File93 動画とリンク
不意にカメラがピンク色の花飾りを髪に結わえた少女を映し出した。
その姿を見て僕は息を呑む。
この学校の夏服……⁉
少女は微笑むと再び階段を上り始める。
上靴のゴム底が立てる音が、ゆっくりと階段に木霊にする。
どこに向かってるんだ……?
嫌な予感が抑えきれない。
見覚えのある階段と見覚えのある制服。
ここは屋上で、少女は階段を上っている。
答えは、分かりきっている……
けれどそれを認めた瞬間、凄く良くないことがこの身にも起こるような気配が拭えなくて……
僕はただただ固唾を呑んでその映像を見守る以外にすべがなかった。
「ねえ? ピーーーーーーーーーー……どうせなら雨の日でも良かったかな?」
少女が振り返り、屈託のない笑顔を見せてそう言った。
伏字の部分は理由も内容も想像すらつかない。
すると再び画面が暗転した。
『どうして……?』
白々しい文字が浮かんで画面が切り替わる。
「だって、雨に濡れるって、すごく色っぽいでしょ? もっと可愛い気がするじゃん」
少女はそう言って再び階段を上り始めた。
やがて階段が終わる。
そこに待つのは、紛うことなき屋上への重たい扉。
針金を内包した摺りガラスがはめ込まれた扉には、先ほど開けたのと同じ番号式の鍵がついていた。
少女は慣れた手つきで開錠すると、勢いよくドアを開いて屋上へと飛び出した。
その時だった。
閉じていたはずのドアが、勢いよく開け放たれる。
僕と星崎は同時にドアの方を見つめて固まった。
嫌な汗が噴き出してくる。
どくん……どくん……と鼓動が力を強め、速度を増す。
しかしそこには誰もいない。
ただただ開いたドアがあるだけで、人の気配は微塵もない。
それなのに、外の光に慣れた目には室内の薄闇が暗黒の様に見えた。
濃厚な暗闇が、屋上から逃げ出そうとする者を容赦なく待ち受けている。そんな気がした。
「ねえ?」
画面から聞こえた声で、僕らは再び視線をスマホに戻した。
まさか……
嫌な予感がする。
僕はその予感を飲み下し、胃袋の底に葬った。
そんなはずない……
「すっごい青い空だね。泣いてるみたい」
画面が暗転した。
『誰が泣いているの?』
文字が浮かび、消えていく。
少女は考え込むようなポーズをとってから、にっこりと笑って言った。
「やっぱり、神様かな」
『どんな神様?』
「そうだなあ……すっごく頭がよくて、綺麗で、ピーーーーーーてて、それでね……」
少女は片方の上履きを脱いで指にぶら下げながら、最高の笑顔で笑いながら言った。
「すっごく残酷なの! ピーーーーーーーーみたいに……!」
少女が屋上の端に駆け出した。
それと同時に、僕らがいる屋上にも、パタパタと足音が響き始める。
スマホの音、現実の音、スマホの音、現実の音、スマホの音……
ゲンジツノオト
ガシャアン……ガシャアン……!
突然屋上のフェンスが激しく揺れた。
画面に視線を落とすと、少女が音のした場所に立って両手を広げている。
風が花飾りを吹き飛ばしてしまった。
少女はそれでもカメラをまっすぐ見つめて真剣な顔でこう言った。
「可愛いですか?」
同時に少女が飛び降りた。
後ろ向きに、何の前触れもなく、画面から、世界から消えていった。
カメラは慌てる様子もなく、ゆっくりと少女のいた場所へと近づいていく。
やめろ……
軽い足取りで、鼻歌さえ聞こえてくるような気軽さで、近づいていく。
やめてくれ……
僕はいつの間にか拳を握りしめていた。
星崎も小さな目を見開いて、画面を凝視している。
スッ……と、カメラが地上を覗き込んだ。
赤い海が広がっている。
赤い海には身動き一つしない少女と失くしたはずのピンクの花が漂っている。
カメラは悪趣味なことに、その赤い海をズームアップし始めた。
見えてしまう。
恐怖が、つまびらかに晒されてしまう。
僕はその映像を見て、思わず先ほどの弁当を吐き出しそうになるのをなんとか堪えた。
そこには少女の姿が克明に示されていた。
花じゃない……
あり得ない方向に折れ曲がった手足。だらしなくはみ出した舌。
花じゃない……
キラキラと輝いていた瞳は内出血を起こして淀んでいる。
花じゃない……
少女の頭部には、砕けた頭蓋から飛び出した脳味噌がピンクの花を咲かせていた。
画面が暗転した。
動画が終わるのかと思った次の瞬間
『可愛いですね』
そう文字が浮かび上がって消えていった。




