになるように叩いていく。塩と、この辺りで採れる胡椒に似た香辛料で下味をつけた。
衣は、小麦粉をまぶし、巨大なロックバードの卵を溶いたものにくぐらせ、そして、硬くなった黒パンを細かく砕いた自家製のパン粉をたっぷりとつける。日本のパン粉のようなきめ細やかさはないが、逆にザクザクとした食感が期待できそうだ。
鍋に、動物性の油を熱する。菜箸を入れると、細かい泡がしゅわしゅわと上がってきた。完璧な温度だ。
衣をつけた肉を、そっと油に滑り込ませる。
ジュウウウウウッ!
食欲をそそる音が、厨房いっぱいに響き渡った。同時に、油と小麦粉が揚がる香ばしい匂いが立ち上る。きつね色になるまでじっくりと揚げ、油を切ってまな板の上へ。包丁を入れれば、「サクッ」という軽快な音がした。よし、成功だ。
並行して、ご飯の準備も進める。パサパサしたシルキーライスは、多めの水で炊き、蒸らす時間を長めに取ることで、なんとか粘りを引き出す工夫をした。
そして、味の決め手、割り下。小鍋に、苦心の末に生み出した醤油風調味料とみりん風調味料、そして自家製の出汁を合わせる。火にかけると、甘辛い香りがふわりと広がった。これだ、この香りだ!
スライスしたオニオンリーフを割り下で煮込み、しんなりしたところに、切り分けたカツを乗せる。そして、とろりと溶いたロックバードの卵を、円を描くように回しかけた。濃厚な黄身が、カツと割り下の上でゆっくりと固まっていく。半熟になった絶妙のタイミングで火を止めた。
どんぶりに、炊き立てのシルキーライスを盛り、その上に、卵とじのカツをそっと滑らせる。
ついに、アリアンナ作、第一号の「異世界風カツ丼」が完成した。
黄金色に輝く卵、堂々としたカツの存在感、そして立ち上る甘辛い湯気。それは、私の知るカツ丼そのものだった。
「……できた」
安堵のため息をついた瞬間、ひょいと厨房に顔を出したのは、匂いにつられてやってきた女将のマルタさんだった。
「おやまあ、すごい匂いだね。一体何を作ってるんだい?」
「マルタさん! ちょうどよかったです。ぜひ、これを食べてみてください」
私は少し緊張しながら、完成したばかりのカツ丼を差し出した。マルタさんは、見たこともない料理を前に、少し警戒したように眉をひそめている。
「これは……揚げた肉を卵で煮たのかい? 変わった料理だね」
「私の、故郷の料理なんです。一口、お願いします」
私の真剣な眼差しに押され、マルタさんは恐る恐る木のスプーンを手に取った。カツと、卵と、ご飯を一緒にすくい、小さな口を開けて運ぶ。
その瞬間、マルタさんの目が見開かれた。
もぐもぐと咀嚼する動きが、どんどん速くなる。そして、ごくりと飲み込むと、彼女は興奮したように叫んだ。
「こ、これは……なんて料理なんだい! 肉は柔らかいし、衣は香ばしいし、この甘辛いタレと卵のとろとろが、ご飯と合わさって……! 美味い! こんなに美味いもん、食べたことないよ!」
マルタさんの手放しの絶賛。その言葉を聞いて、私の目から、ぽろりと一筋の涙がこぼれた。よかった。私のやってきたことは、間違いじゃなかった。
その夜。宿の食堂では、夕食の時間になっていた。客は主に、この町の警備を担う騎士団の若者たちだ。いつもは黒パンとスープだけの夕食だが、マルタさんが「今夜は特別だよ!」と宣言し、私が作ったカツ丼が振る舞われることになった。
その中には、血気盛んな若い騎士、レオの姿もあった。
「なんだこれ? すげえいい匂いだな!」
騎士たちは、初めて見る料理に目を輝かせている。そして、それぞれがスプーンを手に取り、勢いよくカツ丼をかき込み始めた。
食堂は一瞬静まり返り、次の瞬間、爆発したような歓声に包まれた。
「う、うめえええええええ!」
「なんだこの悪魔的な食べ物は!」
「訓練で疲れた体に、この味が染み渡るぜ……!」
「力が湧いてくる! これ食えば、明日の魔物討伐だって楽勝だ!」
特にレオは、どんぶりを抱えるようにして夢中で食べ進め、あっという間に完食すると、大きな声で言った。
「すげえ! まるで、勝利を祝うための飯みたいだ!」
勝利を祝う飯。
その言葉が、私の心にすとんと落ちた。前世の私にとっても、カツ丼は週の終わりを祝う「勝利の飯」だった。
そうだ、この料理の名前は、それにしよう。
「勝利の飯」
私のつぶやきを聞きつけたマルタさんが、ニヤリと笑って私の肩を叩いた。
「良い名前じゃないか! アリア、あんた、すごい腕を持ってるよ。……よし、決めた! 明日から、昼の時間に店の前で屋台を出してみな!」
屋台。自分の料理を、町の人に食べてもらう。
アリアンナ・フォン・ヴァインベルクの成り上がり伝説が、まさに今、この一皿のカツ丼から幕を開けようとしていた。




