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宇宙猫は今日も宇宙(そら)に向かってアンテナを伸ばす  作者: 深川我無@書籍発売中
脳味噌chuchu〝INVASION〟

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File80 師匠と草

 再び会話が途切れてしばらくすると、僕らは道場に辿り着いた。

 

 どうやら星崎の想像していた道場とは様子が違ったらしく、彼女は門を見上げて「おお……」と声をあげた。

 

「すごいお屋敷……忍者の香りがする……!」

 

「忍者って……そんなわけないだろ。ただの変骨ジジイだよ」

 

 星崎が口を開きかけたその時、道着に身を包んだ師匠が姿を現した。

 

「ほう……馬鹿弟子のくせに約束を守ったみたいだな」

 

「馬鹿弟子じゃない」

 

「ふん。おおかたそちらのお嬢さんが痺れを切らして迎えに来てくれたってところか? ようこそ道場へ」

 

 そう言って師匠は星崎に微笑むと踵を返して道場に歩いて行った。

 

 僕が目を丸くしていると、星崎が裾を引いて言った。

 

「行こう……あながち間違っていないかも……」

 

 その言葉の意味が呑み込めず、怪訝な顔をする僕を星崎が急かした。

 

 仕方なく師匠の後を追うと、師匠は道場の床に座布団を敷いて待っている。

 

「お呼び立てしてすまなかったね。星崎さんだったね? まずはお礼が言いたい。馬鹿弟子が世話になってるそうで。こいつと仲良くしてくれて、ありがとう」

 

 そう言って師匠が深々と頭を下げたので、星崎は慌てて手を振った。

 

「い、いえ……こちらこそ、空野くんにはお世話になっています……」

 

「師匠……! だいたいなんで師匠がお礼を言うんだよ! 親戚でもないのに……!」

 

「馬鹿野郎。弟子を持つってのはそういうことだ。儂にできねえ仕事をやってくだすった方に礼を尽くすのは師匠として当然の務めだ馬鹿弟子ぃ!」

 

「うっ……」と言葉に詰まる僕を睨みつけて師匠は再び星崎に視線を移した。

 

 今度は柔らかな笑顔ではなく、真剣な眼差しで星崎を見つめている。

 

「さて、次が本題になる……こいつから大体の話は聞いている。危ないことに首を突っ込んでるみたいだね?」

 

 その言葉に俯く星崎を見て、僕は思わず立ち上がって叫んだ。

 

「師匠……! 説教するために星崎を呼ばせたのかよ⁉」

 

「黙ってろ馬鹿弟子ぃ。星崎さん。あんた色々と詳しそうだ。儂のことも、何か分かるんじゃないのかい……?」

 

「え……?」

 

 僕は師匠じゃなく、今度は星崎を見て固まった。

 

「空野……さっきわたしは忍者と言った。どうやらこの人は忍者で間違いない」

 

「な⁉ 忍者って……そんなの今の時代にいるわけ……」

 

「このおじいさんは、《《草》》……だと思う」

 

 星崎は顔を上げて、まっすぐに師匠の方を見据えて言った。

 

 すると師匠はニィと口角を上げて片膝を立てる。

 

「草とはちと違うが、まあいいだろう。儂の家系は代々陰で天皇家にお仕えする身。お前さんたちが今通じてる闇も、把握している」

 

 突然師匠の口から飛び出した言葉に僕は思わずのけ反った。 

 

「いやいやいや! 冗談か何か⁉ 師匠が天皇家と⁉ なんで⁉」

 

 理解が追い付かずに大声を出す僕を、星崎と師匠は残念なものでも見るような目で見つめて首を振る。

 

 いやいやいいや⁉

 

 なんでそこ通じ合ってんだよ⁉

 

「話の腰を折るんじゃねえ! 馬鹿弟子!」

 

「そうだぞ空野。宇宙人がいるなら忍者だって存在して然るべき」

 

 ダメだ……話にならない……

 

 僕が床にへたり込むと、再び師匠が口を開いて言った。

 

「星崎さん。立場上詳しく話すことも表立って助けてやることもは出来んが、お前さんは良い眼を持ってる。まっすぐに物事を見通す綺麗な目だ。その目で見極めた道を行けば、あるいは出口を見出すやもしれん。だがな、お前さんたちが足を突っ込んでるのは超常の世界だ。行けば普通には戻れなくなる。コイツのことも、この街のことも忘れて引き返すなら、その手助けはしてやれる。どうするかはあなたが決めなさい」

 

 星崎はほんのわずかに俯くと、すぐさま顔を上げて師匠を見据えた。

 

 その眼には、いつか見た光が燦燦と輝いている。

 

「わたしの普通は、ずっと昔に無くなってしまった。だからもう、戻ることが出来る普通は持っていない。それに普通があるとすれば、それは未来だから」

 

 師匠はそれを聞いてなおも黙って頷いている。

 

 星崎は最後にチラリと僕を見てから、はっきりとした声で言った。

 

「それにわたしは空野のことを忘れることは出来ないと思う」

 

 どくん……と心臓が音を立てた。

 

 星崎も呼吸に合わせて肩が揺れていた。

 

 そんな僕らを見比べてから師匠は天を仰いで大笑いして言った。

 

「ははははは! なるほど相分かった! さては根っこの部分が似た者か! そうであるならば、儂は馬鹿弟子を鍛えるしかあるまいな! 馬鹿弟子、お前には上等すぎるお嬢さんだ。死ぬ気で守れよ?」

 

「い、言われなくても、そのつもりで来たんだし……」

 

 視線を逸らしてぼそぼそと言う僕に師匠は芯の通った声で言う。

 

「馬鹿野郎! そういうことは胸張って言え!」

 

「そうだぞ空野! 忍者の弟子なんて滅多になれるものじゃない! 自信を持て!」

 

 師匠の言いたいこととは違う気がしたけれど、僕は黙って頷き、防具を身に着ける。

 

「お願いします! 実戦の剣を教えてください」

 

「ふん。半人前のままだが、星崎さんに免じて今回だけ特別に稽古をつけてやろう。忘れるな? これは実戦の剣じゃねえ。星崎さんを守るための剣だ」

 

 結局そのあと僕は、星崎の面前で夕刻まで一方的に叩きのめされることになった。

 

 ニヤニヤと笑いながら僕をボコボコにしたジジイの顔は、一っ生、絶っ対忘れない。

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