エピローグ:幸せはカツ丼の香り
あれから、数年の月日が流れた。
私、アリアンナ・ヴォルフガングは、愛するカイと結婚し、今では二人の子供の母親となっていた。カイ様の銀色の髪と金色の瞳を色濃く受け継いだ、やんちゃな男の子。私に似て好奇心旺盛で、料理に興味津々な女の子。
「食堂ヴァインベルク」は、マルタさんやレオたちの協力もあって、今や王都にまで支店を持つ大レストランチェーンへと成長した。そして、私たちの始まりの地である辺境の町フォルティスは、「美食の都」として、国中から多くの観光客が訪れる、活気あふれる場所になっている。
私も、辺境伯夫人として、そして経営者として、多忙な日々を送っている。けれど、どれだけ忙しくても、家族のために厨房に立つ時間だけは、何よりも大切にしていた。
ある晴れた日の昼下がり。辺境伯邸の広い庭では、いつもの光景が繰り広げられていた。
「うまい! 母様のカツ丼は、世界一だ!」
カイが、大きな口でカツ丼を頬張りながら、満面の笑みで叫ぶ。
「父様、ずるい! 僕の方が先に食べ終わるもん!」
「わたしだっておかわりするんだから!」
息子と娘が、父親に負けじと小さな口をいっぱいに開けてカツ丼をかき込んでいる。その微笑ましい光景を、私はテラスの椅子に座って、目を細めながら眺めていた。私のふっくらと膨らんだお腹の中には、もうすぐ生まれてくる三人目の命が宿っている。
「母様、おかわり!」
「父様よりもたくさん食べるぞ!」
子供たちの元気な声が、庭に響き渡る。
幸せだ、と心から思う。
王城で断罪された日の、あの凍るような絶望は、もう遠い過去の記憶。今、ここにある温かい日常、家族の笑い声、そしてカツ丼の幸せな香りこそが、私が本当に求めていた宝物だったのだ。
私は微笑み、ゆっくりと立ち上がって、愛する家族の元へと歩み寄った。
「はいはい、今持っていくわね。たくさん作ったから、いっぱいお食べなさい」
私の人生は、カツ丼のように、どこまでも温かく、味わい深く、そして、とびきり幸せな香りに満ちている。




