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宇宙猫は今日も宇宙(そら)に向かってアンテナを伸ばす  作者: 深川我無@書籍発売中
脳味噌chuchu〝INVASION〟

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File73 師匠と馬鹿弟子

 苦い過去の光景に身が竦んだ。

 

 当然それを見逃すような師匠ではないわけで……

 

 師匠は僕の竹刀袋を叩き落すと、面も付けていない生身の僕の頭を思い切り竹刀で打ち抜いた。

 

「痛ったぁぁぁあ……⁉ 嘘だろ⁉ 生身で打つとかマジで信じられないんですけど……⁉ 問題行動だろ……⁉」

 

 僕は頭を押さえて逃げ回った。

 

 それでも師匠は攻撃の手を緩める様子は無く、竹刀を振り回しながら追いかけてくる。

 

「黙らっしゃい……! 不法侵入者を成敗してなぁああにが悪い⁉ この馬鹿弟子が‼」

 

 馬鹿弟子……

 

 その言葉で思わず足が止まった。

 

 やはりその隙を見逃さず、師匠は僕の頭を寸分違わず打ち抜いた。

 

「痛ってぇええええ……⁉」

 

 僕は逃げながら竹刀袋を拾い上げ、袋を捨てて竹刀を構えた。

 

 思い出してきた。

 

 この爺さんに話が通じた記憶は一度もない。

 

 いつも同じ場所を何度も何度も打ち抜かれて、防具の中で内出血させられては泣かされてたんだった……

 

 真っすぐに僕の喉を捉える切っ先から、ふっ……と竹刀の重さが消えて、見えない剣線が僕を襲う。

 

 僕がそれを防ごうと構えなおした竹刀に衝撃は無い。

 

 かわりに師匠の竹刀は僕の太ももを打ち抜いていた。

 

「痛い……! 反則だろ⁉ この糞ジジイ⁉」

 

「不法侵入者相手に剣道をする理由など毛頭ないわ! バーカ! バーカ!」

 

「なんだとぉおお⁉」

 

「悔しかったらどこでもいいから儂に一太刀浴びせてみい! この半人前のウンコ垂れ!」

 

 僕はそれから何度となく師匠に飛び掛かった。

 

 けれどただの一太刀も浴びせることが出来ずに、滅多打ちにされた。

 

 とうとう体力が底を尽き僕が床に倒れ込むと、師匠は汗を拭いながら僕を見下ろして言った。

 

「神聖な剣道場で寝転ぶな。この馬鹿弟子」

 

「寝転んでない……これは次の攻撃に向けて力を蓄えてる……いわば……戦略的撤退……」

 

 その言葉で星崎の顔を思い出した。

 

 思わず顔を顰めた僕に、師匠は「ほう……」と顎をさする。

 

「お前えぇ……さては恋か?」

 

「はぁぁああああ⁉」

 

 思わず飛び起きて叫ぶと、師匠は小さな声で「分かりやす……」とつぶやいて背中を向ける。

 

 後ろから襲い掛かるか躊躇していると、師匠がおもむろに防具を身に着け始めたので僕は竹刀を仕舞って問いかけた。

 

「何してんだよ?」

 

「防具をつけてんだよ。お前の目は節穴か?」

 

「だーかーら……! なんで防具を付けてるのか聞いてるんだよ……!」

 

 面タオルを巻いて振り向いた師匠の眼に、僕は思わず息を呑んだ。

 

 真剣……

 

 その一言に尽きる。

 

 そこには年老いてなお、現役であり続ける剣士の顔があった。

 

「遊びは終いじゃ。一本だけ稽古つけてやる……その代わり、これで一本負けしたら今度こそ破門じゃ。わかったらさっさと防具付けろ。馬鹿弟子」

 

 僕は唾を呑んで防具の準備にかかった。

 

 面タオルを頭に巻く。

 

 その瞬間に世界から音が遠のいていくような気がした。

 

 懐かしい……

 

 張り詰めた静寂を感じながら、僕は深呼吸する。

 

 負ければ本当に破門……

 

 いや……

 

 そもそも逃げ出した僕が相手をしてもらえること自体が奇跡だ……

 

 それなら破門とか、そういうことは考えない。

 

 集中……

 

 僕が用意を済ませて師匠に向き直ると、師匠は「ほぉう……」とつぶやいて床に屈んだ。

 

 僕は礼をしてから同じように床に屈み、竹刀を構えて立ち上がる。

 

「はじめぇええい……!」

 

 師匠が叫んだ。

 

 僕も叫んだ。

 

 出鼻の小手。

 

 師匠の技の起こりよりも早く、出鼻を挫く。

 

 それでもやはり師匠が早かった。

 

 僕の小手を軽くいなして師匠は面を獲りにくる。

 

 カン……カン……!

 

 竹刀と竹刀がぶつかり合う音が、無音の世界に響いた。

 

 カン……カン……!

 

 師匠の攻撃をギリギリで防いで僕は何度も食い下がる。

 

 カン……カン……!

 

 攻め手は(ことごと)く防がれた。

 

 カン……カン……!

 

 やがて竹刀の音とズレたタイミングで、音が聞こえる。

 

 カン……カン……!

 

 それは、廃病院で何度となく聞いた、あの警告音に似ていた。

 

 するり……

 

 僕の竹刀が、師匠の竹刀をすり抜けた気がした。

 

「むっ……⁉」

 

 師匠が声を上げる。

 

「きぃぇええええええ……‼」

 

 僕は渾身の小手面で勝負をかけた。

 

 ばちぃいいん……!

 

 竹刀の音が鳴り響いた。

 

 僕の小手面は師匠にいなされ、代わりに僕の胴には鋭い衝撃が残っていた。

 

「勝負ありじゃ。さっさと帰れ」

 

 僕は師匠を見上げた。

 

「はい……」

 

 そう言おうとしたその時、また星崎の顔が浮かんで僕は叫んだ。

 

「嫌だ!」

 

「はぁあ⁉」

 

「まだ何も話をしてない! 全部師匠の一方的な言い分だ! 僕の話も聞けよ⁉」

 

「馬鹿弟子が偉っそうに何をぬかすか⁉ 負けたら破門! お前負け! はい破門!」

 

「僕はそれに了解なんてしてませんが⁉」

 

「屁理屈捏ねるな! この、馬鹿弟子!」

 

 そう言って近づいてきた師匠の太ももに、僕は竹刀をお見舞いした。

 

「痛ってぇええええ⁉」

 

「はい! 一太刀浴びせた! 僕の勝ち!」

 

「貴様ぁあああ……⁉」

 

 竹刀を振り上げて師匠が襲い掛かってくる。

 

 僕は竹刀を投げ捨てて地面に頭を付けた。

 

「すみませんでした……あの日、師匠だけが僕の勝ちを諦めてなかったのに……逃げてすびばぜんでしたぁあああああ……」

 

 師匠の足が止まる。

 

 だけど僕は師匠の顔を見ることが出来ずに、そのまま叫び続けた。

 

「僕は……親にも、誰にも期待されてない……誰も僕のことなんて気にしてない……! でも師匠はあの日、勝負を投げた僕を馬鹿者って叱ってくれたのに……僕は……星崎のことも……ちゃんと叱ってくれたのに……ごべんなさい……もう逃げません……ダサいのはダメなんです……自分に勝てるように強くならないとダメなんです……」

 

 嗚咽を漏らす僕を見下ろしながら師匠は「ふぅ……」とため息をついた。

 

「お前学校は?」

 

「星崎と喧嘩して、休みました……」

 

「それも逃げとるんと違うんかい?」

 

「……」

 

 僕が黙りこくると、師匠は面を外して再びため息をついた。

 

「明日のこの時間、もう一回来い……会費もずっともらっとるしの……」

 

「え……?」

 

「なぁんにも知らんのか? この馬鹿弟子は⁉ ご両親は、お前が来んくなった後も、ずぅーっとここの会費を払い続けとるわ! こっちが断ってもな!」

 

「嘘だ……だって……」

 

「お前。自分で言うてたろうが⁉ 全部一方的で話を聞いてねえのはお前もそうと違うか⁉」

 

「それは……」

 

「逃げ癖……直すんじゃろ? なら一個一個きっちりやれい。それが破門取り消しの条件じゃ」

 

 僕は深々と頭を下げてから、剣道場を後にした。

 

 見上げた夕暮れの空は、すごく静かだった。

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