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僕はアサシンちゃんに狙われたい。

作者: 理乃碧王

「死んでもらうぞ――フリッツ・パウルゼン」


 ここは異世界ナロピアンのゾリゲン王国領土内の街。

 刻は夜半。暗い空には満月が輝き、青みがかった光が古い屋敷を照らしていた。

 その屋敷の屋根や壁の一部は蔦に覆われており年季を感じさせる。


「死んでもらうぞって……」


 そして、このいかにも怪しげな屋敷の主は魔術師フリッツ・パウルゼン。

 年齢は25歳、髪は金髪――と言いたいところではあるが〝黄朽葉(きくちば)色〟の髪。

 魔術師らしい細い体であるが、強力な魔法を使いこなすことが出来る。


「今日がお前の命日だ」


 淡藤色の髪をした女が冷たくそう述べた。

 その姿は口元を柿渋色のマフラーで隠し黒装束を着ている。

 手には小刀が握られ、逆手に持つその構えは手慣れた感じ――彼女は暗殺者である。


「安心しろ、楽に殺してやる」


 物騒な言葉を投げられながらもフリッツは、


(美人だな)


 と呑気に思った。

 女をよく見ると、キリッとした目元にスッと通った鼻筋だった。

 フリッツは目を擦りながら言った。


「あのゥ……寝ていいですかね。30時間という矛盾した高密度の魔法研究で疲れてまして」


 フリッツは麻の服を着て、簡素なベッドで横たわっている。

 どうやら寝込みを襲われているようだ。

 そんなフリッツを見て、女暗殺者は小さく囁いた。


「これから眠れるさ。永遠に」


 フリッツは慌てて言った。


「や、やっぱりまだ起きまァーす!」

「無理しなくていいぞ」

「無理していませんよ、奥さん!」

「黙れ……私は独身だ」

「彼氏は?」

「いない」

「ほっ……」

(コイツ……何か調子狂うな。というか人のプライベートを聞くな)


 女暗殺者は刃物をフリッツの喉元に突きつける。

 いざ殺らん――準備は万端であるがフリッツは祈りのポーズをしながら叫んだ。


「いやいや! ちょっと待って下さいよ! タイム! タイムです!」

「命乞いか?」

「いや、そうではなくて――」


 フリッツは頭を掻きながら質問をする。


「僕を殺す理由は何でございましょうか」

「貴様が闇属性の魔法を研究しているからだ」


 フリッツは、黄朽葉(きくちば)色の髪のように、少しくすんだ性格をしている。

 何が目的かは分からないが、闇属性の魔法を研究しているのだ。

 そもそも闇属性の魔法とは、魔族が使う禁断の呪文。

 それを人間が使うことは、非常に愚かで神に逆らう愚行である。


 今回の仕事の依頼人はゾリゲン王国の()()()()()()()()のもの。

 闇ギルドから直々に指名され、仕事を請け負った彼女。

 こうして屋敷に侵入し暗殺に来たというわけだ。


「なるほどね。僕の趣味にあれこれケチをつける人が――」

「死ね!」


 小刀が振り下ろされる。

 刃の先には、ポイズントードという猛毒を持つ魔物の体液が塗られており、少し紫色の光沢を放つ。少しでも傷をつけられると全身に毒が回る暗殺用の武器だ。


 ザクリ。


 音がした。感触は十分――十分のハズだが。


「バカなっ!?」


 女暗殺者は目を見開いた。

 目の前にいたはずのフリッツがいないのである。


「バカな――やつはどこに?」


 辺りを見渡すもどこにもいない。すると上から声がした。


「それは残像だ!」

「ちっ……」


 女暗殺者は「何が残像だ。お前は魔術師だろ、そんな超人技をするな!」と見上げるが、


「キャアアアアア――ッ!!」


 闇の狩人らしくない悲鳴を上げてしまった。

 女暗殺者の悲鳴にフリッツは逆に何事かと訊ねた。


「ど、どうした、アサシンちゃん!」

「な、何で……」

「何で?」

「貴様は……」

「貴様は?」


 女暗殺者はたじろぎながら指摘する。


「全裸になっているんだァ――!」


 フリッツは何と〝すっぽんぽん〟になっていたのだ。


***


「服が裂かれたのは、うかつのドジっ子だったな。残像で逃げ切れると思ったのが間違いだった」


 一人裸になり考えるポーズをするフリッツ。

 女暗殺者は構えているが、目は逸らしたままだ。

 生娘なのだろうか。男の裸に見慣れていないようである。

 フリッツは100万ゴールドな笑顔を浮かべて言った。


「次はどうしたらいい?」

「知るか!」


 女暗殺者は怒りで震える。

 この変態男は、悪びれなく下着もはかずにアレを晒している。

 こいつのコンプライアンスはどうなっているんだ、そう問い詰めたい。


「ん……手が震えているよ?」

「うるさい! だいたい下着はどうした!」

「今日は暑いじゃない。そんな日はノーパンで寝るんだ」


 そう述べて、フリッツは彫刻像のようなポージングを披露する。


(何だか頭が痛くなる)


 女暗殺者は、この男の意味不明な挙動や言動に翻弄されている。

 寝込みを襲った時、すぐに刺しておけばよかった。

 かっこつけて「死んでもらうぞ」なんて言わなければよかった。

 心底後悔していると、フリッツがつかつかと近付いてきた。


「いや全裸は涼しいね!」


 フリッツはザ・無抵抗主義と言わんばかりに、両手を広げながら間合いを詰めていく。

 どんどん迫ってくるフリッツに女暗殺者は、


「ふ、服を着んか――ッ!!」


 と叫んでしまった。

 やはり女のサガには逆らえない。これ以上、こんな変態の体など見たくもない。

 幼少時より両親の教育で暗殺者に仕立て上げられた彼女。

 これまでの暗殺稼業で、これほど殺りづらい相手は初めてだった。

 一方のフリッツはピタリと歩みを止める。


「服は隣の部屋にあるんですけど……」

「そこへ行け」

「えっ?」

「さっさと下着をはいて、服を着て、ここへ殺されに戻ってこいと言っているんだ!」

「アイアイサー!」


 フリッツは何故かルンルンと、おかしげなステップを踏みながら部屋を出て行った。

 女暗殺者はため息を吐く。


「ハァ……()りやすい相手と紹介されたんだが」


 この世界の殺し屋さんの相場は一人一殺につき1億ゴールド。

 相手が国の要人や凶悪な魔物であればあるほど法外な値段になっていく。

 闇ギルドより強く勧められた今回の仕事。

 強力な呪文を使用する魔術師であるが、報酬は低く確実にこなせる消せる相手だ。


(このままでは、暗殺者のクールなイメージが台無しになる!)


 彼女は暗殺者であるがまだ若い。

 これまで何度か死線を潜り抜けたが、まさか()()を見て動揺するとは……。

 男の裸ごときで動揺しては、この先暗殺者としてやっていけない。

 しっかりせねば。そう思った矢先だ。


 ()()()()()()()


「ああっ! し、しまった!」


 迂闊だった、マヌケだった。

 ターゲットをみすみすと逃がすような選択をしてしまった。


「逃がしてなるものか!」


 全裸であろうが何であろうが殺るべきだった。

 何で男の裸如きに動揺したんだ、私は女暗殺者だ。

 目指すは必殺仕事人! 世界一の殺し屋さんになるのだ!

 扉まで走れ! 駆けろ! ダッシュしろ!

 今ならまだ間に合うぞ、あの変態魔術師を殺っちゃうのだ!


 ドガッ!


「ぐふあっ!?」


 女暗殺者はフリッツに勢いよく開かれた扉に激突した。


「お待たせ。オサレな服を装備したぞ……ってアレ?」


 床には盛大に倒れた女暗殺者がいた。

 フリッツはまじまじと眺める。

 女暗殺者のマフラーが外れ、美しい素顔が露わになっていたのだ。


「ああ……思った通りだ。君の素顔は美しい」


 フリッツはこの出会いを神に感謝した。


「くゥ!」


 女暗殺者は急いで小刀を構える。


「今度こそ貴様を葬る!」

「いやいや……そんなことより」

「な、何だ」

「僕と結婚を前提に付き合って欲しい!」

「ハア?!」


 フリッツは自分の命を狙う女暗殺者に愛の告白をしたのだ。


***


「僕と付き合う? どっちなんだい?」

「頭に虫でも湧いているのか」

「冷たい反応だね。僕がこうして――」


 ザクリ。


「バカめ……」


 フリッツは首を横一文字に切り裂かれる。

 血が赤い花のように噴き出し倒れた。


「隙を見せるからだ」


 女暗殺者はクールに去るぜ、と言わんばかりに部屋の窓から飛び出した。

 今夜の仕事は完了。これでまた必殺仕事人に近付けたと思った。

 そして、スタリと地面に降り立つと――


「月がとっても青いから♪」

「な、何イイイィィィ!?」


 殺したはずのフリッツは、目の前でおどけていた。


「確実に私は……」

「君は()()()()()()()()()()だよ。都合のよい暗殺対象を脳内で作り一人踊ってたのさ♡」

「どういうことだ」

「催眠術を使用した」

(厄介だな……)


 こいつはどこかのドリアンな武闘家か。

 女暗殺者は心の中で、そう突っ込みながら構え直す。

 魔術師という話は聞いていたが想像以上の強敵。

 自分にこいつを殺せるか……少し不安な気持ちになる。


「まだまだ未熟だね。ジニア・アーカロイド」

「えっ?」

「鳩が豆鉄砲を食ったような顔だね、そういう顔も好きだよ。さっきまで僕を殺そうとしてたのに、今は困惑してる顔。尊い! 実に尊い!」

「な、何が尊いだ! 吐き気がする……」


 女暗殺者の背筋に冷たいものがぞくりと走った。

 名前を呼ばれた瞬間、長年の訓練で鍛えた殺気すら鈍ったのを自覚する。

 誰にも教えたはずのない本名。

 それをこの男は、まるで愛称でも呼ぶかのように口にしたのだ。


「それより……何故、お前が私の名前を知っているんだ」

「フフッ……フフのフ!」


 女暗殺者こと、ジニアは驚きの顔を隠せなかった。

 何故、フリッツは自分の名前を知っているのかと。


「それは簡単さ、ジニア。今回の仕事の依頼人は僕自身だからだよ」

「はあっ?」

「まだ理解していないのかい、子ネコちゃん? フリッツ・パウルゼンを殺すよう依頼したのは、このフリッツ・パウルゼン自身だと言っている」


 ジニアは頭を抱えた。

 この男は一体何を言っているんだ。

 自分を殺すように依頼する意味が分からなかった。


「ジニアという美しい暗殺者がいるという噂は本当だった。闇ギルドに高額の指名料を支払ってよかった」

「なっ……」

「もう一度言うよ――()()()()()()()()()()()()()()()()


 ジニアはハッと気づいた。

 会話中に奥さんだの彼氏だの、やたらと自分の個人情報を訊いていた。

 こいつは暗殺を婚活に利用したのか。

 全裸になったのもワザとに違いない。そう思うと怒りが湧く。


「断る!」


 横一文字に再び切り裂いたが……。


「フッ……残像だ」

「ま、また!?」

「今度は安心して下さい、はいてますよ」


 フリッツは裸になっていた。ただし上半身のみでセーフ。

 しかし、うら若き乙女に裸体を晒す姿は立派な変質者。

 終いには次のようなセクハラ発言をする。


「一緒に愛の既成事実を作りましょう」

「こ、このケダモノめ!」

「可愛げのない子だ。僕の研究した闇魔法で操作してやる――」


 フリッツが何やら呪文を唱えた。黒い渦がジニアを覆う。

 ジニアは自分の意識が遠くなることを理解した。


「な、何を……」

「魔法さ。君を永遠に僕のものにするためのね」


 ピンチ!

 ジニアはこのまま薄い本のような展開に――。


 バカッ!


「うぼあっ!?」


 なりません。

 コンプライアンス違反は物理で解決されました。

 フリッツは後ろから棍棒で殴られ意識はブラックアウト。

 ジニアが見ると、そこには革鎧(レザーアーマー)の男が立っていた。

 黒髪で、年の頃は二十代前半ほどの若者だ。


「裸の男が女性を襲っているという通報が入ったかと思うと――」

「あ、あなたは?」

「怪しいものではありません。この国を警護する衛兵ですよ」


 どうやら、男はゾリゲン王国の兵士のようだ。


***


 フリッツは気を失い縄で縛られている。

 残ったジニアは兵士に何やら注意されていた。


「こんな夜に女性が一人でいるのは危険ですよ」

「……すみません」

「その腰の小刀は? 女性が持つには少々物騒ですね」

「これは護身用で……」

「護身用ね、わかりました。しかし、変に目立つと声がかかるかもしれません、気を付けて下さい」

「は、はい」


 ジニアは暗殺者としての未熟さを痛感した。

 自分の姿をあの兵士に見られた。

 まさか無関係な人間を殺すことになろうとは。


(……すまないな)


 ジニアはそう思い闇へと消えた。

 それを見た兵士は歪んだ笑みをこぼす。


「これで、ジニアは僕を殺しに来てくれる」


 手には何やら女性が描かれた羊皮紙を持っている。

 そこにはジニアの顔が精密に描かれていた。


「彼女を追いかけ続けた甲斐があった」


 これは闇で出回る美人女暗殺者の似顔絵。

 ここにもジニアに会いたい男がいた。

 そう己の命を捧げてまで……。


()()()()()()()()()()()()()()()


 一方的な人の想い――これほど恐ろしいものはない。

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