File84 寝不足と白昼夢
星崎とやり取りするうちに電車は学校の最寄り駅に近づいてきた。
僕は電車を降りようと出口に向かう。
その時人ごみの中に、見知った顔を見つけて僕は思わず首をかしげた。
小林?
それは確かに小林だった。
けれど彼女の様子にはどこか違和感があった。
まず満員ではないにしろ、小林が座っている席がおかしい。
小林は呆けた顔で優先座席に座っていた。
向かいの席の網棚あたりを見つめたまま口を半分ほど開いて、彼女はぼーとしたまま動く様子がない。
いつもなら絶対に向こうから声をかけてくるのに、一人ぽつんと座っているのも妙だった。
僕はちらりとドアに目をやってから、そんな小林に声をかけた。
「おい小林! 早くしないと乗り過ごすぞ?」
その声で小林はびくりと肩を震わせ、我に返ったようにあたりを見回した。
「やば……⁉ ぼーっとしてた……!」
僕はドアのところに立って時間をかせいでやる。
何度か笛が鳴って、僕に退くように圧をかけたけれど僕は知らん顔でそれをやり過ごした。
小林が出てきたのと同時に僕がドアを離れると、ひときわ鋭く笛が鳴ってドアが閉じた。
「ごめん! 助かった!」
「まったくだよ。体調でも悪いのか?」
僕が尋ねると小林は慌てて首を振る。
「全然、全然! 昨日ちょっと寝不足で……!」
小林はそう言いながら僕より先に歩き始めた。
「ふーん。せっかく早い電車に乗って寝過ごすとか洒落になんないだろ?」
「え?」
小林はきょとんとした顔で僕の方に振り返った。
僕はスマホの画面を見せて言う。
「まだ寝ぼけてんのかよ? いつもより一時間早い電車」
「あ、そっか……そうだった……! もー! マジで寝ぼけてたみたいだわ! あはは」
なんとなく違和感を覚えながらも僕らはそのまま学校に向かった。
しばらく歩いたころには、小林はいつもの調子を取り戻し始めてどうでもいい話が止まらない。
これならいっそ寝ぼけてくれていた方がましだったと僕が後悔し始めたころ、僕の目に星崎の姿が飛び込んできた。
星崎もこちらに気づいたらしく、僕の隣で喋り続ける小林に目を細める。
合流するなり星崎は小林に向かって口を開いた。
「なぜ幸子がこんなに早く来ている?」
「さすがテンコ! 聞いてくれる⁉」
「今の質問はなかったことにしたい……」
「なんでよ⁉」
「のろけ話は猫も食わない」
「もー!」と憤慨しつつも、笑っている様子を見るとアリ先とはそれなりにうまくやっているらしい。
僕がそんなことを考えていると、小林は思い出したように校門の方につま先を向けて言った。
「ヤバい! アリ先と約束があるんだった! じゃあお先に! 空野さっきはありがとー!」
「いいから早く行けよ」
そんな様子でバタバタと走り去る小林を見送りながら星崎が僕に尋ねる。
「さっきはありがとうとは?」
「ああ……小林電車でぼーっとして乗り過ごしそうになってたんだよ。それで声をかけたんだ」
「なるほど……」
「それより、星崎の調べたいことって何だよ?」
星崎は目を細めてあたりを見渡すと、僕についてくるように合図する。
こうして僕らはまだ人気の少ない朝の校舎を、第二図書室に向けて歩き始めた。




