File66 焼き肉屋と橋の先
駅と連結した商店街と、交差するように伸びた国道沿いを、僕らは並んで歩いていた。
街路樹が中央分離帯代わりに植えられた国道は、早くも暖色のイルミネーションに彩られている。
そんな空気が、否応なしに意識させる。クリスマスという単語を。
無言でここまで来たはいいものの、何を食べるか、どこに入るか、そんことは何も考えていなかった。
こういう時、みんなはどんな店に入るのだろう?
暗めの照明が灯る小さな小洒落たイタリアンの店を横目に僕は考える。
そもそも星崎ってどんな食べ物が好きなんだ?
聞けばいいだけとわかっていても、それが言葉に変化しない。
二個目のファミレスを通過した時、僕は覚悟を決めて口を開いた。
「星崎はいつも何食べるんだよ?」
「空野は普段何を食べている?」
言葉がぶつかり、僕らは再び沈黙しそうになった。
なんとなくそれじゃいけない気がして、僕はでかい声で言う。
「焼き肉は?」
ちょうど目についたチェーン店の焼き肉屋を指さすと、幸いなことに『学生さんには肉! 学割半額!』と書かれた横断幕が揺れている。
「牛肉……」
星崎の目が一瞬輝いてすぐに暗くなった。
「嫌いじゃなければだけど……」
それを見た僕が慌てて付け足すと、星崎は激しく首を横に振った。
「高いから申し訳ない……」
「なんだまたそれか。いいんだよ。学割もあるみたいだし、お金の心配なんて」
僕は店が決まったことに安堵して、焼き肉屋に向かって歩き出す。
そんな僕の隣に小走りで駆けてきた星崎が、こちらを覗き込むようにして尋ねた。
「空野の家はお金持ち?」
「お金はそこそこあるんじゃないかな……あの人たち、土日も関係なくずっと仕事してるから。仕事にしか興味ないんだよ」
僕がそう言うと、星崎は小さく「そう……」とつぶやいた。
その意味を図る間もなく、店員の威勢のいい掛け声と、肉の焼けるいい匂いが僕たちを出迎える。
「二名様でよろしいでしょうか⁉」
頷くと僕らは四人掛けのテーブル席に案内された。
「ご注文お決まりでしょうか⁉」
何かにつけて勢いのある言葉に、内心たじろぎながらも、僕は三九八〇円の食べ放題セットを指さした。
「空野⁉ そっちは高い方」
「いいんだよ。タンは豚じゃなくて牛がいいだろ? こっちは全部《《上》》になるんだし、千円で上になるならお得だろ?」
星崎が黙って引き下がったのを確認してから、店員は注文を繰り返した。
食べ放題のシステムを一通り説明し、ドリンクバーの場所を伝えると店員は去っていく。
それを見送ってから星崎が口を開いた。
「焼き肉は初めて……何を頼めばいい?」
僕はその言葉に驚き思わず声を上げる。
「ほんとかよ⁉ じゃあタン塩とか、カルビとか分からないのか?」
「む⁉ 馬鹿にして……それくらいは知っている……! ただ順番があると聞いたことがある……」
タッチパネルの肉を睨みながら星崎は眉間に皺を寄せて言った。
僕はその真剣さがおかしくなって予期せず笑った。
「ぷっ……今から戦いにでもいくんですか? 星崎さん?」
「空野は理解っていない。タイムリミットがあるということは戦いと同意」
「それもそうだな……」
僕はそうつぶやいてからタン塩、上カルビ、上ロース、上ミノを二人前ずつ注文した。
「とりあえず、メジャーなところは押さえたから、あとは気になったヤツを注文しろよ? 気に入ったヤツをおかわりでもいいし」
コクリと頷き、彼女はドリンクバーを指さした。
「あれも飲み放題?」
「デザートとソフトクリームも食べ放題だよ」
「行ってくる……」
そう言って立ち去った星崎が数秒後に手ぶらで戻ってきた。
「どうしたんだよ? まさか危険な飲み物とか言うんじゃないだろうな……?」
僕が怪訝な顔で言うと、星崎は小さな声で言った。
「やり方が分からない……付いてきて欲しい……」
「しょうがないなぁ……」
僕は呆れた顔で首を振って立ち上がった。
だけど本当はこの時、すごく星崎が可愛く見えたんだ。
とっくに吊り橋は渡りきったはずなのに。




