File75 煩悩少年と透明少女
時刻は水曜の午前十一時を回っていた。
学校……星崎……道場……
学校……星崎……道場……
そればかりが頭をめぐり、さっきから僕も同じように部屋の中でぐるぐる回っている。
そろそろ行かないと午後の授業に間に合わない……
でも……
星崎の顔が浮かんだ。
あの泣き顔だった。
無理だぁ……
どう声をかけたらいいのかわからない……
結局時計の針もぐるぐる回って、とうとう僕は午後の授業に間に合わなくなった。
僕は頭をかきむしって唸り声を上げてから、リビングに繋がる自室のドアを睨みつけた。
*
空野は今日も休み……
少女は空いたままの席を見て誰にも気づかれずにため息をついた。
ポケットの中には買ったばかりのスマホが質量を主張している。
誰の連絡先も入っていない、動画サイトも見ない、役立たずのスマホ。
それなのにしっかりと月々の利用料金は徴収されるシステムに、少女は再び透明なため息をついた。
少年に連絡を取るために買ったスマホだったが、当然連絡先を交換しなければ意味がない。
そのためには、少年に会わなければならなかった。
小林さちに相談しようかとも思ったけれど、一番最初に登録する相手は決まっている。
結局少女は、少年が来るのを待ちながら、長い長い一日をやり過ごしていた。
リンドン……リンドン……と重たいチャイムが響き渡る。
誰も少女を訪ねる者などいない昼休み、少女は静かに決意を固めて立ち上がると、UFOのアップリケのついたトートバッグを掴んで教室を飛び出した。
塗装が剥げた赤い自転車に跨り、駅を目指す。
冷たい向かい風が突き刺さり、少女の頬を赤くする。
それでも少女はペダルを漕ぐ足を緩めなかった。
夢中で自転車を走らせ駅の階段を駆け上がると、ちょうど電車の扉が開いているのが少女の目に飛び込んできた。
車掌の笛が鳴り響く中、慌てる必要もないのに、少女はその電車に乗るべくスピードを緩めずダッシュする。
閉まりかけたドアがプシューと音を立てて開き、少女はそこに飛び込んだ。
「駆け込み乗車はご遠慮ください……」
自分を指して言ったであろうアナウンスが鳴り響き、少女は乗客たちが自分を見ていることに気がついて小さく頭を下げると気まずさを誤魔化すために窓の外に視線を向ける。
景色はどんどん流れて、かつて自分の住んでいた町が近づいてきた。
父と母と暮らした町。
そして…
空野……
少女は胸の中で小さく少年の名前をつぶやくと、ポケットのスマホをギュっ……と握りしめた。




