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宇宙猫は今日も宇宙(そら)に向かってアンテナを伸ばす  作者: 深川我無@書籍発売中
脳味噌chuchu〝INVASION〟

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File68 テレパシーとホメオパシー

 焼け石に乗った白米が、ごま油で焦げるいい匂いがする。

 

 ほうれん草、ゼンマイ、そしてモヤシのナムル。

 

 そして焼き肉屋ならではのカルビが豪快に乗った石焼ビビンバに、星崎は「おぉ……」と声を漏らした。

 

「お混ぜいたしますか?」

 

 店員の言葉に僕らは頷いた。

 

 銀色のスプーンが卵の黄身を割り、とろりと溢れて滴った。

 

 それを店員は手際よく全体に馴染ませながら、かき混ぜるように天地を返していく。

 

「お待たせいたしました!」

 

 僕らはそれを小皿に取り分け熱々の石焼ビビンバを頬張った。

 

 ホフホフと熱を逃がしながら、星崎は自分の取り皿に盛られた分を食べきると、石皿に入ったビビンバをにスッと僕の方に差し出して言う。

 

「とっても美味しい。でもこれは中盤戦で頼むべきだった」

 

 そうでしょうとも!

 

 そうは言わずに、満腹なのを堪えてやっとの思いで僕が残りを平らげたころ、柚子シャーベットを食べていた星崎が唐突に口を開いて言う。

 

「そういえば、作戦会議をしていなかった。今から会議を始める」

 

 星崎はそう言って鞄の中からステンレスのカプセルのようなものを取り出した。

 

 それを僕に差し出しあえてよそ見をしながら言う。

 

「これは炭素と塩の混合物に特殊な処理を施したお守り。悪い電波から身を守ってくれる」

 

「なんか胡散臭いな……」

 

「む……⁉ 文句があるなら返してもらう」

 

「え? くれるのかよ?」

 

 僕が思わずこぼすと、星崎は伸ばしかけていた手を引っ込めて小さく頷いた。

 

「肌身離さず身につけておいてほしい。嫌な予感がする。スマホでの連絡も本当は危険だと思う」

 

「ああ……それは問題ないよ。僕は連絡する相手なんていないから。それよりお前に連絡取れないのが地味に一番困るんですけど?」

 

「……空野はそうやっていつも女の子の連絡先を聞き出している?」

 

 まるで呪いでもかけられるんじゃないかと思うくらいジットリとした目で、星崎は唸るように言った。

 

「そ、そんなつもりじゃないし! この前のサイトのURLとかも送れないし、どっちかに突然何かあったら困るだろ⁉ 宇宙人が攻めて来たり……!」

 

「こんな時だけ宇宙人を都合よく登場させるとは恐れ入る。それに連絡手段ならある」

 

「あるのかよ⁉」

 

 星崎は真剣な眼差しでゆっくり頷くと、自分の後頭部に手を当てて、アンテナみたいにしてみせた。

 

「これでテレパシーを送受信する。その時には大きな声で『ピーピーピ、ピピー、ピーピーピピーピ、ピピーピピーピー、ピーピピーピーピ』これを連呼するのが重要。一度やって見せる」

 

 星崎は後頭部に立てた手のアンテナを小刻みに動かしながらピーピー呪文を連呼した。

 

 周囲がチラチラ見ているのに気づいて、僕は慌ててやめさせる。

 

「バカ……! みんな見てるだろ⁉」

 

「気にしない。そんな事よりも重要なことがある。今のは受信の呪文。送信するときはこれを『ポ』に置き換えて唱える。それでテレパシーでやり取りが出来る。やってみて」

 

「そんな恥ずかしいこと出来るわけないだろ……」

 

 星崎は目を細めて僕を睨みつけると、ノートの切れ端に今の説明をそのまま書き記して僕に手渡した。

 

「いざという時に命綱を他者に委ねてはだめ。これを失くさず持っていて」

 

 僕は星崎の真剣な声に負けて、渋々それをポケットに仕舞う。

 

 すると机のタッチパネルが見計らったように時間終了を告げた。

 

 会計を済ませた僕らは、何も言わずに夜の街を歩いていた。

 

 冷たい夜風が、どことなく浮かれた熱を冷ましていく。

 

 何となくそれが嫌だった。

 

 このまま終わりにしたくなかった僕は、言わなきゃ良かったのに、焼き肉を食べて喜ぶ星崎を思い出して、思わず言ってしまった。

 

「なあ。スマホ……僕が買ってやろうか……?」

 

「え?」

 

 立ち止まった星崎が振り向いた。

 

 その顔には驚きと言うよりも困惑の色が滲んでいた。

 

 僕は取り繕うように早口でさらに言ってしまう。

 

「うちの人を適当に言いくるめてさ、パトロンにすればいいんだよ。月々のスマホ代くらいあの人たち何とも思わないよ。僕が何に金を使っていようが、どこで何をしていようが、あの人たちはこれっぽっちも興味なんてないんだから」

 

 それを聞いた星崎はどこか寂しげな表情を浮かべて、たしなめるようにつぶやいた。

 

「親をそういう風に言うのは、よくないと思う……空野が寂しい気持ちも分かる。けれど、親にも事情があるかもしれないし、親だって……所詮は人間。完璧にはなれない」

 

 息が止まりそうになった。

 

 というよりも、実際に止まっていたと思う。

 

 だけど突然、耳がカッ……と熱くなって、何かが自分の中で激しく暴れまわるの感じたその時には、叫んでいた。

 

 とてもヨクナイ何かを口走っていた。

 

 それを聞いた星崎は目に大粒の涙を溜めて何かを言おうとした。

 

 けれどそれをグッと呑み込んで涙を拭い、僕に背を向けて行ってしまった。

 

 それからの記憶がない。

 

 僕は気が付くと、自分のベッドに横たわって、声も出さずに泣いていた。

 

 手には星崎がくれたステンレスのペンダントが握られていた。

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