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宇宙猫は今日も宇宙(そら)に向かってアンテナを伸ばす  作者: 深川我無@書籍発売中
ハイド・アンド・シークin大塔病院

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File45 洗脳と幻滅

 聞きなれない音に体が強張る。

 

 咄嗟に見たのは霊安室の方だった。

 

 けれどそこからは何の音も聞こえない。

 

 音の発生源を求めて耳を澄ましていると、それはどうやら廊下の奥から聞こえてくる。

 

 ゴツ……ごっ……ツ……がり……

 

 ゴツ……ゴツ……かつん……

 

 固い何かが床にぶつかる音が、ゆっくりゆっくりと、こちらに近づいてきているのが理解できた。

 

 同時に頭の中に何かが思い浮かぶ。

 

 なんでだ? この感じ……知ってる気がする……

 

「空野……」

 

「待って。もうすぐ思い出せそうなんだ……」

 

「わたしは多分思い出してる」

 

 つまり共通の記憶に正体を解く鍵がある。

 

 マネキンでもない。車いすでもない。

 

 これは……

 

「ギプスで歩く音……?」

 

 ゴツ……ゴツ……

 

 正解。

 

 そう言わんばかりの笑みを浮かべた少女が、動かぬ車椅子を捨てて、ギプスの嵌った足で立っていた。

 

 ぷぎゅる……

 

 ギプスの上端からは、何かの汁が噴き出している。

 

「嘘だろ……? あの足でここまで追ってきたのかよ……?」

 

「ゾンビ説は訂正。何者かが命令を出している可能性がある……」

 

「は?」

 

「スレンダーマンやブギーマンに誘拐された子どもは次の獲物を捕まえるための兵隊になるという話を聞いたことがある……」

 

「結局捕まったらアレの仲間入りなんだろ……? じゃあゾンビと大して変わらない……」

 

「少し違う……スレンダーマンに捕まらなければセーフということ。アレに触っても感染はしない。多分……」

 

 最後の一言が引っかかる。

 

 というか、こいつが頭の中に描いている計画が一番引っかかる……!

 

 つまりは僕がヤツを突き飛ばすなりして、その隙に通り抜けようという魂胆だ。

 

 さっきまで頭の中の銀河を占拠していた大型母艦と無数の哨戒艦が冷ややかに去っていくのを感じた。

 

 うん。やっぱり吊り橋効果で間違いない。

 

 幸い相手の動きは鈍そうだった。

 

 どのみち逃げ場の無い僕は、覚悟を決めて”大倉沙穂”を睨みつけた。

 

「せーのでいくぞ……僕があいつを突き飛ばしてる間に走れよ?」

 

了解(ラジャー)。頼りにしている」

 

 何が頼りにしてるだよ……

 

 そう心の中で毒づきながらも、馬鹿な僕はその気になってしまう。

 

 エリクソン催眠の話を思い出しかけたけれど、今は目の前の化け物に集中することにした。

 

「せーの……!」

 

 二人で一斉に駆けだしたが、それに意味はあったのかと疑問に思うくらい星崎は遅かった。

 

 僕はそれでもかまわず少女の方に駆け寄って両手で面を打つような動作をして叫んだ。

 

「きぇぇぇえええええ……!」

 

 少女がそれに反応して上を向く。

 

 同時に両手を上げて僕の手を捕まえようとする。

 

 僕はそれを見るなりすぐ膝の力を抜いて、今度は胴を打つ時の要領でガラ空きの腹部を思い切り突き飛ばした。

 

 ぐにゃり……と肉の感触がして、パキパキと肋骨が音を立てる。

 

 それがあまりにも気持ち悪くて、僕は思わず悲鳴をあげた。

 

 ズボンで何度も両手を拭い、星崎の手を掴んでダッシュする。

 

 もう嫌だ……! もうたくさんだ……!

 

 化け物がいない世界に帰りたい……!

 

 なかば引きずられるようにして走る星崎が何かを話していたが、僕にはそれを聞いている余裕は無かった。

 

 階段を通り過ぎ、廊下の突き当りまでノンストップで駆け抜けると、そこにはボイラー室と一体になった電力制御室の扉が待ち構えていた。

 

 

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