File94 後ろと正面
震えが止まらなかった。
震える声で絞り出すようにつぶやく事しかできなかった。
「なんで……この学校で……?」
「落ち着いて……まずは事実確認を……」
冷静を装ってはいたけれど、そう言う星崎の声も微かに震えていた。
この学校で誰かが飛び降りた。
そしてその現場には『LoVE18』そう名乗る何者かがいた可能性が高い……
大塔病院と僕らの通う学校が、奇怪な一人の人物で繋がってしまった。
日常と超常が繋がってしまった。
手の中のスマホは先ほどの誤作動が嘘のように静まり返っている。
それがかえって不気味に思えた。
もうどこにも逃げ場や安全な場所はない……
そう思えてならなかった。
その時だった。
「空野……」
星崎の声がした。
その声はか細く、それでいて強い緊張を感じさせる硬質な響きをたずさえている。
「どうした……?」
カン……カン……
何かが頭の中でぶつかり合う音がして、僕の緊張も高まっていく。
「後ろで、何か聞こえる……」
カン……カン……
嫌な予感がした。
なぜか頭の中で『かごめかごめ』が響き始める。
その予感は実はずっと前から存在していた。
かごめ……かごめ……
僕が吞み下してしまった予感。
籠のなぁかのとぉりぃわぁ……
腹の底に葬ったあの予感……
『ねえ……』と呼ばわったあの声は、本当にスマホの音声だったのか……?
いつぅいつぅ出遭う……?
メモに書かれていた禁止事項が頭を過った。
『屋上で名前を呼ばれても、絶対にふりかえってはならない』
名前を呼ばれたわけじゃない。
そう思って無理やりに呑み込んだ。
夜明けの晩にぃ……
それにあれはスマホからの音声だと、自分を納得させて誤魔化した。
だけど、もしあれが、僕らへの呼びかけだったとすれば……?
鶴と亀が滑ぅべったぁ……
はぁ……はぁ……と苦しそうな息遣いが背後で聞こえる。
僕は震える手でスマホのカメラを起動してインカメラをオンにする。
そのままゆっくり、画面に僕と星崎が入る位置まで腕を伸ばした。
後ろの正面だぁれ……?
「ぐうっ……⁉」
そこには顔をこわばらせた僕らの背後で、壁にべったりと張り付くようにして佇む、原形を失ったあの少女の姿が映っていた。
思わず叫びそうになったのをなんとか噛み殺したかわりに、僕は間抜けな声を漏らす。
「ねえ……」
ぎょろり……と少女の目がスマホ越しに僕らを見つめる。
僕はちらと星崎に目をやった。
星崎は僕の方を目だけで見ながら小さく首を振る。
「可愛いですか……?」
背後でくぐもった声がした。
くぽくぽ……と水気を含んだ音がその声に混じる。
「ねえ? 私……可愛いですか……?」
どうすればいい?
どうすればいい?
どうすればいい?
頭の中が恐怖とその問でいっぱいになる。
「わぁたぁしぃってぇ……くぁわぁいぃいでぇすかぁああ……?」
とうとう少女の声が、人ならざる者の声に変容した。
僕はそれと同時に星崎の手を勢い良くつかむと、後ろを振り向かずに駆け出した。
それが正解だったかどうかはわからない。
けれどこれ以上ここにいてはいけない気がした。
「わぁぁぁあああああ……‼」
恐怖を誤魔化すように大声で叫びながら僕は星崎の手を引いて走る。
背後にはひたひたと裸足の足音が付いてきているのがわかる。
ぴちゃぴちゃと、体液が跳ねる音まで聞こえてくる。
フェンスに向かって全速力で走る僕に向かって星崎が言った。
「空野……! フェンスに近づいてはいけない……!」
「わかってる……! だからこうするんだ……!」
僕は全速力のままフェンスの土台になっているコンクリート塊を蹴ってUターンしながら、ぐい……と星崎の手を引いた。
その瞬間、目の前にぐちゃぐちゃになった少女の姿が飛び込んでくる。
内出血を起こした真っ赤な白目。
頭からはみ出してぶるりと揺れるピンクのババロア。
出鱈目に折れ曲がり、体から突き出した白い骨。
そして……
満面の笑顔。
「うわぁぁああああああ……!」
「むぅうううううううう……!」
僕らは絶叫しながら手を放し、左右に分かれて少女を避けた。
次の瞬間、ガシャァアアアン……とフェンスがすごい音を立てる。
階下からは驚く生徒達の声が聞こえてきたけれど関係ない。
僕は再び星崎の手を握り、全速力で屋上の出口へと駆け出した。




