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宇宙猫は今日も宇宙(そら)に向かってアンテナを伸ばす  作者: 深川我無@書籍発売中
ハイド・アンド・シークin大塔病院

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File58 家と家

 家に帰ると珍しく明かりが点いていた。

 

 こんな日に限って……

 

 泥まみれでボロボロになった服を見て僕はため息をついた。

 

 何も言わずに玄関のドアを開けると、奥から二人の談笑する声が聞こえてくる。

 

 こんな日に限って二人ともいるのかよ……

 

 リビングを通り過ぎなければ自分の部屋には帰れない。

 

 僕はどうでもよくなって何も言わずにリビングに入った。

 

「おかえ……ちょっと⁉ どうしたのその格好……⁉」

 

「別に……関係ないだろ……」

 

「悠太。母さんにそんな口の利き方はないだろ? 心配して言ってくれてるのに」

 

「ねえ? 喧嘩でもしたの? まさかイジメとかじゃないよね?」

 

 鬱陶しい……

 

 二人が繰り広げる会話も、心配している風を装って大騒ぎする様も、何もかもが鬱陶しい……

 

 僕はとうとう我慢できずに怒鳴り声をあげた。

 

「うざいんだよ……! 普段一ミリも家にいないくせに偉そうに親面すんじゃねえよ……!」

 

 目を丸くして言葉を失った二人から逃げるように、僕は自室に向かって鍵を閉じた。

 

 鬱陶しい……鬱陶しい……ああ鬱陶しい……!

 

 なんで今日に限って?

 

 心配なのは僕じゃなくて、どうせ喧嘩の相手だろ⁉

 

 僕はドロドロの服を乱暴に脱ぎ捨て、グレーのスウェットに着替えた。

 

 脱いだズボンを見て愕然とする。

 

 触手に食われたお尻の部分が大きく溶けていた。

 

 パンツが丸見えの状態でここまで帰ってきたらしい。

 

 僕はそれを床に叩きつけて、再び巨大な咆哮をあげた。

 

 

 *

 

 

 少女もまた家路を急いでいた。

 

 遅くなってしまった……

 

 家々には温かい明かりが灯り、家族の談笑やテレビの声が聞こえてくる。

 

 ボロアパートへの曲がり角に差し掛かったころ、街灯付の電信柱の裏から一匹の野良猫が顔を出した。

 

 む……見ない顔……

 

 新入りさんかにゃ?

 

 少女は立ち止まってしゃがみ込み、猫と同じ目線になった。

 

「どこの子かにゃ? 見ない顔だにゃ?」

 

 痩せて毛並みも悪い黒猫は、黄色い目を街灯の明かりで光らせながら真っすぐに少女の顔を見つめた。

 

「いい子いい子にゃ。おいで? あとで食べ物を持ってくると約束するにゃ」

 

 すると黒猫はするりと少女に纏わりついて顔を見上げて

 

 

 

 言った。

 

 

「気をつけろ。まだ何も解決はしていない」

 

 思わず少女は後ろに飛びのいた。

 

 猫は「なーお……」と一声鳴いて、塀の上に飛び上がる。

 

「近づいている……もうすぐアレが来る……」

 

 黒猫は夜空を見上げてそう言うと、闇の中に消えてしまった。

 

「今のは何?」

 

 少女の頭に、一人の人物の名前が思い浮かぶ。

 

 しかしそれは、アパートの自室から聞こえる喚き声でかき消されてしまった。

 

 ママ……

 

 ガンガン……と音を立てながら階段を上り、玄関のドアを開ける。

 

 すると奥から漂ってくる糞尿の臭いが鼻を突いた。

 

「ママ……遅くなってごめん……」

 

「ああああああああああ! 死んでやる……! もうこんなの沢山よ……!」

 

「ママ……落ち着いて……薬は飲んだ?」

 

「なんでなの⁉ なんで私がこんな目に遭うの⁉ なんであの人が……」

 

「ママ……着替えよう……わたしがいるから……もう大丈夫……」

 

「あんたが……! あんたが死ねばよかったぁああああ……あんたがこうなればよかったあぁあああ……うううぅぅぅ……うぅぅうううう……」

 

 少女は着替えを床に落として俯いた。

 

 隣の部屋からは黙れという声無き声が聞こえてくるようだった。

 

 少女は静かに着替えを拾うと、汚物まみれの母親の下着を脱がせて、自分が汚れるのもお構いなしに浴室へと連れていく。

 

 手に残って消えないぬくもりと、まだ口に残る肉まんの味を噛みしめながら、少女は心を虚無に沈めた。

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