File67 ハラミとうんちく
僕は積み重ねられたコップを手に取り、サーバーからコーラを注いだ。
「こんな感じで好きな飲み物を好きな量取るんだよ」
星崎は頷きコップを取るとジンジャーエールを怖々半分ほど注いでボタンから手を離した。
「なるほど……ドリンクバーやるな……」
金色に光る液体を見つめて星崎は満足そうにつぶやいた。
僕らが席に戻るとすぐに、店員が肉を持ってやってくる。
「それではラストオーダーまでのお時間、ただいまから九十分とさせていただきます。何かありました机のベルでお呼びください」
会釈して店員を見送り、僕らは並んだ肉に目をやった。
星崎のごくりと唾を呑む音が聞こえて僕は思う。
やっぱり上にしてよかった。
「焼いていくか」
「賛成」
僕が塩タンを焼き網に並べはじめると、星崎は落ち着かない様子で火の通りを注視していた。
絶対に焦がしたくないらしい。
タンからキラキラと光る脂が滴り、炎がゴウッ……と上がると、僕らは慌てて肉を回収する。
カリッと、かつジューシーに焼けたタンを前に、二人で顔を見合わせた。
ついてきた小皿のレモン果汁と塩で食べることを説明すると、星崎は神妙な顔つきでタンをレモンの果汁に浸し、そっと塩の山に肉の端で触れた。
「いただきます……⁉」
そう言ってタンを口に運んだ星崎の目が、二倍ほど大きくなったのを見て僕は改めて思う。
やっぱり上にしてよかった……!
カルビの甘い脂を堪能し、ロースの旨味とミノの歯ごたえを味わったころには、星崎も随分と慣れてきたようでいつもの調子を取り戻していた。
いや……
いつもより上機嫌なのが僕の目にも明らかだった。
「カーッ……! これが上ロース……! 上級国民たちはこれを独占するつもり……許すまじ……!」
「おいおい……酒を飲んだわけでもないのに酔っ払いみたいになってるぞ……? だいたい酪農家が市場に出す肉を独占なんて出来っこないだろ?」
「ちちち……これだから羊人間は……」
あ……ムカつく話が始まる……
僕が目を細めるのもお構いなしに星崎はソフトクリームとジンジャーエールで作ったジンジャーフロートの泡を髭にして語り始めた。
「今叫ばれている環境問題は物価を高騰させるため、そしてモノが無いことを仕方ないと思わせるためのプロパガンダ政策。国民から天然資源を取り上げて人工代替物を配給制にするのが真の狙い。そうなれば羊人間は彼らに管理され家畜化される」
「そんなことしてるのがバレたらさすがに暴動が起きるだろ? それにさっきからなんだよ? そのシープルって」
「西洋諸国ではすでに暴動や大規模なデモが起こっている。政府や国際組織を妄信して飼いならされてしまった人間が羊人間。彼らは政府のすることを疑問視しながらも、結局は信じて従ってしまう。空野にはそうなって欲しくない」
「まあ……焼き肉が食べられなくなるのは僕にとっても不本意ではあるけど……」
僕は星崎が注文した上ハラミを口に運びながら言った。
ハラミの歯ごたえが、まるで星崎の蘊蓄みたいに手強く思える。
星崎は再びタッチパネルを睨みつけると、おずおずと僕にそれを差し出して言った。
「これが食べてみたい……でも一人では食べきれない」
そこに映っていたのは石焼ビビンバだった。
後半でガッツリご飯ものかよ……⁉
僕がそう言おうと顔を上げると、目をキラキラと輝かせる星崎がこっちを見つめて答えを待っている。
僕は結局ハラミと一緒にその言葉を呑み込んで、タッチパネルの注文ボタンを押した。




