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宇宙猫は今日も宇宙(そら)に向かってアンテナを伸ばす  作者: 深川我無@書籍発売中
ハイド・アンド・シークin大塔病院

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File42 秘密結社と陰謀論者

 階段にたどり着くと好都合なことにマネキンはいなかった。

 

 僕らは全速力で階段を駆け下り、一階のロビーで立ち止まる。

 

「おい……本当に下に行くのか……? 下に降りたら今度こそ逃げ場がない……!」

 

 星崎は難しい顔で黙りこくると、何かを決心したようにポケットに手を突っ込んだ。

 

 そこから出てきたのは見慣れないエンブレムでピラミッドの形をしていた。

 

 ピラミッドの中ほどには『18』と刻まれている。

 

「これはおそらく秘密結社のマーク。さっき空野がバラまいたゴミの中に紛れていた。あの病室にいた人間は秘密結社のメンバーだと思う。この病院は何らかの陰謀に関わっていた可能性がある……それが分からないとここから先の謎には進めない」

 

「だからって、今死んだら何にもならないだろ⁉」

 

「空野の言う通り。でも、もしかすると、病院で起きた事件は演習なのかもしれない……本番は街とか、国の規模かも……そうなったらもう出来ることはない……」

 

 有り得ない……

 

 とはもう言えなかった。

 

 ここまで散々あり得ないことを目撃してしまっている。

 

 僕は否定する材料を探すのをやめて、小さく頭を振った。

 

「なら……急ごう……あんなのがクラスメイトになるくらいなら、今のままの方がずっとマシだ……」

 

 俯いていた星崎は意外そうに顔を上げてから「うん」と力強く答えた。

 

 明かりが点いてなお肌寒い地下室を、僕らはぴったりと寄り添うにして進んだ。

 

 いつの間にかくっついて歩くのが当たり前になっていたし、星崎は僕の裾を固く握っている。

 

 ふと横目で確認すると、前髪の奥に覗く星崎の顔がやけに可愛らしく見えて、僕はあわてて前を向いた。

 

 吊り橋効果……吊り橋効果……

 

 そう心の中で唱えていると、前方からカラカラと音がした。

 

 目を凝らすと、薄く開いた扉から、空の薬瓶が転がり出てくるのが見えた。

 

「うっ……」

 

 思わず声が出た。

 

 その扉に見覚えがあったから……

 

「霊安室……」

 

 星崎がやや上ずった声でつぶやき、僕はごくりと唾を呑む。

 

「出来るだけ早く、静かに通り過ぎよう……」

 

 星崎がコクコクと頷いたのを確認してから、僕らは扉の前を駆け抜けるように通り過ぎた。

 

 何も起こらない。

 

 けれど振り返る勇気はない。

 

 僕は気を紛らわせようと彼女に話しかけた。

 

「なあ……秘密結社が存在するとして、なんでそいつらはこんな化け物を……?」

 

 星崎は「ふーん……」と顔を上下させながらこちらを見ている。

 

 聞かなきゃよかった気がする……

 

「空野も陰謀論に興味が出てきた。興味を持つのは良いこと。愚民を卒業するための第一歩と言える」

 

「愚民じゃない……」

 

 彼女は僕の言葉を無視して話を続けた。

 

「この概念を理解するためには西洋の宗教観を知る必要がある。空野は聖書を読んだ?」

 

「流し読み程度には……」

 

「それは助かる。空野の引きこもりが役に立った」

 

「あのなあ?」

 

「まず大前提として、アメリカはキリスト教国家ではない。建国から悪魔崇拝に支配された国。西暦以降の世界はローマをはじめとして聖書を基にデザインされている」

 

「いやいや……意味が分からない……聖書が基になってるなら、なんで悪魔崇拝なんだよ? キリストが悪魔とかそんなオチか?」

 

星崎は横目で僕を見て目を細めながら答える。 

 

「空野にしてはなかなか鋭い。彼らにとってはキリストは悪魔ということ」

 

「はあ?」

 

 やっぱりこいつの話は頭がこんがらがってくる。

 

 いや……

 

 そもそも陰謀論と言うのがそういうものなのかもしれない。

 

 僕は考えるのをやめて黙って話を聞くことにした。

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