第10章:偽物との対決と暴かれる聖女の嘘
王都に鳴り物入りで開店した「元祖ヴィクトリー・ボウル」の店。それは王家の威光を傘に着て、連日大々的に宣伝された。しかし、その評判は芳しいものではなかった。
「なんだか、油っこいだけで……」
「辺境の噂とは、全然違う味だな」
見よう見まねで作られたカツ丼は、私のレシピの魂である「割り下」の奥深さも、肉の下ごしらえの丁寧さも再現できていなかった。本物を知らない王都の民でさえ、その味に満足することはなかったのだ。
しかし、王家とリリアは「辺境で出されているものこそ、聖女様のレシピを劣悪に真似た偽物である」というプロパガンダを執拗に流し続けた。その影響は、じわじわと私の店にも及んできた。王都の商家から圧力がかかり、一部の食材の流通が滞り始めたのだ。ブルートファングの肉はカイ様のおかげで確保できていたが、小麦粉や香辛料など、細かな材料が手に入りにくくなってきた。
「このままでは、ジリ貧だわ……」
店のカウンターでため息をつく私に、カイ様は言った。
「ならば、こちらから打って出るまでだ」
「えっ?」
「本物の味を、王都の民に直接届ける。アリアンナ、私と共に王都へ来てくれるか」
カイ様の金色の瞳は、強い決意に燃えていた。守るだけではない、攻めるというのだ。
私たちは、この状況を打開するため、逆に王都に乗り込むことを決意した。カイ様は辺境伯として、「辺境の食文化交流」という正式な名目で、王都への訪問を王家に申請。これは正当な理由であるため、エドワード殿下も拒否することはできなかった。
この計画に、辺境の仲間たちが全面的に協力してくれた。マルタさんは「あいつらに本物の味を叩きつけておやり!」と発破をかけ、レオたち騎士団は護衛を申し出てくれた。さらに、カイ様と親交のあるドワーフの鉱山ギルドのマスターが、最高の切れ味を持つ調理器具一式を、エルフの里が希少な香草を、と辺境中の人々が私たちのために力を貸してくれたのだ。最高の食材と仲間たちの想いを携え、私たちは王都へと向かった。
王都では、カイ様と旧知の仲である、中立的な立場の大貴族の屋敷を借りることができた。その一角で、私たちは期間限定の「食堂ヴァインベルク 王都出張所」を開店した。
開店初日から、店の前には長蛇の列ができた。噂を聞きつけた者、偽の店の味にがっかりした者、怖いもの見たさの者。人々は様々な思いで、私たちの店を訪れた。
そして、一口、本物の「ヴィクトリー・ボウル」を食べた瞬間、彼らの表情は一変した。
「こ、これだ! 噂に聞いていたのは、この味だ!」
「偽物とは比べ物にならない……! 肉の柔らかさ、衣の食感、タレの深み、全てが完璧だ!」
本物のカツ丼が持つ圧倒的な美味しさは、王都の民の舌を瞬く間に虜にした。偽の店との味の違いは誰の目にも明らかとなり、王都の民心は、完全に私たちの方へと傾いた。
追い詰められたのは、リリアだった。彼女に残された最後の手段は、自らの権威を絶対的なものとして見せつけることだけ。国の最も重要な儀式の一つである「聖なる祈りの儀」で、民衆の目の前で奇跡を起こし、「やはりリリア様は本物の聖女だった」と人々に信じさせることだった。
そして、儀式当日。王城前の広場は、大勢の王侯貴族や民衆で埋め尽くされていた。壇上に立ったリリアは、純白のドレスを身にまとい、天に祈りを捧げ始めた。
「おお、聖なる光よ! この地に満ち、民に癒やしと豊穣を与えたまえ!」
しかし、いくら彼女が声を張り上げても、天候は変わらず、何の奇跡も起こらなかった。広場がざわつき始めた、その時。
「そこまでだ、偽りの聖女よ!」
響き渡ったのは、カイ様の声だった。彼は、儀式を見守っていた私と共に、壇上へと歩み出る。
「皆、騙されてはいけない! 彼女に聖なる力などない!」
カイ様が合図をすると、彼の部下たちが一人の男を壇上へ引きずり出してきた。それは、リリアに密かに接触していた、隣国のスパイだった。
「この男は、隣国の密偵だ。リリアは、この男と通じ、国の情報を売り渡していた。彼女が時折見せた『癒やし』の力も、この男がもたらした隣国の秘薬によるものに過ぎない!」
カイ様が掴んでいた決定的な証拠が、次々と開示される。リリアの力の源が、隣国から提供された希少なポーションであったこと。その見返りに、彼女が国の防衛情報などを流していたこと。全ての嘘と裏切りが、白日の下に晒されたのだ。
民衆から、怒号と罵声が上がる。エドワード殿下は、目の前の信じがたい光景に、ただ呆然と立ち尽くすばかり。
全ての嘘が暴かれ、もはや逃げ場はない。聖女リリアは、その場で王国の反逆者として捕らえられた。偽りの聖女の物語は、最も華やかな舞台の上で、最も惨めな形で幕を閉じたのだった。




