File76 キジトラと黒猫
ぐ輪ぁん……
きゅゐぃん……
キヰィィン……
街のあちらこちらに設置されたGアラート用のスピーカーが、奇怪な音を立て始めたことをこの街の人間はまだ誰も知らなかった。
ただ猫や鳥達だけは、いち早く異変に気が付いて、一匹、一羽と街から離れ去っていく。
キジトラは道の両脇に立つコンクリーの塀の上から空を見上げて目を細めていた。
通行人の何人かは、そんなキジトラを不思議そうに眺めたが、足を止める者は無い。
その猫が青空を、正確には地球を覆う磁気バリアがぐにゃぐにゃと波打っているのを眺めているとは露とも思わない。
ふとキジトラは空から視線を逸らし前を向いた。
向かされた。
それがキジトラの思うところだった。
いつの間にか向かいの塀に現れた黒い猫に。
毛並みの悪い黒猫はどこかを病んでいるらしく片目が目やにで塞がれていた。
ゼイゼイと喘鳴が聞こえることからも病んでいるのは間違いないだろう。
病気を伝染されてはたまらにゃい。
そう頭では思っているのに目が離せないのは、その黒猫が放つ得体の知れない禍々しい自信のせいだった。
そして喘鳴に混じって聞こえた言葉が「 ???」その一言だったのが大きい。
せせら笑うような顔つきだった黒猫が、片方しかない目を凝と細めた。
キジトラもまた、避けられない戦闘の予感を嗅ぎ取り体を膨らませる。
一陣の風が吹き抜けて、両者が飛び掛かろうとしたその時だった。
自転車に乗った少年が眉間に皺を寄せながら坂を下ってくる。
キジトラは目を見開き、黒猫は忌々しそうに目を細めた。
「ああ……! もう……! やけくそだ! どうとでもなれ……!」
少年はひとりで叫んでいた。
どうやら少年の肚が決まったらしいのを見てとったキジトラの尾が、意思とは無関係にぴょこりと揺れる。
少年もどうやら猫に気付いたらしく、キジトラ同様目を丸くして声を上げた。
「げ⁉ ドラリオン……? なんでこんなとこにいるんだよ⁉」
「なーお」
キジトラが不意に鳴いたせいで、少年は自転車の速度を落とした。
キジトラはそれを見逃さずひょいと少年の前かごに飛び乗り黒猫を一瞥する。
「お、おい⁉ なんで僕の自転車に乗るんだよ⁉ 降りろ! この野良猫!」
「フシャアアアアア……!」
キジトラが前かごの中で牙を向いて唸ると、少年は伸ばしていた手を引っ込めた。
「くそ……まあ家の近くに住みつかれるよりいいか……」
こうしてキジトラは少年とともに駅へと下って行った。
取り残された黒猫は再び忌々しそうに目を細め、歪む空を見上げては不気味な声を上げるのだった。




